誰かのためになるならば
砂浜を歩きながら、落ちているペットボトル拾い、持っていたゴミ袋に放り込む。
これで何個目だろう、拾っても拾っても、また落ちている。
ペットボトルだけじゃない、ゴミなんてたくさん捨てられている。
照りつける日差しは暑く、額から汗が滲み出た。
腕の袖で、汗をグイッと拭う。しばらくすると、カモメたちの声が遠くから聞こえた。
「……あっちぃ」
何時間、ゴミ拾いしていただろうか。夢中でしていたので、そろそろ休憩をしようと思い、その場に座り込む。
少し砂浜は暑かったが、まだ座れる。目を瞑り、耳を澄ました。
ざぁぁ、ざぶんっと音を立てる波の音は、いつ聞いても心地よい。
目をゆっくり開いて、青い海を見つめる。綺麗に見えるけど、ビニール袋が波に乗って、ゆらゆら揺れていた。
「さぁ、休憩終了。ゴミ拾いに戻ろうか」
立ち上がり、手を組んでグーっと上に伸びる。
ゴミ袋が顔に当たりそうになった。
波際まで近づいて、打ち上げられたゴミを拾い、袋の中へ。
溜まっていく、ゴミ、ゴミ、ゴミ。海からゴミを無くしたい。綺麗な海を次の世代に残したい。そのためになるのならば――
「どんなことでも頑張れる」
ふふっと笑みが溢れる。雲一つない青い空を見上げた――
鳥かご
小さな窓から入る光をぼーっと見つめていた。
また朝が来たのかと思う。何度目の朝だろうか。
もう何年ここにいるのか、もしかしたら、何十年なのかもしれない。
手と足につけられた枷は、自分自身の力が、奪わられていくのがわかる。
「……冷たい」
ひんやりと冷たい床は手足、体、心の芯まで冷やしていく。
両膝を立てて、そこに、目頭を押し付ける。
なんでこんなことになったのか、今でもわからない。
遥か遠い日の記憶を思い出す。世界を魔王から救ったはずだ。
英雄と呼ばれ、国王、国の人たちから感謝されていた。
しかし、ある日突然、自分の世界が一転した。
自分の力は、人を脅かすと。人間ではないと言われ、レッテルを貼られる。
命をかけて、世のため人のためと戦い続けたはずなのに――
「……なんでっ……」
じんわりと涙が出てきて、膝小僧が濡らしていく。
これで何度泣いただろうか。もうわからない。
「僕が、何したって、言うんだよっ」
奥歯をグッと噛み締めた。心の奥深いところにモヤが溜まる。
「世界を救ったはず、なのに、人を脅かすって……」
冷たい床に静かに寝転ぶ。――痛い、冷たい、憎い、憎い。
「本当に怖いのは、魔王じゃない。人間だ」
誰もいないこの空間。独りぼっちの自分しかいない。
目の前に広がる世界は、冷たい床と黒い鉄格子、そして小さな窓。
窓の外の世界は今、どうなっているのだろうか。平和なのだろう……きっと。
普通に人が行き交い、たわいもない会話をして、温かいご飯を食べる。そして、夜が来ると布団で眠る。当たり前な日々を過ごしているに違いない。
「僕もその当たり前の日々が、あったのに……」
体を起こして、ふらふらと立ち上がる。
当たり前の日々を奪われた、力も奪われた。
まるで、鳥かごの中に囚われたようだ。自由なんてない。
「……ちくしょう」
黒い鉄格子まで辿りつき、格子に触れた。
「……出せよ……ここから。出してくれよ‼︎」
久しぶりに叫ぶと喉が痛かった。ずるずるとその場に崩れ落ちる。
しばらくすると、足音が聞こえてきた。いつもと違う足音。
「迎えにきたで、英雄ちゃん。いや――新たな魔王ちゃんかな」
変わった訛りで話す、赤茶色の髪をした男が黒い鉄格子の前に現れた。右耳にはシルバーのイヤーカフをつけている。
フード付きの黒のロングコートを着ていて、前をしっかり閉めていた。
「……ま、おう、ちゃ、ん?」
「そうそう、魔王ちゃん」
にこっと笑うと黒い鉄格子に触れる、すると、砂のような格子が崩れていった。
「さぁ、鳥かごから出ようなぁ、魔王ちゃん」
手を差し出された。一瞬、迷った。――この手をとっていいものだろうか?
