時雨 天

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7/21/2023, 3:15:56 PM

今一番欲しいもの


     月明かりが深くて暗い闇に一筋の光を照らす。


疲れた体をフラフラしながら、寝室の扉を開けて、ベッドへ向かう。
そこには静かに眠る愛おしい彼女。ベッドに腰掛け、綺麗な長い髪を撫でようとしたが、一歩手前で自分の手を引っ込める。
幾度となく汚れてきたこの手で彼女を撫でる資格があるのだろうか。
小さくため息をついて、その場を離れようとした。すると、服の端をクイッと引っ張られる。

「帰ってきていたんだ、お帰り」

眠い目を擦りながら、微笑む彼女。
きゅっと心が締め付けられ、泣きたいくらいに愛おしくなる。
それは、今日も明日も明後日も。永遠にこの平和な時間が続けばいいのにと。
だけれど、願えば願うほど、闇が深くなっていくのがわかる。

「……起こしてごめん」

「そこは、ただいま、でしょ?お仕事お疲れ様」

「……あぁ、ただいま、ありがとう」

「相変わらずそっけないなぁー」

腕を組み、頬を片方膨らませて睨んでくる彼女。
怒った顔も泣いた顔も笑った顔も、全てが愛おしい。
俺は苦笑しながら、部屋を出て行こうとすると、背後から抱きしめられた。

「はーい、確保。あなたはもう、私と寝るしかありません」

「……風呂に入らせて欲しい。汗臭いと嫌だし」

「だーめ、汗臭いとかはありませーん。あなたの匂いは、いい匂いがするから大丈夫」

グリグリと背中に顔を押し付けてきた。こういう時、いつも困る。
あまり、匂いも嗅いで欲しくない。血の匂いがするはずだから。
いい匂いがするなんて嘘に決まっている。
幾度となく任務で、人を殺してきた。――殺し屋。それが俺の仕事だから。
本当は彼女といる資格はない。彼女は正しい道を歩いている人。俺はそうではない人。

「また何か考えている、眉間にシワ、寄っているよ」

いつの間にか俺の前にきて、顔を覗きこんでいた。

「なんでもない、わかった、ベッドに向かうよ」

俺の言葉に笑顔になる彼女。手を引かれ、ベッドへと戻る。
また胸がぎゅーっと締め付けられた。湧き上がり、強さを増すばかりのこの思い。

「はい、布団に入って寝よう寝よう。おやすみ、また明日」

布団に入ると、急に眠気がくる。今日も疲れた。
だけど、眠るとまた明日が来る。それが怖い。
ふと、横で眠る彼女をみた。寝るのが早い、もう寝息を立てて、眠っている。

「……今一番欲しいもの、願うなら、この愛おしい時が永遠に続けばいいのに……」

7/20/2023, 12:57:50 PM

私の名前



真っ白な空間。そこにぽつりとある白いベンチ。
そこに座る一人の栗色の髪の少年がいた。足をぷらぷらと動かして、暇を潰していた。
すると白い霧が漂い始める。しばらくしてから現れた、全身黒い服を着た黒銀の髪の青年。
右手に茶色の分厚い本を持っていた。大きな欠伸をしながら、栗色の髪の少年のところへ。
そして、目の前に立った。

「ん、待った?」

「待っていたよ、ずーっと待っていた」

「そっか、ごめんごめん」

全くもって詫びている感じはない黒銀の髪の青年。そのまま、栗色の髪の少年の隣に座った。
右手に持っていた本を自分の隣に置き、左ポケットに手を突っ込んで棒付きキャンディーを取り出す。

「いる?」

「うん、最後にもらっておくよ、ありがとう」

くすくす笑って、棒付きキャンディーを受け取る栗色の髪の少年。

「んー、そだな、今日で最後だな。……今度は幸せにな」

「……そうだと良いなぁ」

「大丈夫、俺が言っておいたから、安心しろ」

栗色の髪の少年の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる黒銀の髪の青年。
すると、ちりーん、ちりーんと鈴の音色が白い空間に響いた。
霧が少しずつ晴れていく。栗色の髪の少年はベンチから静かに立ち上がる。
さっきもらった棒付きキャンディーを右のポケットに入れた。

