『願い事』
今日は、何年に一度かの流れ星の日。僕は庭に出て、夜空を見上げる。そこそこの田舎の夜は星空いっぱいで、すぐに流れ星を見つけることが出来た。
早速願いを込めようとする僕に、星は語りかけてくる。
「願いを叶えるには代償が必要だよ。それを…本当にわかっているんだよね」
キラキラ輝く星々が、僕を見つめている気がした。
「君の心は…太陽のように暖かく、とても心地がいい。本当は…君にいなくなって欲しくないと、僕達は思っている」
続けて星は僕に忠告をする。
「しかし…それでも君が流れ星に願いを込める時、その願は叶うけれど、君への代償が必ず出てしまう。君がより、壮大な願いを込めれば込めるほど…その分代償も大きなものへと変貌してしまう」
僕は、息を飲んだ。そして、ニコリと笑って、夜空に光る流れ星に願いを込める。
三回、唱えることが出来た。星々がどよめく。
「…その願いは、本気なの?」
僕は頷いた。
「…本気だよ。僕の大好きな人…桜ちゃんの病気を、治してあげて欲しいんだ」
桜ちゃん。僕の学校の同じクラスの女の子。皆から慕われていて、とても優しくてお淑やかな子なんだ。でも、病気を患っていて、あまり学校には来ていなかった。
桜ちゃんが余命を宣告された時、学校に一度だけ遊びに来た時があった。
皆と遊んだ後、さよならをした時、皆は泣いていて、彼女は最後まで笑って手を振っていたけれど、涙を抑えきれなくて、やっぱり泣いてしまっていた。
桜ちゃんが帰る前、桜ちゃんがたまたま一人になった時、僕は伝えた。
「……あの時…転んだ時のこと…覚えてないかもしれないけど、でもあの時、僕が松本さんの前で転んでしまった時、皆は僕を馬鹿にしたけれど、君だけが何も言わず手を差し伸べてくれた。僕は、あの時すごく救われた…ありがとう」
僕が桜ちゃんにそう気持ちを伝えると、桜ちゃんは急に泣いてしまった。
「!?どっ、どうしたの…!?」
「うっ…うぅ……私……沢渡君にね…消しゴム貸してもらった時…すごく嬉しかった…困ってる私に…さり気なく貸してくれたあの時……さっ、す、すごく…嬉しかったよ……」
涙をポロポロと流す彼女を見て、自分も涙が溢れそうになった。
なんでだよ。神様って人はなんで、こういう優しい人の命を奪っていくんだよ。
「沢渡君と沢山…喋りたかった……たくさん、たくさんたくさん…喋りたかった……!」
僕は、彼女のあの悲しい顔を、忘れられなかった。
桜ちゃんが言ってくれた、あの言葉が、僕を少しだけ救ってくれたような気がした。
この時に僕は、僕よりも桜ちゃんがクラスにいた方が良いと思った。
幸いにも僕には力がある。星達とお喋りする力。そして、流れ星の日に、僕には願いを叶える力。
小さい頃から一人ぼっちの僕には、夜空の星達と色んなお喋りをしていた。
楽しかった。人間の友達なんていらない。僕には、星達だけで充分だ。
そう、思っていたけれど。
桜ちゃんが僕に手を差し伸べてくれた時、僕はあの時…桜ちゃんに恋をした。
こんな自分が、桜ちゃんの役に立てるなら。
僕の体が光に包まれていく。
「…なんてことを…!他人の病を治すだなんて願いはすごい代償を伴うんだよ!君は…!!
……君は…もう光となって消える…君の選択は、それで本当に良かったの…?」
星々達は、悲しそうな声でそう僕に語りかけてきた。
「大好きな人に、幸せになって欲しいから」
そう言うと、僕の体は光となって消えていった。
「…そっか。君の心は、本当に暖かいな」
星達はピカリと光る。
「…でも、寂しいよ」
悲しそうにそう答える星々は、より一層夜空に綺麗に輝いた。
数日後、奇跡的に病気が回復した桜ちゃんは学校に通うようになり、皆とまた楽しい日常を過ごすことになる。
しかし、クラスの一席だけずっと空いていることに気付く。
「…あれ?竹中くんは?」
皆は、誰だっけ?そいつ?という顔で喋りあった後、あー!そんなやついたな!と思い出す。
「確か行方不明だって聞いたよ。どこかに行ったって」
桜ちゃんは驚愕した。自分の知らない間に、クラスの子が行方不明だとは知らず、毎日楽しく過ごしてしまっていたから。みんなに一緒に探そうよと提案するも、みんなは首を振るばかり。
「なんで?別に良くねー?」
「いいよいいよー。だって別に喋んないし目立ったやつでもないしさー」
桜ちゃんは、その言葉に激怒する。
「なんでそういうこと言うの!!!もう知らない!!」
初めて、誰かに怒った桜ちゃん。いつも、お淑やかで温かみのある彼女の初めて怒った姿に、みんなは驚愕した。
しかし、皆が驚愕する中で、唯一褒め称える物が存在した。それが、太陽だったのだ。
太陽は、星々に桜ちゃんがどういう子か話し合った。彼が恋をしてもおかしくないような女の子だと伝える。
星々の間で彼女を話し、その夜。二度目の流星群が夜空を舞う時に、桜ちゃんは祈った。
(…沢渡君が…無事でいますように…)
必死に何日も何日も一人で夕方、暗くなるまで探し、それでも見つからないと悟った彼女は、もうお願いをするしか無かった。
(みんな…沢渡君のこと、どうでもいいって言うの。それは、おかしいはずなのに。みんな当たり前のように話していて、すごく怖かった。でも、私は沢渡君が無事でいてほしいって思う。大切なクラスの子…消しゴムを忘れたときに、さり気なく貸してくれた沢渡君。あの優しさは、今でも覚えている)
