今一番欲しいもの
月明かりが深くて暗い闇に一筋の光を照らす。
疲れた体をフラフラしながら、寝室の扉を開けて、ベッドへ向かう。
そこには静かに眠る愛おしい彼女。ベッドに腰掛け、綺麗な長い髪を撫でようとしたが、一歩手前で自分の手を引っ込める。
幾度となく汚れてきたこの手で彼女を撫でる資格があるのだろうか。
小さくため息をついて、その場を離れようとした。すると、服の端をクイッと引っ張られる。
「帰ってきていたんだ、お帰り」
眠い目を擦りながら、微笑む彼女。
きゅっと心が締め付けられ、泣きたいくらいに愛おしくなる。
それは、今日も明日も明後日も。永遠にこの平和な時間が続けばいいのにと。
だけれど、願えば願うほど、闇が深くなっていくのがわかる。
「……起こしてごめん」
「そこは、ただいま、でしょ?お仕事お疲れ様」
「……あぁ、ただいま、ありがとう」
「相変わらずそっけないなぁー」
腕を組み、頬を片方膨らませて睨んでくる彼女。
怒った顔も泣いた顔も笑った顔も、全てが愛おしい。
俺は苦笑しながら、部屋を出て行こうとすると、背後から抱きしめられた。
「はーい、確保。あなたはもう、私と寝るしかありません」
「……風呂に入らせて欲しい。汗臭いと嫌だし」
「だーめ、汗臭いとかはありませーん。あなたの匂いは、いい匂いがするから大丈夫」
グリグリと背中に顔を押し付けてきた。こういう時、いつも困る。
あまり、匂いも嗅いで欲しくない。血の匂いがするはずだから。
いい匂いがするなんて嘘に決まっている。
幾度となく任務で、人を殺してきた。――殺し屋。それが俺の仕事だから。
本当は彼女といる資格はない。彼女は正しい道を歩いている人。俺はそうではない人。
「また何か考えている、眉間にシワ、寄っているよ」
いつの間にか俺の前にきて、顔を覗きこんでいた。
「なんでもない、わかった、ベッドに向かうよ」
俺の言葉に笑顔になる彼女。手を引かれ、ベッドへと戻る。
また胸がぎゅーっと締め付けられた。湧き上がり、強さを増すばかりのこの思い。
「はい、布団に入って寝よう寝よう。おやすみ、また明日」
布団に入ると、急に眠気がくる。今日も疲れた。
だけど、眠るとまた明日が来る。それが怖い。
ふと、横で眠る彼女をみた。寝るのが早い、もう寝息を立てて、眠っている。
「……今一番欲しいもの、願うなら、この愛おしい時が永遠に続けばいいのに……」
7/21/2023, 3:15:56 PM