猫背の犬

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「届かないのに」と僕の努力を嘲ったあいつの旋毛を見下ろしている。
ねえねえ、もしもし、そこから僕に届くことができるかい?
僕のつま先にあいつの指先が届きそうになった途端、僕はもっと高い場所に行く。そして雲に覆われた僕を見つめ「届かないのに」と自嘲するあいつを見下ろすのだ。
「あのときのこと、後悔していて」なんて言うけど、それはなんの後悔だろう。罪悪感に苛まれている自分を、他の誰でもない自分自身を、癒すための謝罪を僕に聞かせるのは甚だおかしい。
そもそも、ゆるすとかゆるさないの次元じゃなくて、僕はあいつに1ミリも興味がないのだ。たとえば、蚊に血を吸われたからといっていつまでめくじらを立てている奴など居ないだろう。つまり、そういうことだ。僕の危機察知能力が低かったせいで接触事故を起こしてしまっただけの、ただの障害物だったという認識しかない。
車だって修理に出せば、ある程度の傷や凹みは治る。同等の原理で、僕の傷や凹みも綺麗に治っている。時間の流れというのは有能な特効薬であるため、跡形もなく治ってしまっている。ゆえに嘲られた記憶や、その瞬間に芽生えた負の感情の類が希薄になっていっているのが現状だ。ゆくゆくは、あいつの存在すら忘れてしまうんじゃないかな。
僕は、あいつほど気にしていないし、あいつほど劣等に駆られていない。ひとつ言葉を返すとすれば「ざまあみろ」が妥当だろうけど、口頭することはない。低俗なシーソーゲームには辟易としているから。そんな瑣末な事柄に耽るくらいなら、さらに高みを目指そうと思う。僕は僕を信じている。今は届かなくても、いずれ届くし、この手のひらに握り締めることだって必ずできると信じている。

6/18/2025, 3:53:31 AM