震える手で、ギュッと両手を握る。
「…お願い…神様…」
そういうと、ぴかりと一つの星が光った。
「…君も…すごく優しい子なんだねぇ……」
急に聞こえてきた、優しい声に驚いて辺りを見渡す。
「僕だよ。君を上から見ている」
優しい声が、夜空から聞こえてきた。すかさず上を見上げると、満天の星空達が、桜ちゃんに話しかけていた。
「君は、本当に優しいんだね」
「これは恋をしちゃうね」
「うんうん、」
星が喋っていることに驚いて腰を抜かしちゃう桜ちゃん。星達は彼女に真実を伝えた。
「…優輝くんは、光となって消えたんだよ」
桜ちゃんが驚いていると、星達が桜ちゃんに説明した。優輝が、桜ちゃんを想っていたこと。そして、彼女の幸せを祈っていたこと。
自分よりも、君を優先したことを。全て、桜ちゃんに伝えた。
桜ちゃんはその場で崩れて泣いていた。自分が、自分のせいで、沢渡君を…そんな…。
沢渡君は…自分がどうなろうと構わないで私を助けてくれた…そんな、優しい人の命を…私は奪った。
涙を流しながら、桜ちゃんは星達に優輝を生き返らせたいと頼む。
しかし、それはやめた方がいいと助言をする星々。
「代償を払って彼は消えたんだ…君のためを想って」
「君も、願えば代償を払うことになる。優輝と同じように消えてしまうかもしれないんだぞ」
「そんなこと、あっては欲しくない。君のような優しい子は消えるべきじゃない。優輝と同じように消えて欲しくは無い」
「…私のせいで誰かの幸せを奪いたくない。沢渡君には、生きていて欲しい!」
星達の言葉を振り切って、桜ちゃんは自分の気持ちを率直に答えた。
星達は黙り込み、流れ星に願いを込めれば、願いは叶うと彼女に伝える。
「…本当に、願うんだね」
「…うん…沢渡君に…生きていて欲しいと思うから」
流れ星に願いを込める桜ちゃん。すると、突然目の前から光が放たれた。
それと同時に、彼女の体も光り始める。
星達が、また、優しい子が消えてしまうと落胆したその時、二人共にこれまで見たことないような光り方を放った。優しい桃色の、愛のような光が、二人を包み込んでいた。
驚いている星達が、もしや!!と思い、光がおさまった瞬間、そこには優輝も桜ちゃんもいた。
優輝は、自分が元に戻ったことに驚いて、自分の体を触ったりして確かめていた。
そして、目の前には桜ちゃんがいる。
桜ちゃんは喜びのあまり、優輝のことを抱きしめる。
「よかった!よかった……生き返ってくれた……」
力強く抱きしめられた優輝の顔は真っ赤になった。
「えっ!ちょっ…な、なんで桜ちゃんが!?」
星々が驚きながら、優輝と桜ちゃんに説明する。
「…かつて、願いの奇跡はただの交換に過ぎなかった。自分の願いを祈るか、誰かのためを祈るか…関係無く、代償というものが付いていた。それは命か、怪我か、それともなんかしらの不幸か……。
願いが強ければ強いほど、代償もまた強くなり、君らのように消えてしまうものもいた。
…しかし、一度だけ。一度だけ大丈夫だった人間がいた。
それは……愛の力。
誰かを生かすために自らを犠牲にしようとした。それが二度続いたんだ…君たち二人とも、自分ではない誰かのためを想って祈ったんだ。
今、君たちの代償は愛によって清算された。
君たちは、お互いのために消えようとした。だから、君達は無事なんだ」
「………愛……」
優輝は照れくさそうに下を向く。そんな彼を、桜ちゃんは見つめていた。
煌めく夜空の下で、少しの沈黙が続く。星達は、どちらが先に口を開くか黙って見ていた。
そして、一番最初に口を開いたのは桜ちゃんだった。
「……ふふ、愛だって」
頬を染め、涙を流して喜ぶ桜ちゃん。
「私達、好き同士だったんだね」
僕は更に頬を染める。
星達も、くぅ〜///っと声を唸らせた。
「で、でも…僕達まだ話し合ってもないし…君のこともまだ全然…」
そう言うと、桜ちゃんは優輝の手を繋いだ。
「友達から仲良くなりましょう。私達、絶対お似合いだと思う」
ニコリと笑う彼女を見て、優輝も微笑み返す。
「……うん。僕は優輝…これからよろしくね」
煌めく星達の下、二人の愛は、確かに本物だった。
『空恋』
私は、あの日恋をした。しかし、その恋は本命というものではなく、皆が彼に恋をしているから、私も恋をしてしまったというもの。
私は最初彼のどこが良いのか分からなかった。確かに、かっこいいかもしれないけれど、でも、私は彼に惹かれなかった。けれどら皆が彼をカッコイイ、素敵、優しくて爽やか…と、沢山言っているのを見て、そうかも。と思い込むようになった。
しかし、彼を好きになったとしても、付き合えるはずがないと思っていた。
でも、ある日突然、私は彼に急に告白された。
理由は、一目惚れとのこと。私、自分が可愛いなんて思ったこと、生まれてからずーっと一度も思ったことがないから、素直に嬉しかった。
今度、早速一緒にデートをしようと誘われ、私は承諾する。
「ごめんね。次の日学校なのに日曜日にデートなんて」
「全然!凄く楽しみだよ」
「よかった。土曜日は他の子とデートをしなくちゃいけなくてね、ごめんね」
「……………………………………………………え?」
彼の言葉を聞き、私は開いた口が塞がらなかった。え、今、なんて言ったの?え、他の子?
