星明かりのようなきらめきが散りばめられた在し頃を思ってしまうのは、もう二度と手に入らないもののすべてがそこにあるからだ。
青色の夕方のなかで静かな絶望に首を絞められたあの日から気づけば九ヶ月が経っていた。それを物語の始まりだと揶揄するのならば、終わりにもきっと同じような絶望が待っていることだろう。あたたかな幸福に酷似した絶望だ。冬の海に服のまま浸かったときの、あのじわじわと迫る冷たさが、いのちを着実に蝕んでいく。群青色の海底近くにたどり着いたとき、真綿のように包まれているこの感覚こそが絶望だったのかと気づいた。僕はずっとこれを、この感覚を、幸福だと勘違いしていた。やんわりとした後悔と共に押し寄せる虚しさを待たずとも、ぷつりと物語は終わる。——大丈夫、しあわせだった。僕は。
振り返れば僕は遠くの声ばかり気にして一番近くに居てくれた君の声を聞くことができていなかったよ
なんだかどうしようもなくやるせなくなって、投げやりになった僕は、君の嘘に気づかないふりをした。きっと訪れることのない「またね」を気まずそうに呟いて、部屋を出ていく君の背中に、息を吐き出すようにそっと言った「さよなら」は、ひどく掠れていた。思えば、届かないことばかりだった。ほんとうは、どう思っていたのか。ほんとうは、どうしたかったのか。わかっているけど、わからないふりをしたまま、冬が深まっていく。春になる頃、僕はここから居なくなる。やがて君も僕を忘れてしまうだろう。出会った頃の思い出も、共有してきたいくつかの時間、交わした会話のすべてが雪解け水に浸り、希薄なっていく。たぶんこんなもの悲しい未来しか描けない僕らだったのだ。どのような行く末だったとしても、共通する思い出のすべてが、夏の日差しのようなまばゆい幸せだったらよかったのにね。
追い風と共にやってきた「俺、結婚したから」は、鈍器みたいな衝撃を後頭部に与えてきた。それからすぐに痛みに似た嫌悪感が全身を駆け抜けていく。風よりも早く全身を犯す得体の知れない最低の正体は、絶望だってことをなんでか僕は知っていた。それでも受け止め難いものがある。頭でわかっていても、心ではなんとやらというやつだ、たぶん。内側から外側に走った透明な衝撃のすべては比喩で、実際の僕は無傷で綺麗なままだけど、やっぱり胸の中はずたずたに裂けて血が滲んでると思う。だって痛いんだ。胸の中にも、心臓の近くにも、存在しないはずの心が確かに疼いている。君へと振り返ったくせに、どうしてか僕は聞こえないふりをしてしまった。どうしようもなくてしょうがない僕を見つめて諦めたように笑った君は、あの朝と似ていた。青くて脆い、冬の朝。どこにも帰れない僕は、離れた場所から惨めにただただそれはそれは惨めにあの朝をうらめしく見つめながら生きていくしかできないみたい。