「んじゃぁ、お願いします」

黒銀の髪の青年にお辞儀をする、栗色の髪の少年。少し震えていた。

「たとえ離れ離れになったとしても、見守っているから」

「……うん、ありがとう」

へにゃりと笑う栗色の髪の少年。すると、足元がガラス張りの床に変わった。
そして、少しずつヒビが入り始める。下は果てしなく雲、雲、雲。

「……最後に教えて、お兄さんの名前」

「俺の名前……?」

「うん、名前。あるでしょ?」

栗色の髪の少年の言葉に目を丸くする黒銀の髪の青年。少し考えてから、頬をポリポリとかいた。

「黒鴉(クロア)……って名前」

ぽそっと呟くと同時に栗色の髪の少年を突き飛ばした。
栗色の少年が立っていたガラスの床が割れて、それらと共に下へと落ちていく。キラキラと光りながら。
黒鴉と名乗った黒銀の髪の青年は、踵を返し、ベンチへと戻る。
そして、どかっと座ると茶色の分厚い本を手に取り、開いた。

「幸せになれよ」

ページを愛おしそうに撫でる黒鴉。そこには、栗色の髪の少年の情報が書かれていた。



――


黒いカラスが木の枝にとまって、家の窓を見つめていた。
しばらくすると、その家の窓が開く。そこには栗色の髪の少年がいた。

「あれ、カラスが珍しい。おはよう、カラスさん」

栗色の髪の少年の言葉に反応するように鳴く黒いカラス。

「ふふっ、返事してくれているんだ、かわいいね」

クスクス笑いながら、右のポケットから棒付きキャンディーを取り出す。
そして、封を破って口にカポンっと入れた。
しばらく、コロコロと舐めていると何かを思い出したかのような表情をする。

「……ねぇ、なんか僕はキミのことを知っているような気がする。キミの名前は?僕はね――」

黒いカラスは栗色の髪の少年の名前を聞く前に、翼を広げて飛び立った。

7/19/2023, 2:48:12 PM

視線の先には


窓が開いた教室に静かに風が入り、カーテンが揺れ動く。
教室には数名、生徒がいた。友達同士で会話していたり、一人勉強していたり、本を読んでいたりと様々。
窓際に近い席に座っている少女が一人。窓の外の運動場をぼーっと見つめていた。
その視線の先には、サッカーボールを蹴ろうとするが、空振り。
そして、ステンっとその場で転ぶ黒髪の少年の姿。

「ふはっ、下手くそ」

少女は苦笑をこぼした。すると、少女に近づく一つの影が。

「また見ているの、レイリ?」

少女の頬に冷えた水のペットボトルを当てる茶髪でタレ目の少年。
頬に冷たいのが当たって、一瞬驚いた表情をした少女――レイリだが、すぐ真顔に戻る。

「うん、そう、悪い?」

「んー、悪くはないけど……」

「悪くはないけど、何かな、ラウハ?」

少年――ラウハから渡されたペットボトルを受け取って、蓋を開けて一口、水を飲むレイリ。

「見すぎるのもよくないかなぁって」

「あら、嫉妬しているの?私が、他の子に取られないか」

「別にそういうわけじゃ……」

クスクス笑うレイリに対し、めんどくさそうな表情をするラウハ。
すると、急に冷気が漂い始めた。周りにいた生徒たちが、寒いと次々に言い出す。
さっきまでいなかったはずの、黒髪の少年がレイリの前の机の上に、腰をかけて座っている。そして、ニコリと笑った。

「あー……ほら、視線に気づいて、来ちゃったよ」

「あら、こんにちは」

「こーらー、話しかけないの」

「別に良いじゃない、どうせ貴方が払うんだから心配ないじゃない」

「そうだけど……ってか、それが俺の仕事だからね……」

はーっと長いため息を吐くと黒髪の少年に視線を移す。

「キミはもうここにいちゃいけないんだー、黒髪の少年くん」

パチンと指を鳴らすと黒髪の少年に銀色の鎖が巻きついた。
そして、ずるずると地面へと引き摺りこまれていく。
黒髪の少年は何かを叫んでいるが周りには聞こえない。
そして、跡形もなく消えてしまった。