彼は驚く私の顔を見て、どうしたの?と声をかける。
「え……ど、土曜日…他の子と、デートするの?」
「え?うん」
「……えぇ?」
困惑する私に、彼はなにか思い出したかのような表情をした。
「あ、そっか!知らなかったか…ごめんね。しっかり伝えなきゃいけないよね。
僕さ、付き合ってる子沢山いるんだ。校内の女子三十人以上で…あと他校の女子は五十…あれ?四十だったっけ……」
私は、驚愕した。この人は、色んな女子と付き合っている、女たらしだったから。
普通だったら、即別れるのが正解なのかもしれない。しかし、付き合ってしまった以上、すぐに別れるのはおかしいのかな?と私は思ってしまった。
だって、彼は皆から愛され、慕われ、そして…モテモテな美男子だから、せっかく、告白されて、付き合えたのに…すぐ別れるなんて…そんな…。
その時の私は、今は彼と付き合っていようと決め手しまった。
そして、デート当日。彼とデートをいたしました。それはもう、本当に本当に…楽しかった。
……のかもしれません。
風にふわっとなびく髪素っ気なく人混みの中で私の手を繋ぐ手、そして彼の香水の香り…その全てがとてもかっこよかったです。
…しかし、彼が女たらしで、他の女子とも付き合っていると考えると、私の心はモヤモヤしていた。
彼と付き合ってから数ヶ月も経ち、彼は時々私に声をかけてくれたり、デートに誘ったりしてくれた。
私は、彼に応えるようにおめかししたり、彼に好かれ続けるように頑張った。
皆が憧れる人と付き合えている。別れるなんて、もったいない。
でも……このままでいいのかな。
好きか嫌いかも分からない人と付き合って…この曖昧な試で、彼と一緒にいてもいいのかな…。
彼は時折、他の女の子と手を繋ぐ時があった。彼は、皆のもので、私一人のものじゃない。それは、分かっているけれど、あまりいい気分じゃなかった。
このまま…このまま私は彼と付き合っていれば、幸せなのかな。正解なのかな。
「…へー、良かったじゃん。イケメンと付き合えて」
「……うん」
幼馴染の太一と、たまたま帰宅途中にすれ違い、公園で話をしていた時のこと。
太一とは、小学生からの付き合いで、近所ということもあって、私達は昔からすごく仲が良く、よく一緒に遊んだり喋ったりしてる時があった。
ただ、高校は別だから、あまり会うことは無くなってしまったけれど…。
私は彼…空君と付き合っていることを、太一に話した。
「……空君は、皆の人気者なんだ…凄く優しいし、頭も良くて運動神経も良くて…とってもかっこいい…顔面国宝だって言われてるほどだよ!だから…私も…なんか……」
「……惹かれたってわけだな」
「…………」
私は黙って下を向いた。
…惹かれたわけじゃない。空君を好きという気持ちは、本当の気持ちじゃないってことを、私は知っていた。
『茉実!見てよ!!空くんだよ!!』
『本当にかっこいいよねぇ…茉実付き合えそうじゃん?だってあなた可愛いもん』
『空くんって凄くかっこいいよ!!優しいし!頭もいいし!!』
『茉実は空君みたいな男子がタイプでしょ?』
え……い、いや……。
『みーんな女子は、空くん一択だよねー』
『うん!茉実もそう思うよね!』
……うん。空君、かっこいいよね。
『だよねー!!』
……かっこいい。本当に、アイドルみたいな存在だっていうのは分かるよ。
でも…………私…………。
「…好きじゃないんだろ」
太一の言葉に、私はは俯いたまた言い返す。
「…なんで…そう思うの…?」
太一は夕焼け空を見つめる。
「んー…まあお前とは腐れ縁だからな。ずっとお前のこと見てきたし分かるよ。その人のこと本当に好きか嫌いかね。
お前が人を好きになる時って、必ず幸せそうな顔をするんだよ。わっかりやすいようなニヤケ顔で…幸せが溢れんばかりの表情でな。中学の頃、浅川ってやつと付き合った時、俺に浅川の話してきた時なんかそうだったよ。お前の顔は幸せそうだった。
まぁ、俺は延々と彼氏とのイチャイチャ話を聞かされてうんざりしてたけどな!」
「……ごめんね」
太一は飲んでいたリンゴジュースの紙パックを公園のゴミ箱に捨てて、私の隣に座った。
「でも今のお前の顔……凄く人に合わせてる感じの顔だよ。空って奴の良いとこ自慢の時も全く幸せそうには見えなかった。声のトーンも、目も。浅川の時とはまるで違う。
きっと、今のお前は、その空って奴と付き合ってるって立場に、自分を合わせようとしているだけなんだよ」
的を得た太一の言葉に、私はぐうの音も出なかった。
本当にそうだ。
私は空君なんか好きじゃない。
皆にお似合いと言われ、皆が憧れの人だからと自分で価値を決めて、付き合えたから、別れるのが惜しいと思い込んでるだけなんだ。
私は、小さな声で太一に言った。
「……でも…付き合えたのは…私……嬉しかったよ……」
「……まぁ、そうだよな。確かに、皆が惚れるくらいかっこいい奴と付き合えたら凄く嬉しいよな」
そう言った太一の言葉は凄く優しかった。
私は、太一の顔を見る。
「別れたくないという気持ちがあるのならそれでいいと思う。まだ、好きかもしれないって思うなら、俺は茉実のこと応援するよ」
優しい表情のまま、太一は微笑んだ。
温かくて、まっすぐで、まるで…私が浅川君と別れた時に寄り添ってくれた時のようだった。
目がじんわりと、熱くなる。
ずっと、周りの声に振り回されていた。
浅川君との時も…本当はそうだった。お似合いだよ、と周りに言われて付き合ってみて、浅川君が本当にいい人だったから、付き合ってから惹かれていったけれど…私は、常に自分の本当の気持ちを優先していなかった。
でも。私、本当は、本当の私の気持ちは。
私は、太一の言葉で、自分の気持ちを伝えることにした。
「……私、本当に好きなのは…太一だった」
太一の目が、大きく見開かれる。
「………………えッ????????????」
