駒月

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12/11/2023, 12:33:12 PM

 一目惚れだった。
 部下として配属された十七歳の女子相手に、三十路のおっさんが何をどぎまぎしてるのか。
 色恋にかまけている場合ではないのに、つい目で追ってしまっていた。

「班長」
「……何だ」
「そろそろ休憩では?」

 突然意中の女子に声を掛けられた。じろじろ見ていて気持ち悪い、と言われるかと思って変な汗が出たが。どうやら違ったようだ。
 差し出された手には握り飯……皆に作ってくれたのか。

「あぁ、悪いな。そういえば腹が減った……皆喜ぶだろう」
「────から」
「ん?」
「班長にしか、作ってないから」

 聞き返したら、女子は顔を赤くしてそう言った。

「お、おぉ……そうか」
「ちゃんと、食べて」
「おう……助かる」
「私はさっき休んだ時に食べたから。じゃあ」

 ふわりと髪をなびかせて女子は行ってしまう。動いた時に見えた耳も赤かった。
 淡々としていたが、あれは。急に顔に熱が集まり、口元が緩んでしまいそうなのを耐える。

「でかいな……」

 俺の為だけに作られた、歪な形の握り飯は拳よりもずっと大きかった。
 同僚が来て冷やかされる前に早く食ってしまおう。
 何でもないフリは俺にはとても出来そうにないから。



【何でもないフリ】

12/10/2023, 11:08:47 AM

 彼女に嫌われていることは知っていた。

「アンタさぁ」
「邪魔なんだけど」
「クソ野郎」

 罵られるのなんて日常茶飯事だった。
 理由はわからない。ただ、友人──彼女の好きな男と喋っているだけで睨まれたから、嫉妬なのかもしれない。私は男だが。

「その顔で御役所仕事に戻るつもり?みっともないから拭きなさいよ」

 先の戦いで顔に浴びた返り血を、男勝りの彼女は少し乱暴に手拭いで綺麗にしてくれる。
 そう、彼女は優しくもあった。

「今日はどうしたんだい?明日槍でも降るのかな?」
「そこは『ありがとう』でしょうが、この礼儀知らずの馬鹿野郎!仲間に感謝しな!」

 凄まじい速さで頭を思いっきり叩かれた。
 仲間……仲間か。その響きが少しむず痒く、また心が温まるような心地がした。



 時は流れ、私の友人と彼女は恋仲になり、結婚した。そして友人は彼女と子供を残し、すぐに亡くなった。
 彼女は泣いた。ひどく憔悴し、見ていられない程に痩せた。

 “仲間”──昔彼女に貰った言葉がちらつく。
 今度は私が言ってあげたら……彼女は心が温まるだろうか?
 部屋に彼女を呼び出す。
 だがもう、駄目だと悟った。彼女は既にひび割れてしまっていた。
 愛する夫を失い冷え切ってしまった両手を束ね……私は作った笑顔で彼女を壊すように抱くしかなかった。
 自らも友人を失った心の穴を埋めたかったが、それもどうにもならなかった。ただただ、悲しみが増すだけの行為だった。

「──もう、ここには来ない」

 朝方、彼女は掠れた声でそれだけ言うと、部屋を出て行った。
 もうあの温かさに触れることはできないのだ。
 あんなに大切にしていたものを、ぐちゃぐちゃにしてしまった。その後悔は、死ぬまでずっと忘れることはないだろう。



【仲間】

12/9/2023, 11:30:12 AM

 付き合って初めて相手の家に来た。
 付き合うまでも硬派な男と距離を詰めるのに時間がかかった。家で何をすればいい?何も考えないで来てしまったけど、どうにかなったらどうするんだ私は……!

「茶……飲むか?」
「う、うん!」

 声が裏返った。柄にもなく緊張している、恥ずかしい。

「そんなに警戒しなくても……何もしないから」
「うん……え?」

 しないのかい!
 いや何期待してたんだ私!

「最近ゆっくり休む暇なかっただろ。それに、話もしたいと思ってたから」
「へ?!」
 
 何もしないって言ったのに、手を握られた。
 たったそれだけのことなのに、全身が熱くなる。

「悪い……その、今日はこれだけさせてくれ。嫌だったら殴ってくれて構わない」

 いやなもんか、めちゃくちゃ嬉しい。
 さっきから心臓がうるさくて話なんかできそうにないけど。

「すまん……上手く話ができそうにない」

 耳が真っ赤になっている。緊張してるのはお揃いなんだと思ったら笑いが込み上げてきた。

「そんなにおかしいか?」
「おかしいとも。ねぇ、もう少しこのままでいない?……慣れるまで」
「あぁ」

 向かい合って手を繋いで。
 私たちはゆっくり始めていこう。



【手を繋いで】

12/8/2023, 11:52:12 AM


 また死者が出た。
 仕方ない、人は脆いのだから。私のように傷がすぐ治癒することも、なくなった部位が再生することもない。
 顔に布が被せられた遺体が次々と運ばれてくる。わかる。あの子も、あっちの子も皆、私が武術を教えた。生きて帰ってくるように、出立前に発破を掛けたのだが、それでも犠牲は出るものだ。

「準備ができました。いかがしますか?」

 部下が後ろにやってきて報告した。
 わかっている、感傷に浸っている暇などない。そんな資格もない。

「燃やせ」

 一言、命令して踵を返す。
 早急に次の駒を準備しなければ。私たちはこんなところで立ち止まるわけにはいかないのだから。涙一滴すら流さない私を許さなくていい。
 火葬場から聞こえるごうごうという音が、死者の悲鳴に聞こえた。
 大丈夫。あとは任せて、ゆっくり眠るがいい。

「ありがとう、ごめんね」

 無駄にはしない、君たちの死は誰一人として。
 必ず、誰もが笑って暮らせる日を……私が連れてくると誓うとも。

 


【ありがとう、ごめんね】

12/7/2023, 11:47:23 AM

 久しぶりに実家に帰った。
 日が暮れてきたため部屋は薄暗い。壁にあるスイッチで灯りをつける。近所はほとんど和風の造りだが、祖父が生粋の英国人のためこの実家も西洋造りにしてあるのだ。
 シャンデリアの光が届かない部屋の片隅で、ぼうと暗い影が動いた。

「やぁ、姉さん。久しぶりに来たよ」

 影は返事をしない。

「そんな隅っこにいないでこっちに来たら?」

 声掛けに俯いていた顔が上がった。
 人形のように美しい顔。
 太陽の光に当たれば白く輝く美しいプラチナブロンドが揺れた。血の気のない頬……無表情のままこちらを見る瞳は宝石のような綺麗な金眼。

「今日は罵らないのかな? 鞭で叩かないのかい? 私が……いや、ボクが来てあげたっていうのに」

 姉は途端にたじろいだ。にっこりと笑ってみせれば、怯えたように闇に溶けて消えて行った。

「つまらないな」

 ソファに座って天井を見上げる。
 私を虐待していた美しい姉は、僅か十歳でその生涯を終えた。義理の弟──私に惨殺されて、食べられた……そんな話を誰が信じるだろうか?
 不義の子である私が憎かったのだろうが、私は彼女が心底美しいと思っていた。好意すら寄せていた。それが気持ち悪かったのなら、仕方ない。

 部屋の片隅に現れる彼女は、私の作り出した幻想なのだろうか?
 もし化けて出ていたのなら、また掴めるのなら……

「また、食べてみたいな」

 姉とひとつになった私の金眼が、鏡に映って楽しそうに笑った。




【部屋の片隅で】

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