「ビビってるんか?」
自分は首を縦に振る。少し怖い。特に目の前の人間が。
「ここから出て、世界を変えようやぁ。羽ばたく時やで、魔王ちゃん」
赤茶色の髪をした男は、自分の手の枷に触れた。さらさらと砂のように崩れていく。
そして、足の枷も同じく、崩れていく。自由の身になった。
力が一気に戻ってきたのがわかる。体が軽い。
「そろそろ、行こうか、魔王ちゃん」
その言葉と同時に囚われていた鳥かごから出た――
――さぁ、人間が生み出した魔王が鳥かごから解き放たれた。
友情
飛び込み台からプールへとダイブする幼馴染。パシャっと水飛沫が上がり、水中を静かに進んで行った。
相変わらず、綺麗な飛び込みはいつも惚れ惚れする。12.5m付近で、顔をひょっこり出したところで、声をかけた。
「もういいんじゃねーの、かえろーぜ」
俺の声は聞こえてなかった。そのまま、残りの距離を泳いでクイックターンして戻って来る。
綺麗なクロールのフォーム。まるで、水の上を滑るように泳いでいた。
俺のところまで帰ってくると、顔を上げ、ゴーグルを額までぐいっと上げる。
「さっきなんか言った?」
「言った、ちゃんと言ったからな」
「なんて言ったの?」
キョトンとした顔で首を傾げる幼馴染。
夢中になるとすぐ周りが見えなくなる。良く言えば、集中力が高い。
俺は幼馴染のそう言うところ、嫌いじゃない。でも、少し気付いて欲しい。
「もう帰ろうぜって言った、先輩たち帰ったし」
「んー……もう少しだけ泳ぎたい」
「だーめー、帰る。ほら、早く上がってこい」
飛び込み台の上に乗り、幼馴染に手を差し伸べた。
すると、幼馴染はニヤリと笑って、俺の手を取るとプールへ引き摺り込む。
目の前が水の世界に変わった。してやられた、幼馴染のすることはわかっていたのに。
ぷはっと水から出て、空気を吸っているとゲラゲラ笑う幼馴染がいた。
「やりやがったな、このやろう……」
「油断する方が悪――」
俺は幼馴染が喋る前に手で水鉄砲を撃つ。丁度、顔に命中した。
「げほっ、顔面なしだろー」
「俺をプールに引きずりこんだから、おあいこだろ」
文句をぶーぶー言っているが聞こえないフリ。幼馴染の腕を掴んで、階段まで引っ張る。
そして、俺らはプールからプールサイドへ上がり、ベンチの上に置いていたタオルを手に取って、体を拭いた。
「ケチっ」
「ケチで結構」
体を拭き終えてそのまま、更衣室へ向かおうとすると、背後からタオルで叩かれる。
「ってぇーな、なんだよ」
「おーよーぎーたーいっ」
「まだ言っていたのかよ、しつこいっ‼︎」
タオルで叩き返そうとすると、ひらりと避けられてしまった。
俺にあっかんべーをして、煽る幼馴染。ムカつく。
「……もうアイス買ってやらねぇー」
「あ、なんか急に着替えたくなってきた」
バタバタと小走りに更衣室へ入って行った幼馴染。
俺は深いため息を吐いた後、笑いが込み上がってきた。
相変わらずだと。扱いが単純すぎる。そこが、また良い。
「なぁー、何1人でニヤニヤしているんだよ、気持ち悪いなぁー」
「気持ち悪くない、さっさと着替えるぞ。んで、コンビニでアイス買うぞ」
「へーい、りょーかいっ」
幼馴染は敬礼をして、すぐに着替え始めた。俺も同じく着替える、
幼い時からそうだ、ずっと一緒。何をするのも一緒。
真面目に水泳の研究して話し合い、たまにバカなことして、笑い合う。帰り道、コンビニに寄って、アイスを買って食べながら帰る。
この先もそうだったら良い。いつまでも、いつまでも。
「今日はアイスと唐揚げ棒とプリンとシュークリームとフライドポテト」
「いや、待て待て、どんだけ食うんだよ」
顔を見合わせて、笑い合った。夕暮れにこだまする笑い声。
花咲いて
色とりどりの花が咲き乱れる所に一人眠る少年がいた。
少年の周りには蝶々がひらりひらりとたくさん飛んでいる。
一匹の青い蝶が、少年の頭に止まって羽休めを。そよ風が吹くと、その風に乗るように飛び立つ。
すると、一人の青年が少年に近づいて行く。
「今年も花が咲いて嬉しいのはわかるが、寝るのはやめろよ」
眠る少年を見下ろしながら、声をかける青年だが、起きる気配がない。
青年は髪の毛を乱雑にかくと、どかっと隣に座った。すると、蝶々たちが、歓迎するように青年に群がる。
鬱陶しそうに、青年は手で軽く追い払うが、また元に戻ってくる蝶々たち。何度でも、何度でも。
諦めて、ため息をついていると、いつの間にか少年が目を覚まして起き上がり、笑っていた。