太一は言葉を失って、驚きの表情でいっぱいだった。
「ずっとそばにいてくれて、ちゃんと見てくれて……私、本当は、太一みたいな人が好きだったんだ」
太一は首を思いっきり振る。
「いやいやいやいや!!!お、お前それマジかよ…?その空って奴と俺は真逆の性格だぞ?変なとこでドジかますし、顔もイケてないし、文句ばっか言って性格だってよくないし…」
「ううん…太一は違うよ。いつだって私のこと、ちゃんと見ててくれた。そばにいてくれた。私は、そんな太一を…」
茉実は、赤面になりながら微笑んでいた。けれど、その目の奥には積もった想いがにじんでいた。
「優しいし、ちょっと意地悪で、でも本当はすっごく照れ屋で誰よりも他人思いで……そういう太一の全部が、私はずっと、ずっと好きだった。
……でも私は……本当の気持ちを優先しないで、周りの人に流されて…それで、それで私………」
茉実は、涙を流した。
「…ごめんね、自分勝手で…今更、こんなこと…」
彼女が涙を流しながら俯いた瞬間、太一はそっと茉実の手に触れた。
茉実が太一の顔を見ると、太一は照れた表情のまま話す。
「……俺も、好きだったよ。茉実のこと。ずっと前から…小学生の頃から、誰よりもお前が楽しそうに笑ってるのが好きだった」
茉実が驚いたように目を見開く。
「……でも、中学の時さ、お前浅川と付き合ったろ? あのとき、お前がちょっと遠く感じて、俺も悔しかったんだ。
それでも、お前が楽しそうだったから、幸せそうでよかったって思ったんだ。
……本当は、すげぇ寂しかったけどさ」
「……太一…」
太一はまた夕焼け空を見つめる。
「…浅川と付き合ったって報告した時、お前が嬉しそうにしてるの、俺、なんも言えなかった。
俺だったら……って思ったこと、正直何度もあったよ。
でも、俺なんかが、お前と並んで歩けるわけないって、思い込んでたんだ」
「……なんで?」
太一は茉実の顔を見つめる。
「……お前が可愛すぎるからだよ」
「え」
茉実の顔が、真っ赤になった。
「可愛いし。明るいし。ちゃんと人を見て、気を遣えて…お前の全部が、もう高嶺の花過ぎるんだよ。お前のこと、好きって言う奴も多かったしな…。
だから、俺には茉実と付き合えるなんて絶対に無理だと思ったよ。お前みたいなすげぇ可愛い奴と釣り合わないって」
茉実思い切り首を振った。
「ううん!そんなことないよ!」
茉実は太一の手を握る。
「たしかに太一は口も悪いしサボり癖もあるし…大事なところで少しやらかしちゃったりするところもあるけど……」
二人の頬が更に赤くなる。
「でも…私は…本当は…そんな太一の全部が…すごく好きなの。大好き」
茉実はもう、自分の気持ちを抑えられなかった。彼女が押し込んできた、太一に対する本当の想いが溢れてしょうがなかった。
太一は、そんな茉実の言葉を聞いて片手で顔を覆った。
「…まじで…顔があっちぃ…真っ赤だわ俺…」
茉実は、太一の片手の手をとり、指を絡めて握る。夕焼けに照らされた二人の姿は、辺りの静寂を包み込んだ。
「……太一のこと、大好き」
太一は深呼吸をし、頬を赤らめた茉実の顔を見つめ、口を開く。
「……俺も茉実のこと、大好きだよ」
そうして、やっと本当のことを言えたような気がして、安心したのか二人共に笑い合った。
茉実が太一の耳元に囁く。
「…ずっと思ってたけど…空君や浅川君より…太一の顔の方がかっこいいよ」
そう言われた太一はまた顔を真っ赤にして、片手で顔を隠す。
「まじで変なこと言うのやめろ!茹でたこになるわ!」
「ふふふ、本当なんだもん」
「……ったく、お前も可愛いよ。この世の誰よりもな」
「……もぅ…」
お互い、また顔を真っ赤に染める。
二人の恋は、確かに本物だった。
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あれから、私は空と別れた。
申し訳なさもあったけど、それ以上に、「嘘のまま」は、もうやめようと思った。
誰かの目や、噂や、期待。そういうものに流されて、本当の気持ちを見失ってた。
でも今は、ちゃんと自分の本当の好きを信じられる。
隣には太一がいる。いつものように、ちょっと不器用で、ちょっと抜けてるけど、とびきり優しい太一。
空みたいに、綺麗で、遠くて、手が届きそうで届かなかった恋、それはまるで空っぽだった。
でも、太一がいてくれたから、私は地に着いた本当の恋に辿り着けた。
私は、これからも太一と一緒にいたいと、心の底から思えた。
『波音に耳を澄ませて』
自分の家の近くに海があるって言うのは良い事だ。
悲しい時、辛い時、悔しい時とか、なんかあったら心を落ち着かせるために僕は一人で海に行くんだ。
学校生活は楽しい…はずなんだけれど、ある子を庇ってから虐めのターゲットが自分になってしまった。
クラスの全員が空気読めないやつって僕を責めて、僕を虐めてきたんだ。
空気の読めない奴でいい。誰かが虐められているのを見て、それを当たり前と受け取って生活する方が僕は絶対嫌だから。
けれど、虐めは少しずつエスカレートしているし、不良たちはとっても怖いし、もうどうすればいいのか分からなかった。
ただ、僕は毎日この海で一人、波音を聞いて憂鬱な気分を晴らそうとしているだけだった。こんなことしても、なんにも変わらないのに。
溜息を吐いて、砂をいじる。靴の中に砂が入ったけれどお構い無しに僕は砂に足を突っ込んだ。
気持ちいい。暖かくて、なんだか包まれているみたいで。
一人虚しく砂遊びをしていると、波ともになにか音が聞こえてくる。
……ポチャン。
ポチャン?何の音だろう?もう一度、耳を傾ける。
…ポチャン。
やはり、波打つ音の中に紛れて、なにかの音が聞こえる。良く、耳を澄ませてみれば、あっちの方向から音が聞こえてきた。
ゆらゆらと浮いているものが見える。
え、あれクラゲ!?
