時雨 天

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私の名前



真っ白な空間。そこにぽつりとある白いベンチ。
そこに座る一人の栗色の髪の少年がいた。足をぷらぷらと動かして、暇を潰していた。
すると白い霧が漂い始める。しばらくしてから現れた、全身黒い服を着た黒銀の髪の青年。
右手に茶色の分厚い本を持っていた。大きな欠伸をしながら、栗色の髪の少年のところへ。
そして、目の前に立った。

「ん、待った?」

「待っていたよ、ずーっと待っていた」

「そっか、ごめんごめん」

全くもって詫びている感じはない黒銀の髪の青年。そのまま、栗色の髪の少年の隣に座った。
右手に持っていた本を自分の隣に置き、左ポケットに手を突っ込んで棒付きキャンディーを取り出す。

「いる?」

「うん、最後にもらっておくよ、ありがとう」

くすくす笑って、棒付きキャンディーを受け取る栗色の髪の少年。

「んー、そだな、今日で最後だな。……今度は幸せにな」

「……そうだと良いなぁ」

「大丈夫、俺が言っておいたから、安心しろ」

栗色の髪の少年の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる黒銀の髪の青年。
すると、ちりーん、ちりーんと鈴の音色が白い空間に響いた。
霧が少しずつ晴れていく。栗色の髪の少年はベンチから静かに立ち上がる。
さっきもらった棒付きキャンディーを右のポケットに入れた。

「んじゃぁ、お願いします」

黒銀の髪の青年にお辞儀をする、栗色の髪の少年。少し震えていた。

「たとえ離れ離れになったとしても、見守っているから」

「……うん、ありがとう」

へにゃりと笑う栗色の髪の少年。すると、足元がガラス張りの床に変わった。
そして、少しずつヒビが入り始める。下は果てしなく雲、雲、雲。

「……最後に教えて、お兄さんの名前」

「俺の名前……?」

「うん、名前。あるでしょ?」

栗色の髪の少年の言葉に目を丸くする黒銀の髪の青年。少し考えてから、頬をポリポリとかいた。

「黒鴉(クロア)……って名前」

ぽそっと呟くと同時に栗色の髪の少年を突き飛ばした。
栗色の少年が立っていたガラスの床が割れて、それらと共に下へと落ちていく。キラキラと光りながら。
黒鴉と名乗った黒銀の髪の青年は、踵を返し、ベンチへと戻る。
そして、どかっと座ると茶色の分厚い本を手に取り、開いた。

「幸せになれよ」

ページを愛おしそうに撫でる黒鴉。そこには、栗色の髪の少年の情報が書かれていた。



――


黒いカラスが木の枝にとまって、家の窓を見つめていた。
しばらくすると、その家の窓が開く。そこには栗色の髪の少年がいた。

「あれ、カラスが珍しい。おはよう、カラスさん」

栗色の髪の少年の言葉に反応するように鳴く黒いカラス。

「ふふっ、返事してくれているんだ、かわいいね」

クスクス笑いながら、右のポケットから棒付きキャンディーを取り出す。
そして、封を破って口にカポンっと入れた。
しばらく、コロコロと舐めていると何かを思い出したかのような表情をする。

「……ねぇ、なんか僕はキミのことを知っているような気がする。キミの名前は?僕はね――」

黒いカラスは栗色の髪の少年の名前を聞く前に、翼を広げて飛び立った。

7/20/2023, 12:57:50 PM