「やぁ、来たよ」
誰も知らない小高い丘にいる友に会いに来た。
彼は返事もせずにじっと佇んでいる。それは、生前に腕組みをしていた堅物な姿を彷彿させて、私はつい笑ってしまった。
この墓石は私が勝手に建てたものだ。組織に知られても問題ないのだが、彼の妻に知られたら厄介なので秘密にしている。
彼の妻は、彼の死を受け入れていない。亡骸が未だに見つからない状態だから無理もないが。
「最近忙しくてね、なかなか来られなかった。すまない」
彼の好きだった酒をかけてやる。そんなに要らん、と言われそうだ。
手を合わせて彼を悼む。
皆の前では努めて冷静に振る舞ったが、私だって辛かった。彼は初めて友人と呼べる存在だった。こんなバケモノの私を友と呼んでくれたのだ。
生前、私は彼に「君が死んだら、亡骸を食べていいかい?」と聞いたことがある。ものの見事に断られたけど。死んでしまったら抵抗もできないから食べてやろうと思ったが、亡骸が見つからないのでは仕方ない。諦めるしかあるまい。
「もしかして、私に食べられたくなくて姿をくらませているのかな?」
笑っても返事はない。
「冗談だよ、怒らないでくれ」
拓けた丘で大空を仰ぐ。晴れ渡り、雲ひとつない青は清々しく……まるで彼のようだった。
太陽が眩しくて空に手をかざした。
「またここに来るよ、寂しくなったらね」
雨が頬を伝ったと思ったが、気のせいだったようだ。今日はこんなにも良い天気だ。
【大空】
クリスマスにはツリーを飾ってケーキを食べて、みんなで楽しく過ごしましょう♪
「早く寝ないとサンタさんは来ないわよ?」
そう言われていたから、いつもより早くベッドに入ってサンタさんを待っていた。
絵本に描いてあった、全身赤い服を着て、白いおヒゲを生やしたサンタさん。ベルを鳴らしてそりに乗り、空を駆けてプレゼントをみんなに配るんだって。
実は毎年寝たフリをしてこっそり起きてるんだけど、いつも寝ちゃって会えてない。
だから、今日こそは絶対にサンタさんに会うんだ。この目で本物を見てみたいっていう好奇心は止められない。
──結論、そんなことは考えなければよかった。
布団を被っていると遠くの方からシャンシャンとベルが鳴り、サンタさんのそりが近づいてきてるのがわかった。
ワクワク、ドキドキ。
そしてついに、私の部屋にサンタさんがやってくる。開けておいた窓がギィと音を鳴らした。
サンタさんは「ホーホーホー!」と笑うらしい。本で学習済みである。
だけど聞こえてきたのは、ギチギチという機械のような変な声。フローリングの床をカツカツと硬いもので刺すように歩く音。
そっと毛布から覗くと、四つん這いになった黒い何かがそこにいて。赤いひとつ目が、同じようにこっちを覗きこんでいた──
目が覚めると朝だった。
昨日のは一体何?あの黒くて気味の悪いバケモノは何?私はあれからどうなった?
夢じゃなかった。だけど特に変わったところはない。自分の体も何ともない。窓際に置かれたプレゼントの箱の中から、ギチギチという声がする以外は……。
プレゼントは怖くて、両親に頼んで処分してもらった。鉄製の古いロボットみたいなものが入っていたらしいけど、それ以上は聞いていない。
それ以来私は、クリスマスベルのシャンシャンという音が苦手になってしまった。
戸締まりをしっかりして、夜は早く寝るに限るね……
【ベルの音】
不肖の弟子が祝言を挙げた。
幼い頃から世話をしてやり、武術を教え、守ってきた……娘のようなものだった。
常に俺の後ろをついて回った。寒さが厳しい日や病の時は腕に抱いた。時には反抗したがよく笑い、成長してからは『師匠は私がいないと駄目だなぁ』などと言ってのけた。
いつまで経っても間抜けで危なっかしいあの弟子が、今日伊達男の嫁になる。
武骨な防具ではなく、綺麗な花嫁衣装に身を包んだ、俺の知らない弟子が其処にいた。
視線に気づいたのか、顔を輝かせる。
「師匠!」
咄嗟に顔を背けた。
俺のことなどもう忘れるがいい。
戦いから身を引き、幸せに生きろ──
ぐい、と乱暴に手が引かれた。
視線を戻すと、弟子だった。夫を置き去りにし、数秒でこの距離を詰めてきたのだと内心驚いた。