「相変わらず、モテモテですね」
「うっせぇーな、毎度鬱陶しいんだよ」
「いいじゃないですか、好かれるの。人には好かれないのに」
「別にいいんだよ、人に好かれなくても」
ゴロンとその場に寝転がる青年。花が少し揺れ動いた。
「こんなにも優しい人なのに」
「優しくねぇーよ」
「花や蝶たちといつも言っているんですよ?」
クスクスと笑う少年に対し、舌打ちをしてそっぽうをむく青年。
太陽の光が優しく二人を照らしていた。
雲一つない青い空。木々に止まっていた、数羽の鳥が羽ばたいて、飛んでいく。
その様子を二人で見つめていた。
「今年も無事に、あなたに会えてよかった」
へにゃりと笑う少年。そして、青年の頭を撫でた。
「来年もまた会えるでしょうか?」
「毎年同じこと言っているはずだぞ、会えるって」
青年の言葉を聞いて、少し安心した様子の少年。
花が風で揺れ、蝶々は違う花の場所へ飛んでいく。
「……いつも守ってくれて、手入れをしてくれてありがとう」
少年は立ち上がると蝶々たちがいるところへ向かった。
「あんまり遠くに行くなよ」
「わかっていますよー、川の近くまで行ってきます」
ひらひらと手を振った後、鼻歌を歌っている少年。
その歌に乗るように花たちが揺れ動き、蝶々たちは舞う。
青年は上半身だけ起こして、少年の後ろ姿を見つめると笑みをこぼした。
「儚くて美しい命を全うして、また種を生み、芽を出し、美しく咲き誇る。お前に会えるなら、俺は何だってする。また来年、花が咲くように」
もしもタイムマシンがあったなら
静かな喫茶店。ふんわり漂うコーヒーの匂い。
昔から通っていた、ニ人の思い出の場所。
からんっと氷がグラスの中で溶けた。私は冷たいストレートティーを一口飲む。
目の前に座るのは、幼い時からの友人。左手の薬指には、銀色に光る指輪がついていた。
相変わらずの癖っ毛の強い黒髪と大きな丸縁メガネ。羨ましい色白の肌に童顔。全然、老けて見えない。羨ましいったらありゃしない。
友人はおずおずとしながら、口を開いた。
「久しぶりだね、元気だった?」
「ん、元気だよ」
「そっか、よかったぁ」
「んで、話しって何?」
「あのね、来月、結婚するんだ」
からんっとまた、氷がグラスの中で溶けた。
大体は予想はついていた。久しぶりに連絡が来たから。
私は頬杖をつき、グラスの縁を指で一周なぞった。
「よかったね、おめでとう」
「あ、ありがとう」
ホッとした表情をする友人。
そして、頼んでいたカフェオレを半分くらいまで飲むと、カバンの中から可愛らしい封筒を取り出して、私の前に置く。
私はこれが何かすぐにわかった。
「それでね、結婚式に招待したいなぁって……」
「却下」
「えぇー、なんで」
「何ででも」
「あ、わかった、泣いちゃうからだ」
へにゃりと笑って、その場で立ち、身を乗り出して、私の頬に触れようとしてきた。
「誰が泣くか、バーカ」
その手を払いのけて、席に座るように促す。
しょんぼりとした表情をしながら、席に静かに座る友人。
「冷たいなぁ」
「冷たくて結構」
そう言った瞬間、友人のスマホが鳴った。
慌てて、カバンからスマホを取り出して、画面を見つめる。
「ごめん、もう行くね、迎えにきてくれたみたい」
「ん、わかった」
「返事、ちょーだいね、絶対」
ビシッと私に指をさして、伝票を持ってお会計へ。
そして、カランコロンとベルを鳴らして、店を出て行った。
一人残された私は、ぼーっと店の天井を見つめる。
「……はぁー、どうしてかな」
目を瞑り、昔の記憶を呼び覚ます。
桜の木の下で、写真を撮ったり、暑い夏には海に一緒に行った。
紅葉が彩る山へと出かけ、人が賑わうクリスマスの時期はケーキを作ったけど失敗して、それを笑いながら食べていた。
ずっと一緒だと思っていた。社会人になると自然と連絡する回数が減った。忙しいから当たり前なんだけど。
「……好きだったんだ、ずっと……」
じんわりと涙が込み上げてきた。鼻の奥がつーんと痛い。
友人と結婚できる人が羨ましい、そして妬ましい。
でも、そんな嫉妬しても、思いを告げなかった自分が悪い。
思いを告げるのが怖かった。この関係が壊れるのが怖かった。
気のせいだ、間違いだ、この心は。変なんだ、みんなとは違うんだ。
だから、この思いに蓋をした。もし、タイムマシンがあったなら――
「戻りたいあの頃に、そして――――」
グラスの中の氷は全部溶けて無くなった。