大きなクラゲだ。ウミガメと同じくらい大きなクラゲで
、青色で触手が異常に長かった。
そんなクラゲがふよふよと泳いでおり、僕は恐怖を覚えた。ここは海水浴でも、子供達に人気なのに。
あんな危ないのがいたらまともに泳げないじゃん!とか思って、もう少し近寄って見てみようと立ち上がった瞬間、いきなり強風がやってくる。波が砂浜に強く打ち上がったかと思えばクラゲも一緒に陸に吹っ飛んできた。しかもこっちに向かって!
「わぁー!!!」
でっかい図体してる割に軽々しく飛んできたそれに恐怖を覚えた。僕は女の子みたいな叫び声を上げてそれから離れた。
びしゃんと打ち上げられたクラゲはすぐにぐったりして、自力でプルプル動いて海の方へ戻ろうとしている。
細い職種で戻ろうとするが、戻れるはずもなく、苦しそうだった。
…なんだか可哀想だなぁ。
そう思った僕は、そのクラゲを落ちてた流木の破片で海に戻してあげた。
クラゲはそのまま波に乗って、ぷかぷかと泳いでいく。途中、こっちを見てるような気もしたけれど、クラゲの目なんてどこにあるかもわかんないので、たぶん気のせいだろうと思った。
その日の夜、夢を見た。僕は浜辺に立っていて、僕が海の方向を見つめている。海鳥の鳴き声と、波音だけが辺りに満ちていた。
なんなんだここ…どこだろう。
僕が困惑していると、遠くの海から誰かが歩いてくる。明らかに人間では無い、キノコみたいな形をした生き物が僕の方へ海の上を歩いて向かってくる。
その近付いてくる得体の知れないモノの姿がようやくわかった。
クラゲだ。しかも、今日助けたクラゲ。
困惑していると、クラゲが自分の目の前まで歩いてきて、喋り出す。
「……乱れた心は、波打つ音で静まり返る。ここには、海と君と、私だけだ」
当たり前のように喋るクラゲに驚く。
クラゲの声は、男性とも、女性ともとれない曖昧な声で、とても穏やかで、気品に満ち溢れたものだった。
クラゲが話し終わると、クラゲが僕の体を触れようとする。触手で。
毒を刺されると思った僕は避けようとしたが、体が動かない。もがいていると、クラゲの触手が自分の頭をべチャリと触れる。
しかし、痛みはなかった。それどころか、少し、心に余裕が出来た気がした。
「君が私を助けてくれた。その行動は、なかなか出来るものではない。君には、普通の人間には無い勇気と優しさを持ち合わせている。
そして、君は今変化を遂げた。案ずることなく、前に進むんだ」
変化を……?え、なに……?困惑している自分を置いてけぼりに、クラゲがまた海の方へと歩みを始める。
一体なんなんだこれは。呆然としていると、クラゲがもう一度振り返り、「ありがとう」と一言だけつぶやいた。
そして、目を開けると朝の七時。
なんなんだろう、今の夢は。変な感情のまま、身支度を済ませて自分は学校へと向かった。
学校へ着くやいなや、教室のドアを開けた途端、みんなが笑っていた。なんで笑ってるんだろうと思っていると、そこには鼻血を出している男子の姿があった。
「あ、お前来てたの?」
「……なに…してるの……」
満面の笑みを浮かべながら、その男子を殴ったであろう不良がその男子の頭を掴んで机にグリグリと押し付ける。
「こいつが俺らのこと邪魔したんだよ。お前のこと虐めようと机の中のもん漁ってたらやめろって。マジで自分の立場わかってねーよなーこいつ!あはは!」
周りの人間もクスクス笑いながら、その男子が虐められているのを見ていた。
僕は、走り出す。
「おい!!!やめろよ!!!!」
「は?」
不良は、正直怖い。凄く怖い。殴られそうだし、まず性格が怖いし、人を虐めてる時が一番楽しそうにしてるのが本当に怖い。
しかし、怖い思いを引っ込めて、自分は前に出る。
「来んなよドブ臭い奴が!」
僕をおっとばそうと不良が手を伸ばす。すると、不良は急に手を引っこめて急に痛がり始めた。
「いっ…いってぇ!!!ヒリヒリする……なんなんだよこれ!!!いてぇ……!!」
手を抑える不良。僕はそれを無視してその子に駆け寄って、保健室へ連れて行く。
あとから聞いた話だと、どうやら僕に触れようとした瞬間に、何かに刺されたような痛みが走ったらしい。
赤く腫れ上がったその手を病院に診てもらった結果、なんとクラゲに刺された症状と同じらしい。
僕は何もしていないけれど、僕にやられたと不良が叫んでも、医者はクラゲの毒を中学生が所持できるわけが無いと一蹴。
結局、不良は腫れ上がった患部を冷やしながら薬を塗布して、経過観察となった。
僕は、夢で見たクラゲを思い出す。
あのクラゲが、助けてくれたんだ。
僕は、感謝しきれなかった。
その日の帰り、僕はもう一度海へ行った。
沈みゆく太陽が、今日の終わりを告げている。海が夕焼け空を映し出す。世界はひと時の金色へと変化を遂げていた。
気持ちの良い風が、僕のからだを包み込む。
クラゲがいないか僕は辺りを見渡す。
ポチャン。
さざめく波音の中、ポチャンと音が聞こえた。
僕は、波音に耳を澄ませてよく聞いてみる。
ポチャン。
やっぱり聞こえる。音の聞こえた方向を振り返ると、そこには昨日のクラゲが浮かんでいた。
