時雨 天

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鳥かご





小さな窓から入る光をぼーっと見つめていた。
また朝が来たのかと思う。何度目の朝だろうか。
もう何年ここにいるのか、もしかしたら、何十年なのかもしれない。
手と足につけられた枷は、自分自身の力が、奪わられていくのがわかる。

「……冷たい」

ひんやりと冷たい床は手足、体、心の芯まで冷やしていく。
両膝を立てて、そこに、目頭を押し付ける。
なんでこんなことになったのか、今でもわからない。
遥か遠い日の記憶を思い出す。世界を魔王から救ったはずだ。
英雄と呼ばれ、国王、国の人たちから感謝されていた。
しかし、ある日突然、自分の世界が一転した。
自分の力は、人を脅かすと。人間ではないと言われ、レッテルを貼られる。
命をかけて、世のため人のためと戦い続けたはずなのに――

「……なんでっ……」

じんわりと涙が出てきて、膝小僧が濡らしていく。
これで何度泣いただろうか。もうわからない。

「僕が、何したって、言うんだよっ」

奥歯をグッと噛み締めた。心の奥深いところにモヤが溜まる。

「世界を救ったはず、なのに、人を脅かすって……」

冷たい床に静かに寝転ぶ。――痛い、冷たい、憎い、憎い。

「本当に怖いのは、魔王じゃない。人間だ」

誰もいないこの空間。独りぼっちの自分しかいない。
目の前に広がる世界は、冷たい床と黒い鉄格子、そして小さな窓。
窓の外の世界は今、どうなっているのだろうか。平和なのだろう……きっと。
普通に人が行き交い、たわいもない会話をして、温かいご飯を食べる。そして、夜が来ると布団で眠る。当たり前な日々を過ごしているに違いない。

「僕もその当たり前の日々が、あったのに……」

体を起こして、ふらふらと立ち上がる。
当たり前の日々を奪われた、力も奪われた。
まるで、鳥かごの中に囚われたようだ。自由なんてない。

「……ちくしょう」

黒い鉄格子まで辿りつき、格子に触れた。

「……出せよ……ここから。出してくれよ‼︎」

久しぶりに叫ぶと喉が痛かった。ずるずるとその場に崩れ落ちる。
しばらくすると、足音が聞こえてきた。いつもと違う足音。

「迎えにきたで、英雄ちゃん。いや――新たな魔王ちゃんかな」

変わった訛りで話す、赤茶色の髪をした男が黒い鉄格子の前に現れた。右耳にはシルバーのイヤーカフをつけている。
フード付きの黒のロングコートを着ていて、前をしっかり閉めていた。

「……ま、おう、ちゃ、ん?」

「そうそう、魔王ちゃん」

にこっと笑うと黒い鉄格子に触れる、すると、砂のような格子が崩れていった。

「さぁ、鳥かごから出ようなぁ、魔王ちゃん」

手を差し出された。一瞬、迷った。――この手をとっていいものだろうか?

「ビビってるんか?」

自分は首を縦に振る。少し怖い。特に目の前の人間が。

「ここから出て、世界を変えようやぁ。羽ばたく時やで、魔王ちゃん」

赤茶色の髪をした男は、自分の手の枷に触れた。さらさらと砂のように崩れていく。
そして、足の枷も同じく、崩れていく。自由の身になった。
力が一気に戻ってきたのがわかる。体が軽い。

「そろそろ、行こうか、魔王ちゃん」

その言葉と同時に囚われていた鳥かごから出た――



――さぁ、人間が生み出した魔王が鳥かごから解き放たれた。

7/25/2023, 1:59:25 PM