遠い日の記憶
遠くから川の流れる音が聞こえてくる。
太陽の光が世界にジリジリと暑さを与えていた。
額から汗がつぅーっと顎までこぼれ落ちる。それを腕で拭った。
やっと自分のお気に入りの場所に辿り着く。
綺麗に透き通った川は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
砂利を踏み、川のギリギリまで近づくと川の水を両手ですくった。
ひんやりと冷たくて気持ちいい。僕はホッと一息をつく。
すると、パキンっと木の枝を踏む音に驚いて振り返る。
そこには僕の親友がいた。
「やっぱり、ここだったか」
草木をかき分けて、僕の隣に来て、その場に座り込む。
「本当にここが好きなんだな」
僕は親友の言葉に頷いた。ここには癒されるために来ている
静かに流れる川の音、風に揺られる木々、鳥たちの囀り。
呼吸をするたびに、肺が喜んでいるように思う。それだけここの空気は澄んでいるということ。
ふと、親友が僕の前髪を触った。
「前髪、切ればいいのに、それで前見えているのか?」
世界が急に明るくなった。
親友の空のように澄んだ青い瞳に僕の顔が映る。
「だ、大丈夫見えているからっ」
親友の手を振り払うと前髪を元のように整えた。
「どうせ、その目を隠しているんだろ?別に綺麗だと思うけどなぁ」
ぶすーっとした表情をすると、足元の石を一つ拾って川に投げた。
ぽちゃんと音を立てて、水飛沫をあげる。
親友が僕の目の色を綺麗だ言ってくれるはありがたいことだが、僕はこの目の色は嫌いだ。
金色と葡萄酒色のオッドアイ。村の人々から、禍罪の子と忌み嫌われている。
村にいつしか災いを起こすと。両親は何も言わず、僕と距離を置いている。
最後に会話をしたのはいつだったか、忘れてしまった。
「村の人たちの言うことなんか、気にしなくていいと思う」
また一つ、石を川に向かって投げる親友。
「世界には様々な人がいる、きっとお前みたいな人もたくさんいると思う。村の人たちは、世界が狭いだけだ」
僕の親友は本当にいい奴だ。親友がいるだけで、世界が輝いて見える。
何もかもが違うく見えた。親友がいるだけで――
――頭痛がする。目を覚ますと世界が変わっていた。
何かが焦げた匂いと血の匂い。自分の両手には、血がたっぷりついていた。
吐き気が起き、喉まで胃酸が上がってきたが、また下がる。
僕はフラフラと立ち上がり、周りを見渡した。
村全体が燃え焦げ、たくさんの死体が転がっている。
「何が起こって……」
記憶を思い出そうとすると頭痛が走る。
その時にフラッシュバックが起こった。
映画のフィルムのように流れてくる情報。
頭を殴られる、お腹を蹴られ……何度も痛めつけられた記憶。
村の人から虐げられ、助けを求めても、両親は無視。
一生懸命、目で親友の姿を探したが、どこにもいなかった。
もう限界だった。腹の奥底からドロっとしたモノが溢れ出した瞬間――
「そっか、僕がやったのか」
一つの村を壊滅させた。それがわかったことだった。
身体から溢れ出る魔力。誰にも負けないという自信の証。
唐突に笑いが込み上げてきた。そして、フラフラと歩きながらいつもの場所へと向かった。
ベッドの上からドサっと落ちて、目を覚ました僕。
「お目覚めですか?魔王様」
側近の者が僕の顔を覗き込んで、僕に手を差し伸ばす。
その手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「少しうなされていたようですが……」
「……遠い日の……記憶……をみていた」
短くなった前髪を触りながら答えた。
「……そうですか」
「……ところで、僕に何か用事?」
「はい、魔王様にご報告があります。勇者一行がこちらに向かって来ているようで」
「またぁー?」
深いため息を吐いて、前髪をかき上げる。
「もう何度も何度もしつこいなぁ」
「仕方がないですね」
側近の者が冷たく言ってきた。そう、仕方がないこと――
僕は勇者を倒す。それが仕事だから。
ふと、遠くから川の流れる音が聞こえてきた。
7/17/2023, 2:00:42 PM