クラゲの目や、顔がどこにあるのかは分からないけれど、クラゲはこっちを向いていることだけは何故か理解できた。
僕が手を振って、ありがとうと告げる。
すると、細い触手を上げて、クラゲも僕に手を手を振る。
そして、クラゲの声が聞こえてきた。
「救う物は、救われる。摂理さ」
そう言って、クラゲは海の中へと消えた。
クラゲにひとしきり手を振った後、僕は美しい海をもう一度見る。
もう一度耳を澄ませてみる。
聞こえてくるのは、波の音だけだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『青の風』
風を感じたい。
そんな理由で、男はオープンカーを買うことにした。待ちに待ったオープンカーを、乗り回す。
その感想を、友達は聞いてみる。
「どうだったんだよ?初めてのオープンカー」
どうせ感想は、俺達に自慢をする言葉だろうと思っていた。なぜなら、男はオープンカーを買った瞬間に皆に自慢をしていたからだ。
『安月給じゃ買えない値段だぜ?俺は高級取りだかんなー!!がはは!風感じれるぜ?風だよ風!うぃ〜!』
こんな感じで、オープンカーを買った瞬間にうざいと言うほど自慢をしてくる。あと、低所得者とかいちいちイライラする言葉も言ってくるし。
確かに、俺達よりも年収が高い仕事に就いている(IT企業)やつには、衰えているかもしれないけど…と、友達は思っていた。
そのため、楽しかったの一点張りだろうと予想していた友達だったが、男の帰ってきた言葉は、『やばかった』の一言だったそうだ。
その日は気温三十五度。風を感じようとフルオープンにし、車を走らせる。
確かに、風は感じた。感じたは感じるのだが、走行風に当たっているとはいえ、シートと身体の間は汗まみれだし、何より太陽の光が鬱陶しい上に暑い。
圧倒的爽快より不快が勝ったそうだ。
噴き出す汗に不快感を覚え、もう屋根を閉めようとした瞬間だった。
「もう閉めちゃうの?」
「……は?」
男一人しか乗ってないはずなのに、女の子の声が聞こえる。もしかして、隣車線のやつが窓を開けて話しかけたとか!?色んなところを見るが、隣車線にも後続車にも前にもどこにも車なんてなかった。
「……気のせいか」
「ふふふふ」
一人で呟くと、女の子の笑い声が聞こえてきた。
上からだ。ふと、上を向くと、そこには青色の髪の長いかわいい女の子が男のことを覗き込んでいた。
幽霊だと思った男は叫び声をあげたが、停車は冷静に対処し、その女の子を見る。
車を追いかけてきたのか!?いつ!?いつ取り憑いてきたんだよ!?
困惑し、冷や汗をかく男に女の子は近付く。
「気持ちいい?」
「……あ?は…?」
「風を浴びるの」
「……えっ……あ……いや……」
今、自分は幽霊と話している。その事を考えていると、背筋が凍りつく。
顔をこわばらせていると、ニコッと女の子を笑う。
「気持ちいいよね!」
「あ……は、はひ……」
早く逃げたい。目の前にいるこの世の者ではない化け物から早く。
男は滝のように冷や汗を大量にかいていた。
「…大丈夫?」
女の子は、不安そうな顔になる。女の子から見た男の顔は、顔面蒼白で汗を大量にかき、今にも後ろに倒れそうになっているからである。
「そっか、暑いよね。涼しい風をあげるね」
暑いのかな?と思った女の子は手を上げると気持ちのいい爽やかな風が吹いてくる。
「……?」
涼しい風を浴びた男は、急に冷静になる。暑さで脳がやられていたのかもしれない。なぜ、目の前の女の子にそんなにも怖がっていたのか。
幽霊はたしかに嫌いだ。目の前にいる女の子もふわふわと飛んでいて、幽霊なのは間違いないが、それでもこの子は悪霊とは違うように思えてきたらしい。
「太陽って、気持ちいいよね」
「あ…あぁ……」
悪意も憎悪も感じない、純粋無垢な女の子の声だ。男は、ここでこの女の子は大丈夫なタイプだと分かった。
「こ、怖がって悪かったな……」
少し申し訳なさそうに謝る。
「うん?なんのこと?」
女の子は分かってはないみたいだった。
「……えっと、お前、ここら辺で死んだのか?」
「うん?」
「その…幽霊、なんだろ?」
「?」
女の子はキョトンとした顔で男の顔を見る。幽霊?誰が?みたいな感じで。
もしかして、自分が死んだことにも気付いてないのか?と男は思った。
男が次に何を言うか考えていると、女の子が口を開く。
「私は、風の子だよ」
「……は?」
男は困惑した。風?風の子?なんだそら????
幽霊じゃねーのかよ?だったらこいつは何もんなんだよ!?
頭の中で様々な考察が飛び交う。そして、行き着いた答えは、この子供は風の精霊なんだ。ということだった。
もう、男はサングラスをかけてどーでもいいやー状態に走った。
そして、また屋根をオープンにして車を走らせる。女の子はまた着いてきた。なんなんだこの子まじで。と思ったがもうどうでもいいのでとりあえず走らせた。
今度は、女の子のおかげで涼しくはなったが、太陽が眩しい上に肌にダメージが食らう。
そう思ってると、女の子がニコッとして太陽に手を向ける。すると、雲が太陽の近くに寄っていく。
風の力か!!
