時雨 天

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もしもタイムマシンがあったなら


静かな喫茶店。ふんわり漂うコーヒーの匂い。
昔から通っていた、ニ人の思い出の場所。



からんっと氷がグラスの中で溶けた。私は冷たいストレートティーを一口飲む。
目の前に座るのは、幼い時からの友人。左手の薬指には、銀色に光る指輪がついていた。
相変わらずの癖っ毛の強い黒髪と大きな丸縁メガネ。羨ましい色白の肌に童顔。全然、老けて見えない。羨ましいったらありゃしない。
友人はおずおずとしながら、口を開いた。

「久しぶりだね、元気だった?」

「ん、元気だよ」

「そっか、よかったぁ」

「んで、話しって何?」

「あのね、来月、結婚するんだ」

からんっとまた、氷がグラスの中で溶けた。
大体は予想はついていた。久しぶりに連絡が来たから。
私は頬杖をつき、グラスの縁を指で一周なぞった。

「よかったね、おめでとう」

「あ、ありがとう」

ホッとした表情をする友人。
そして、頼んでいたカフェオレを半分くらいまで飲むと、カバンの中から可愛らしい封筒を取り出して、私の前に置く。
私はこれが何かすぐにわかった。

「それでね、結婚式に招待したいなぁって……」

「却下」

「えぇー、なんで」

「何ででも」

「あ、わかった、泣いちゃうからだ」

へにゃりと笑って、その場で立ち、身を乗り出して、私の頬に触れようとしてきた。

「誰が泣くか、バーカ」

その手を払いのけて、席に座るように促す。
しょんぼりとした表情をしながら、席に静かに座る友人。

「冷たいなぁ」

「冷たくて結構」

そう言った瞬間、友人のスマホが鳴った。
慌てて、カバンからスマホを取り出して、画面を見つめる。

「ごめん、もう行くね、迎えにきてくれたみたい」

「ん、わかった」

「返事、ちょーだいね、絶対」

ビシッと私に指をさして、伝票を持ってお会計へ。
そして、カランコロンとベルを鳴らして、店を出て行った。
一人残された私は、ぼーっと店の天井を見つめる。

「……はぁー、どうしてかな」

目を瞑り、昔の記憶を呼び覚ます。
桜の木の下で、写真を撮ったり、暑い夏には海に一緒に行った。
紅葉が彩る山へと出かけ、人が賑わうクリスマスの時期はケーキを作ったけど失敗して、それを笑いながら食べていた。
ずっと一緒だと思っていた。社会人になると自然と連絡する回数が減った。忙しいから当たり前なんだけど。

「……好きだったんだ、ずっと……」

じんわりと涙が込み上げてきた。鼻の奥がつーんと痛い。
友人と結婚できる人が羨ましい、そして妬ましい。
でも、そんな嫉妬しても、思いを告げなかった自分が悪い。
思いを告げるのが怖かった。この関係が壊れるのが怖かった。
気のせいだ、間違いだ、この心は。変なんだ、みんなとは違うんだ。
だから、この思いに蓋をした。もし、タイムマシンがあったなら――


「戻りたいあの頃に、そして――――」


グラスの中の氷は全部溶けて無くなった。

7/22/2023, 1:53:35 PM