「任務完了ね、さぁ帰りながら、次の任務探しましょ」

席から立つとツカツカと教室のドアへと向かっていく。

「いや、早いし、俺疲れているんだけど……あー、もうっ‼︎」

ぶつぶつ文句を吐きながら、レイリの後を追うラウハだった。

「……いつもレイリさんとラウハくんは一緒だよね」

「なんか二人を見ていると寒気が急にするの」

「わかるっ‼︎レイリさん、いつも違うところボーって見ているし」

「ラウハくんはなんか急に顔が青ざめて、フラフラするから少し怖い」

教室にいた生徒たちがそう噂を話していた。

「レイリさんが見ている、視線の先には何があるんだろう?」

ちりーんと透き通った鈴の音色が教室に響き渡った。

7/18/2023, 11:51:30 AM

私だけ  



アイドルみたいにキラキラと輝いているキミ。
周りの子達を虜にする。いつもキャーキャー賑やかだ。
顔は良いし、身長は高い、たぶん190はあったと思う。
頭脳も明晰、運動神経抜群、完璧な人間だ。
何をしてもみんなの人気者。女子からも男子からも。

「今日も賑やかだなー」

私は教室から出て、屋上へとつながる階段へと向かう。
そこはあまり人が来ない。なぜだかわからないけど。
ここは静かでゆっくりできる。階段に座り、好きな本を読む。
私だけの時間だ、誰にも邪魔されない。
すると、お客さんが来た。いつも来るお客さん。

「おつかれさま、今日も人気者だね」

私がクスッと笑うとアイドルだったキミの表情は一転。
さっきまでのキラキラオーラからドス黒いオーラに代わり、深いため息をついた。
髪の毛を乱雑にかき、私の隣にどかっと乱暴に座る。

「あぁー、まじダル」

「やめたらいいのに、アイドル風」

本を閉じて、キミのふわふわの髪を撫でた。

「別に好きでしているわけじゃない」

「だーかーらー、やめたら?」

「やめられるならやめたい――」

キミはちらりと私の顔を見て、またため息をついた。
そして、私の肩に頭を置いてグリグリと擦り付けてくる。

「おーもーいー、いーたーいー」

私の声をガン無視。グリグリと続ける。

「なぁ……やきもちとかやかねーの?」

ぽつりと呟くキミ。私は目を丸くしてから、吹き出した。

「やかないかなぁ、本の方が好きだし」

私の言葉と同時に本を奪う、キミ。

「あっ、返してよ」

「やだ、全然俺のこと構ってくれないじゃん。もう少し気にしろよ、俺これでもお前の彼氏じゃん」

涙目になって、私に訴えてくるキミ。
みんなの前で見せないこの顔。これは「私だけの特権」。
私だけが知っている。私の前だけ、弱くなる。
構ってほしくて、ずっとアイドル風を続けているのを知っている。
嫉妬させたいのも知っている。他の子と話しながら、チラチラとこちらを見ているのも知っている。

「そうだね、彼氏だね、秘密の彼氏」

「なぁー、もういいじゃん、公認しーたーいー」

「いーやーだー、私、みんなから責められるじゃん」

私は本をヒョイっと取り返した。

「そんなの関係ねぇーし……」

真剣な目をこちらに向けてくる。顔が良いから見つめられると恥ずかしい。
私の顔が段々、熱くなってきた。――やばいやばい。
本を自分の顔の前に持ってきて、それでガード。