太陽が雲に隠れ、とても気持ちのいいドライブへと変化していた。
「うぉー!!お前すげーな!!」
女の子にハイタッチをする。
女の子は楽しそうに笑った。
そのままスカイラインを走りすぎ、街に戻ろうとした時、女の子が離れてく。
「ん?おい!どうした!?」
女の子は手を振ってバイバイと告げた。すぅっと消えると同時に、涼しく、心地のよい風がより一層強まり、まるでそれは真夏の季節ではなく、春のような気持ちの良さだった。
この話を聞いた友達はあまりにも嘘くさいため信じてなどいなかった。でも、男は本気でそう話しているため、お前幻覚でも見たんんだよってことにしておいた。
で、肝心の車はどうなんだよ?と質問する友達。
「んー…暑い日はクソ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『青の風』のお題を上げられなかったため、『波音に耳を澄ませて』と一緒にあげました。
『遠くへ行きたい』
病室の窓から空を眺める。動けない状態って、本当に嫌だなって思う。
鳥たちが優雅に飛んでいるのを見て、私は溜息を吐く。
私も、自由に飛ぶことが出来たらなぁ。
いつ発覚したのかはわからない。それでも、その時点で私は助からないことは決まっていたみたい。
綺麗な空を見上げながら、私は窓ガラス越しに陽の光を浴びる。気持いい。
感慨深い気持ちになってきて、私は晴天の空を見つめながら、色々な思い出に浸る。
…楽しかったし、大変でもあった学校の頃の記憶を思い出す。
皆とまた会いたい。
また、馬鹿なことして、みんなと笑いたい。
もっともっと、笑っていたい。
あの頃に、戻りたい。
涙が頬をつたう。
悲しい気持ちでいっぱいになっていた時、誰かがベットの近くに立っているのがわかった。
私はゆっくり、その立っている人を見てみる。
黒い服に、鋭い鎌を持ち、そして顔は……骸骨。死神だとすぐに分かった。
「……見えるのか…私が」
私がうなずくと、死神が自己紹介をしてきた。
「ならは改めて。私は死神だ。」
死神が自己紹介をする。
しかし、私は何も動じなかった。私にも、お迎えが来たんだと悟ったためである。
「……驚かないのか」
「……うん」
死神は眉をひそめて(骨なのに)、私に話しかけてきた。
「……何をジロジロと見ている」
「……その……」
声を出すと、身体が苦しい。あまり喋ることは出来ない。途切れ途切れになりながら、私は必死に話す。
「……え……じ、じゃあ…私…もう……」
私の言いたいことが分かったのか、死神は裾から黒い手帳を出して、ページをめくり何かを探したと思ったら、淡々と書いてあることを読み上げた。
「…花澤美恵(はなざわみえ)。年齢は十七歳。病名は白血病。お前の寿命は残り五日ほど記されている」
五日…私、五日で死んじゃうのか…。
驚きはあったが、そこまでびっくりするほどのことでもなかった。医者に毎日言われている言葉。もう長くはありません。その言葉をよく聞くから、全然ショックは無かった。
「私達、死神は死期が迫っている人間の様子を五日前から見なければならない掟がある。そこで、見える人間と見えない人間がいるわけだが、もし見える人間ならば、お前の望みを叶えてやることが出来る」
私の…望み…。死ぬ前の人間の望みを叶えてくれるってこと?多分、病気を治したいとか、死にたくないとかっていうのは無理なんだろうなぁ…。
私がまた声を出そうとすると、死神が私の喉元に触れてきた。その手は骨で出来ているのに、変に人間のような温もりを感じた。
「……あ、あの、何をしてるんですか…え!あれ!?」
声を出すのだけでも苦しかったのに、声を出しても全然苦しくなくなっていた。それどころか、少し大きな声で喋っても全然大丈夫になった。
「ふ、普通に喋れるようになった…!!」
「何を言いたいかは瞬時に理解出来るが、お前自身もしっかりと言葉に出したいだろう。これはサービスだ」
私は、この死神が天使に見えてきた。
死神って、悪い存在かも思っていたけれど、全然そんなことないんだと思った。
そんなことを考えていると、死神が催促してきた。
「早く願いを言え。生き永らえたいとか、病気を無くすと言ったことは出来んが、お前が今したいことをすぐ叶えることが出来るぞ」
私は少し考えて、死神に言った。
「……じゃあ、私の家族をお金持ちにして」
「…………なぜだ」
死神が少し困惑していたが、私は話し続ける。
「…私のせいで、ママやパパを困らせちゃったから。
あまり、裕福じゃない私の家は、入院費だけで月数万円は無くなっちゃってるんだ。
だから、私は毎日言ったの。もういい。大丈夫だからって。
でもね、聞く耳を持ってくれなかった。私が助かるなら、何千万でも、何億でも出せるって言うんだよ。おかしいよね。
弟もいて…私が入院してから、習っていたサッカーを辞めたんだよ。
私、皆に沢山迷惑かけちゃったから…だから、家族をお金持ちにして欲しいの」
死神はまた溜息を吐いて、私の願いを承諾してくれた。
指をパチンと鳴らし、一瞬だけ死神の指から火花が散ったと思えば、これで完了したと告げてきた。
「お前の死後、家族は何をしても上手くいくように仕組んだ。父親は一月も経たないうちに昇進することになり、収入は安定するどころか使いきれないほどの金が手に入る。
願いは叶えたやったぞ」
あまり実感は持てなかったし、本当に家族が金持ちになるよう仕組んだのから少し疑っているが、私は死神に感謝を述べた。
「……ありがとう…」
死神は少しだけ柔らかい口調で私に言う。
「……人間というのは、殆どは欲で出来ている。死ぬ前だというのに、大量の資金をくれという人間もいれば、嫌いな奴を始末して欲しいというやつもいる。挙句の果てに、好きな女と付き合えるようにしてくれと言ってきたこともあった…。その女は、既婚者だと言うのに」
死神はため息を吐きながら私に愚痴る。
「死ぬ間際になると、人間の本性というものが出てくる。長く生きた人間はそうでもないが、やはり若者となってくると、話は変わってくる」
「……そうなんだね」
「だが、お前は別だ。立派だ。家族の幸せを願うとは」
死神に褒められるなんて変な気分だけど、少し照れた。
「い、いやぁ…でも…沢山助けて貰ったから」
「……」
死神は、私の顔を見た後、窓の外を見た。
「……どこか、遠くへ行きたいと思うことがあるな」
「……え?」
急に何を言うかと思えば、私が毎日思っていることを口に出してきた。
「この病室の窓からよく外を眺めているだろう。飛んでいる鳥達が羨ましく思っている。
自身は鳥籠の中で死を待つだけの鳥だというのに」
「…………うん。外には、出てみたいと思ってるよ。凄く晴れた、爽快な空を…私が死んだら、飛べるかなって毎日思っているんだ」
私も、晴天の空を眺めた。
やっぱり、透き通った空の色は素敵だと思った。
「……ならば、これは特別だぞ」
「え?」
そういった途端、死神が私の身体を掴んだと思ったら、グイッと私を強く引っ張った。
抵抗する力もなく、引っ張られた私は目の前に眠っている自分の姿を見てしまった。
「え、えー!?!?!?」
驚きの声をあげる。これって…幽体離脱!?