「師匠、こっち見てよ……」
か細い声。ハレの日に辛気臭い顔をする奴がいるか。
「私、師匠に一番にお祝いしてもらいたいのにっ……!結婚、許してくれたんじゃなかったの?」
許した。許すしかなかった。俺以外にお前をあんな笑顔にすることができる男だったのだ……断る理由がない。
ただ、込み上げてくるこの感情が、直視を拒んでいる。
「もしかして……師匠、寂しいのか?」
「馬鹿言え、吊るすぞ」
「あはは!いつもの師匠だ! ねぇ、こっちに来て、お祝いしてよ。師匠がいないと落ち着かないんだから」
引かれた手。振りほどこうと思えば出来たが、しなかった。
まさかこの俺が寂しさを感じているとは。
「あのさ。師匠はずっと、私の師匠だから。勝手にいなくならないでよ!」
寂しさ……のようなものは一瞬で吹き飛んだ。
これからも共に在るつもりなのか。
「あ、師匠……笑ってる!」
「見るな」
緩んだ顔を見られていた。だが、今日くらいはいいだろう。俺が笑って何が悪い。
鼻歌混じりに歩いていく弟子の手を握って繋いでやった。
仕方ないのない奴だ……この調子では親離れは暫く先だろうから、それまでは付き合ってやらねばな。
【寂しさ】
先日、寒いからとこたつを出した。ぬくぬく天国だ。
晩ごはんはアツアツのすきやき。
父さんと母さんと家族三人……鍋を囲んで
「「「「いただきます」」」」
ん?一人多くない?
気配もなく私の隣に座りに来たのは、幼馴染みのアイツ。
さも自分も家族だという風に座り、すきやきの肉を美味しそうに頬張っている。
「どうかしら?おいしい?」
「ん、すごく美味しいな」
「ははは、いっぱい食べなさい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
母も父も上機嫌。母に至っては野菜を取り分けている。いやいやいや、コイツうちの子じゃないでしょ。
「待って待って待って?!何でいるのさ!あーっ、それ私の肉!」
「少し落ち着きたまえよ」
「アンタねぇ!!」
胸ぐらを掴んで怒鳴る。すぐ父に止められたけど。
母いわく、奴の両親は仕事で長期不在で。寂しいだろうから、ごはんくらい一緒に……と誘ったらしい。
「ふふ、温かいね。こたつもすきやきも」
「アンタ、もしや毎日来る気?」
「うん。冬の間は両親が不在だから……毎日団欒できるね?」
「マジか……」
よろしく、と微笑む奴に私の日常は狂わされる──空いた手にそっと、隣の奴の手が重ねられて。
ほら、ね?
【冬は一緒に】
久しぶりに遠方の師範のところへ顔を出すと、紅茶を淹れてもてなしてくれた。
「よく来たね。相変わらずこっちは書類の山だが、気にせずゆっくりしていってくれ。何日滞在できるのかな?新しくできた店も紹介したいし、久々に手合わせもしたいね。ああ、君の部屋はそのままにしてあるけど、多少私の方でいじらせてもらった」
「師範は変わらねぇな」
口から先に生まれてきたと思う程によく喋る。寂しがりの師範のことだ、俺が来て嬉しいんだろう。部屋はあとで確認しなきゃならない。
「もう皆ここには寄りつかないからね……君が来てくれてよかった」
そうだった。亡くなったり引退したりで随分組織は変わったはず。
「そういえば小耳に挟んだんだけど、君、好い人がいるんだって?」
「な!どこでそれをっ」
「ふふ、内通者がいてね」
「内通者」
誰だよ、このお喋り師範に教えてくれたのは。
「大切にしなよ?」
「当たり前だ」
「女性の扱いも教えればよかったね」
「師範に教わりたくねー。ろくな付き合いなかっただろ」
悪態をついたけど、こんな話をするのは本当に久しぶりだったから、嬉しかった。離れた今でもこうして気にかけてくれてるのには感謝している。
「今度は二人でおいで。美味しいものをご馳走するから」
「えぇ……」
「そんな嫌そうな顔をされると傷つくな。安心したまえ、奪ったりはしないし、発言には気をつける……つもりだ」
「本当に頼むぞ、師範」
微笑む師範。今日元気そうな姿を見られたのは収穫だった。
とりとめもない話は、紅茶が冷めたあとも暫く続いた。
【とりとめもない話】