不肖の弟子が祝言を挙げた。
幼い頃から世話をしてやり、武術を教え、守ってきた……娘のようなものだった。
常に俺の後ろをついて回った。寒さが厳しい日や病の時は腕に抱いた。時には反抗したがよく笑い、成長してからは『師匠は私がいないと駄目だなぁ』などと言ってのけた。
いつまで経っても間抜けで危なっかしいあの弟子が、今日伊達男の嫁になる。
武骨な防具ではなく、綺麗な花嫁衣装に身を包んだ、俺の知らない弟子が其処にいた。
視線に気づいたのか、顔を輝かせる。
「師匠!」
咄嗟に顔を背けた。
俺のことなどもう忘れるがいい。
戦いから身を引き、幸せに生きろ──
ぐい、と乱暴に手が引かれた。
視線を戻すと、弟子だった。夫を置き去りにし、数秒でこの距離を詰めてきたのだと内心驚いた。
「師匠、こっち見てよ……」
か細い声。ハレの日に辛気臭い顔をする奴がいるか。
「私、師匠に一番にお祝いしてもらいたいのにっ……!結婚、許してくれたんじゃなかったの?」
許した。許すしかなかった。俺以外にお前をあんな笑顔にすることができる男だったのだ……断る理由がない。
ただ、込み上げてくるこの感情が、直視を拒んでいる。
「もしかして……師匠、寂しいのか?」
「馬鹿言え、吊るすぞ」
「あはは!いつもの師匠だ! ねぇ、こっちに来て、お祝いしてよ。師匠がいないと落ち着かないんだから」
引かれた手。振りほどこうと思えば出来たが、しなかった。
まさかこの俺が寂しさを感じているとは。
「あのさ。師匠はずっと、私の師匠だから。勝手にいなくならないでよ!」
寂しさ……のようなものは一瞬で吹き飛んだ。
これからも共に在るつもりなのか。
「あ、師匠……笑ってる!」
「見るな」
緩んだ顔を見られていた。だが、今日くらいはいいだろう。俺が笑って何が悪い。
鼻歌混じりに歩いていく弟子の手を握って繋いでやった。
仕方ないのない奴だ……この調子では親離れは暫く先だろうから、それまでは付き合ってやらねばな。
【寂しさ】
12/19/2023, 11:02:04 AM