戦場を駆け回り、敵をなぎ倒し
死人を踏みつけ、よろけて転び体勢を崩し
そこを刀で命を狙われ、自らの命を守る為に
敵に刀を刺し起き上がり、また戦場を駆け回る。
目指すは、敵の大将首
自らの足が動かなくなるまで、走り続ける。
我の愛馬は、早々に槍で刺され命を落とした。
生命尽きる時、我は尾の毛を一掴し切り落とした。
愛馬を、こんな死人が絶えぬ戦場に置き去りにしてしまう事が唯一の心残りだ。
せめて、尾の毛だけでも我と共に帰ろう。
命を奪い合う戦場で、我は懐から手拭いに取り出し
愛馬の毛を手拭いの中へ優しく包入れ、懐へと戻し入れた。
我の軍の仲間は、どのくらい生き残っているのだろうか?
そして、どのくらいの生命が尽きていったのだろうか?
敵の大将の元へと向かう中、走りながらそんな事を考える。そして、その中では
人が走る音、馬が駆ける音、檄を飛ばす声、怒涛の声
悲願する声、刀と刀が打つかる音、槍が人を刺す音
放たれた弓が飛んでいく音
時折吹かれる風と共に、その場の空気の匂いは
鼻をふさぎたくなるような血生臭いがした。
もう、我自身も血の匂いと汗の匂いと土の匂いがする。
それでも、我は足を止めなかった。
我が率いる軍も、我と共に大将首を狙っていた。
皆、長き戦いの疲れが休まらぬ身体だが
心だけは、誰よりも炎が燃え盛るように熱かった。
大将を護る敵が襲いかかって来ても、刀を振るい続けた
手の皮が擦りむけ血だらけになっても、振るうことだけは絶対に止めなかった。
「見えた!!!居たぞ!!!!」
大将首を狙う、我の軍の誰かが声を上げた。
我も、目を凝らし先を見据えた。
『……彼奴だ!!』
我は、ついに敵の大将の姿を目で捉えた。
自らの周りをぐるりと人の壁を作り護らせ決して人を
寄せ付けないと言わんばかりの護衛と
刀傷が1つも付いていない漆黒の甲冑と兜を身に纏って大矛を構える敵の大将
一歩も動かない大将は、まるで自らは汚れた事はせぬ。
と、言っているかのような堂々とした態度と何事にも揺れ動かぬ心を持っていた。
……こういう護りをする奴らを相手にするのは
実に一苦労だ。下手すれば、此方側が全滅する可能性がある。それだけは避けたい。
…致し方が無い。我は、走りながら徐ろに
右手を握りしめ拳を作り高々と天に突き上げた。
「!?」
この行動に気がついた我の仲間達は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、同じように拳を握りしめ天に突き上げる。そして、次の瞬間には蜘蛛の子の様に散り散りに
戦場の中を走り去って行った。
拳の意味は、【生きて再会すべし】
この戦いが始まる時に、我と共に戦う仲間へ告げたのだ
『我が、拳を上げたら皆生きる事だけを考えよ。』
我の言葉に、納得がいかず非難轟々の仲間たち。
だが、お構い無しにそのまま話し続けた。
『……それでも無駄死にする者は
問答無用でこの場で斬り殺す』
刀を鞘から抜取り低く唸るように話すと恐怖に怯えた仲間は何も言わずに黙り込んだ。
『お前等には子や妻が居るだろう…必ず生き再会すべし
……大将首は、我が必ず討つ。
さて、話はこれで終いだ。皆、家へ帰れ』
何か言いたげな仲間たちをさっさと家から追い出し、
誰もいなくなった部屋で1人静かに最期になろうと
思える酒を飲んでいた。その夜は、
我が、此の世に未練を無くした日と同じ新月だった。
彼奴等には、何が何でも生きてもらわなくてはいけない。愛する者を…生命を奪われた哀しみは我だけが知っていれば良い…あの哀しみや苦しみの辛さは…もう…
(れん……我は…この戦いで命が尽きよう
…だが、大将首を討つまでは死ねん。
今少し…そちらで待つが良い。)
薄暗い部屋で、杯に入っている残りの酒を飲み干し
床の上に横になり眠りについた。
明日は早い…少しでも眠ろう…
………
…………
……………
…………………
〘慎之助さん〙
夢の中で、我の妻となるはずだった女性が
春の木漏れ日の様に暖かな優しい笑顔を向け我の名前を呼んでいた。我は、彼女に触れようと手を伸ばしたけれど、その手は届かなかった。
……いつぶりだろうか?
あの日以来、感情を捨てた我が彼女の姿を見た瞬間に
頬には涙が雨のように流れ落ちる。
涙を拭くのを忘れ、只々彼女を見つめていた。
〘何故、貴方が泣くの?〙
彼女は、不思議そうな顔をしながらも何処か楽しそうに笑っていた。
我は、彼女と話したいのに何故か声が出せないでいた。
その焦れったい気持ちを見据えた彼女は、先程とは打って変わり真剣な顔つきになり話し続けた。
〘慎之助さん……私の分まで生きてください。
勝手に生命を絶つことは、私が許しません。
良いですね?…約束ですよ…〙
それだけ言い残すと、彼女の身体は光り輝き姿を消してしまった。何も言えず触れられず…消えてしまった。
………………
……………
…………
………
夢から目が覚めた時、頬には涙の粒が付着していた。
身体を起こし部屋の中を見渡す。
何もない部屋に実は、彼女が居るのではないか?
生きているのではないか?
そんな錯覚を引き起こしてしまった。
頭では理解している…だが、心が彼女が居ない現実を
長年拒絶をしていた。絶対に受け入れようとはしなかった。
『勝手に死ぬ事は許さぬ………か。』
如何にも、我の妻となるはずだった女性だ。
変わらず心が強い女性だった。
❝共に生きていきたい❞と、強く想った女性だ。
…では、この戦我なりに足掻こうではないか
足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて
大将首を討ち仲間と共に生きる。
これが我の我道であり生き様だ。
『いざ、仲間のところへ』
愛刀の露雨を手に持ち、甲冑を着て
共に戦う我の愛馬の所へと向かい外へと飛び出す。
空は高く雲1つ無い空模様だ。
…れん、行ってくるぞ。
天を見つめ心の中で、姿見えぬ妻に挨拶を済ませ
我は、歩み始めた。
8/19/2025, 2:43:54 PM