「あっ、今照れている?ちょっ、顔見せろって」

「てーれーてーまーせーん」

攻防戦が続く。この時間は、私だけの特別な時間。
誰にも邪魔させない。私だけが知っていて良い、キミの色々な表情。

7/17/2023, 2:00:42 PM

遠い日の記憶



      遠くから川の流れる音が聞こえてくる。



太陽の光が世界にジリジリと暑さを与えていた。
額から汗がつぅーっと顎までこぼれ落ちる。それを腕で拭った。
やっと自分のお気に入りの場所に辿り着く。
綺麗に透き通った川は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
砂利を踏み、川のギリギリまで近づくと川の水を両手ですくった。
ひんやりと冷たくて気持ちいい。僕はホッと一息をつく。
すると、パキンっと木の枝を踏む音に驚いて振り返る。
そこには僕の親友がいた。

「やっぱり、ここだったか」

草木をかき分けて、僕の隣に来て、その場に座り込む。

「本当にここが好きなんだな」

僕は親友の言葉に頷いた。ここには癒されるために来ている
静かに流れる川の音、風に揺られる木々、鳥たちの囀り。
呼吸をするたびに、肺が喜んでいるように思う。それだけここの空気は澄んでいるということ。
ふと、親友が僕の前髪を触った。

「前髪、切ればいいのに、それで前見えているのか?」

世界が急に明るくなった。
親友の空のように澄んだ青い瞳に僕の顔が映る。

「だ、大丈夫見えているからっ」

親友の手を振り払うと前髪を元のように整えた。

「どうせ、その目を隠しているんだろ?別に綺麗だと思うけどなぁ」

ぶすーっとした表情をすると、足元の石を一つ拾って川に投げた。
ぽちゃんと音を立てて、水飛沫をあげる。
親友が僕の目の色を綺麗だ言ってくれるはありがたいことだが、僕はこの目の色は嫌いだ。
金色と葡萄酒色のオッドアイ。村の人々から、禍罪の子と忌み嫌われている。
村にいつしか災いを起こすと。両親は何も言わず、僕と距離を置いている。
最後に会話をしたのはいつだったか、忘れてしまった。

「村の人たちの言うことなんか、気にしなくていいと思う」

また一つ、石を川に向かって投げる親友。

「世界には様々な人がいる、きっとお前みたいな人もたくさんいると思う。村の人たちは、世界が狭いだけだ」

僕の親友は本当にいい奴だ。親友がいるだけで、世界が輝いて見える。
何もかもが違うく見えた。親友がいるだけで――



――頭痛がする。目を覚ますと世界が変わっていた。
何かが焦げた匂いと血の匂い。自分の両手には、血がたっぷりついていた。
吐き気が起き、喉まで胃酸が上がってきたが、また下がる。
僕はフラフラと立ち上がり、周りを見渡した。
村全体が燃え焦げ、たくさんの死体が転がっている。

「何が起こって……」

記憶を思い出そうとすると頭痛が走る。
その時にフラッシュバックが起こった。
映画のフィルムのように流れてくる情報。
頭を殴られる、お腹を蹴られ……何度も痛めつけられた記憶。
村の人から虐げられ、助けを求めても、両親は無視。
一生懸命、目で親友の姿を探したが、どこにもいなかった。
もう限界だった。腹の奥底からドロっとしたモノが溢れ出した瞬間――

「そっか、僕がやったのか」

一つの村を壊滅させた。それがわかったことだった。
身体から溢れ出る魔力。誰にも負けないという自信の証。
唐突に笑いが込み上げてきた。そして、フラフラと歩きながらいつもの場所へと向かった。



ベッドの上からドサっと落ちて、目を覚ました僕。

「お目覚めですか?魔王様」

側近の者が僕の顔を覗き込んで、僕に手を差し伸ばす。
その手を取り、ゆっくりと立ち上がった。

「少しうなされていたようですが……」

「……遠い日の……記憶……をみていた」

短くなった前髪を触りながら答えた。

「……そうですか」

「……ところで、僕に何か用事?」

「はい、魔王様にご報告があります。勇者一行がこちらに向かって来ているようで」

「またぁー?」

深いため息を吐いて、前髪をかき上げる。

「もう何度も何度もしつこいなぁ」

「仕方がないですね」

側近の者が冷たく言ってきた。そう、仕方がないこと――
僕は勇者を倒す。それが仕事だから。




    ふと、遠くから川の流れる音が聞こえてきた。



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