人生ゆたか

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音には、色んなものに必ず付いてくる。
例えば、馬が石畳を歩く音。
蹄がカツカツと打つかる。
馬車や荷馬車が、ガラガラと音を立てる。
土の道や砂利道の上を走る音。
踵の高い靴が、石畳の上や階段や木で作られた床で
コツコツと、ぶつかり合い高い音をたてる。
水を必要とすれば、井戸から水を引き上げるために
ガラガラと滑車が揺れる音がする。
火を使えば、薪や炭がバチバチと燃える音がする。

この世界には、人と物と音は全部繋がって出来ていると
俺は、思う。
挙げていったら数え切れないぐらい出てくる。

図書室で、膨大な数の本の整理をしていた俺は
たまたま修復に出していた本が手元に返ってきた為
休憩がてら、返ってきたその本を読んでいた。

本のタイトルは、「音」表紙の色は赤ワイン色で
作者と性別が不明の謎が多過ぎる小説だ。

いったい、この本を書いた人は男なのか女なのか
300年経った今でも分からないでいる。

だが、この本は今現在も新作が発売され本屋さんに
店頭で並ぶと、何処からか街の人が集まり皆この作者不明の本を買っていくのだ。
300年生きている俺も、この本の存在は知っているし
なんなら、大ファンで今も新作を買っている。

きっと、この本を書いている一族?が居るのだろう。
代々受け継がれて小説家になり本を書き続けているのだろう…。と、推測もしてみたこともある。
一度、この小説家の正体が知りたくなり調べた事もある
だが…情報収集や今まで書いた本を読み返してみても、情報が1つも出て来ないのには驚いた。分かったことは
この作者は…秘密主義者で徹底的に情報を漏らさぬようにしている。と、云う事。
これには、俺もお手上げで探るのを辞めた。
それと同時に、大ファンなら犯してはいけない事をした
と、罪悪感も生まれたからだ。

もしも…一つだけ願いが叶うのならば、俺は
この小説家に会ってみたい。と、新作の本を買うたび
想ってしまう。

そんな想いを馳せながら、「音」の頁をめくる。
この本は、もう3回ぐらい読み返したが好きな本は
何回読み返しても面白い…
少し休憩をするつもりだったが、いつの間にか本の世界へ入ってしまい没頭。我に返ったのは、それから2時間ぐらい経って図書室の扉が閉じた音で本の世界から現実の世界へと引き戻された。

*「フィーネ?」

俺の名前が呼ばれ、ハッとした俺は読んでいた本から
名前を呼んだ人の方へと顔を向けた。

『あっ…主様!』

慌てて姿勢を正し、この屋敷の主リグ様へ挨拶をする
俺の目の前の和服を着た女性は、夕食の時間になっても
姿を見せないから心配になって様子を見に来た。と
此処に来た経緯を話してくれた。

『もっ…申し訳有りません。』

お詫びを述べると、元気そうなら良いのよ。と、
にこやかに笑って、本を読んでいたの?
彼女は、俺が持っている本に指をさしながら聞いてきた

俺は、罰が悪そうに正直に
はい…と、応えた。
執事が仕事もせずに本を読んでいた。コレに関して
叱られるのを覚悟していたが、彼女は
そう…。と、だけ答えただけだった。

*「私は、夕食を済ませたから…もう部屋に戻るわね
  部屋まで送らなくても良いわ。
  それより、皆と夕食を楽しんで」

彼女は、この後は自室から出ないわ。と付け加えて
就寝の挨拶を済ませて図書室から出ていった。
俺も、就寝の挨拶を返した後読みかけの本に栞を挟んで
自室へ向かう主様の背に一礼してから食堂へと足を運んだ。

__*サイド__

自室へ戻った私は、自室に鍵をかけ扉のすぐ近くに置いてあるキャンドルに火を付け部屋の中に明かりを灯す。
それから、和服を脱ぎリラックスが出来る服装へと
着替えた。着替え終わったらそのままキャンドルを手に持ち机へと向かい私しか知らない秘密の引き出しの鍵を開け、引き出しの中から真っ白な真新しい原稿用紙と、文字がたくさん書いてある原稿用紙の束を取り出した。

*「まさか、フィーネが読んでいるとわねぇ…」

万年筆ととインクと書きかけの原稿用紙を机の上に広げながら独り言を呟いた。

そう…。私は、作者不明の性別不明の謎が多過ぎる
赤ワイン色の本の作者本人だ。
勿論、屋敷の執事達はこの事を誰も知らない。

私の一族は、代々小説家でその歴史も長いらしい。
本当は、私の姉が小説家になるはずだったのだが、3年前に流行り病で此の世を去った為、妹の私が小説家を引き継いだのだ。
小説家を継ぐときに守らなくてはいけないことがある。

それは、❝正体不明のままにすること❞

小説家の間でも、人気者は妬みや嫉妬を買い場合には事件へと巻き込まれることがあると聞いたことがある
それを恐れた先代たちは、正体を隠しながら生きていくと…小説を書き続けると決めたのだ。

私も、それに習い誰にも言わずに小説を書いてきた。
念には念を入れ、私しか知らない秘密の引き出しには
鍵を取り付け、偽物の書物を用意し鍵のかかっていない適当な引き出しに入れておいたり
寝るときは、陽が昇るまで部屋から一歩も出ないわ。
と、執事達へ予め告げてある。それに対し
不服そうな執事達が、寝ている間に何かあったら困るから扉の鍵は取付ける事と、緊急時の時は大きい音を
たてる事の2つの条件を出してきたので
その条件をのんで、寝るときには鍵をかけているし
大きな音が出るものも用意してある。

こうでもしないと、彼等は自室へやってくる。
もし…原稿用紙が見られ正体がバレたら、先代たちが
隠し続けてきた小説家の人生がそこで終わる。
翌日には、【正体不明の人気の小説家は、
実はグロンズ家の主だった!?】と、新聞の見出しに
デカデカと、載るのが目に見えているからだ。
想像しただけでも、身震いがするほど怖ろしい。

こう云う理由で、秘密にしないといけないのだ。

私は、気合を入れ直すと万年筆を手にし再び筆を走らせる。

静かな部屋に響き渡るのは、万年筆を走らせる音。
こうして、今夜も原稿用紙と向き合うのだ。

8/18/2025, 1:44:32 PM