「安心しろ。お前の身体は生きている。だが、魂が抜けたお前の今の身体は植物状態と化している。一切の思考と記憶を持たない人形のようなものだ」
私は目の前の出来ごとに呆然とし、自分の身体をよく見てみる。
……透けている。それに、病気だった頃と違って、すごく身体が軽かった。
嬉しさのあまりジャンプをしたり、手をぶん回したりしてたら、死神の顔に当たってしまった。
「ぐ」
「あ、ご、ごめんなさい…!」
死神が額に手を当てながら、外に出るぞと言う。私も着いていくことにした。
外に出ると、気持ちのいい風がふいてくる。
私はめいいっぱい空気を吸い込んだ。吸い込めてるのかは分からないけどね、透明だし。
でも、外の空気はやっぱり美味しかった。病室の空気しか吸えなかったからね。確かに清潔なのかもしれないけど、なんか寂しい気持ちはあった。
私がルンルンな気分でいると、死神がどこへ行くか聞いてきた。
「えーっと……遠くのところって行けたりできる?」
「可能だ」
「じゃあ東京スカイツリーみたい!」
「わかった」
死神が指を鳴らした瞬間、気付けば東京スカイツリーの近くにいた。
「わぁー!あれが東京スカイツリーか!」
私がキャッキャ騒いでると、通行人にぶつかりそうになった。しかし、私の体は通行人にぶつかることなく、そのまま通行人の体を透き通ってしまった。
「ひっ」
「えっ、なに?どうしたの?」
「え…いや…なんか今すっごい寒くなって…」
「はぁ?真夏なのに?」
通行人二人の女性がそのまま通り過ぎていく。
あ、私幽霊みたいなんだなと思った。
死神が近付いてきて、私に手を出してきた。
「……あ…ご、ごめんなさい」
死神の手を借りて起き上がる。
「……なんか、死神さんの手って、暖かいんですね。もっと冷たいものかと……」
「どういう意味だ?」
「あ!!いや!その、心霊的な…意味で…」
「…私達はそこらの霊体とは違う。死を司る神だ」
「……ごめんなさい」
私が少ししょんぼりしてると、死神が次はどこへ行く?と言ってきた。
「東京スカイツリーにのぼってみたかったんですけど…ダメですか?」
キラキラした目でオネダリしてみる。死神は可能だと言って指パッチンした。
気が付くと、いつのまにか東京スカイツリーの展望台の中にいた。確か、展望台に行くには料金が必要じゃなかったかな?無料で見れてラッキー!
展望台から見る東京の都市はとても美しかった。綺麗だし、高層ビル群や富士山も見ることが出来た。
「ねぇ!あれ富士山じゃない!?」
「空気が澄んでいる証拠だ」
私がぐるりと展望台を一周して、死神は次はどこへ行く?と聞いてきた。
「えっと…じゃあ次は…」
私はふと、家族や友達のことを思い出す。
「……家に、帰ってみたい」
そう言うと、死神は指を鳴らす。目を開けるとそこは私が暮らしていた時の家だった。
家に入り、リビングを覗く。何も変わらなかった。強いて変わったのは、観葉植物が増えたくらいかな?と思った。
ママやパパ、弟はおらず、家の中はシーンとしていた。
「……私の部屋」
気になった私は、二階に上がって自分の部屋を覗く。入院してから二年はたつけれど、私の部屋は当時のままそこにはあった。
もう少しで、この世とバイバイする私の部屋は、どうなるんだろう。多分、無くなってなにかの部屋に変わるんだろうななんて考えた。
ベッドに座って、机に置いてある家族写真や友達との写真に目を向ける。
まさか私が高校に入学したと同時に病院生活だなんて思っても見なかった。
せっかく、中学の頃の友達と同じ高校に入学できたのに。
悔しくて、悲しくて、なんだかやりきれない思いが込み上げてくる。私が俯いていると、死神が次はどこへ行く?と声をかけてきた。
「………高校」
「了解した」
そう言うと、パチンと指を鳴らす。
目を開けると、そこは校舎だった。
「……ここかぁ」
私は校舎を抜け、学校内を見て回った。食堂は綺麗で、色々なご飯が沢山あった。
ここで、友達と一緒に食べられたらなぁ。
教室内は綺麗で、色んな男子や女子達が楽しんでる様子だった。
「ここで勉強する予定だったのかぁ…」
私が教室内を見ていると、一人の女子生徒が私の方向を見て、「うわっ!!」って叫んだ。
私のことが見えてる!?私はびっくりしてそのまま教室から出る。
「え…私の事見えてるの?」
「霊が見えるのと同じことだ」
死神は冷静に話す。
「…私、怖いかな?」
トイレに行き、鏡を見てみる。でも、自分がうつらない。私の顔、変かな?って死神に聞いても、普通とだけ。
「では、次はどこへ行く?」
「……オススメ場所とか…ある?」
「無い」
「そっか」
私が病室に戻ろうと言いかけた時、死神が私に提案してきた。
空を飛んでみるか?と。
「え、飛べるの!?」
「あぁ」
そう言うと死神が私の体を触った瞬間、私はふわふわと飛べるようになった。
「わぁ!本当に飛んでる!!!」
私は早速外に出て、ビューンとスーパーマンのようにとんでみせた。
初めて空を飛んだ割には結構上手く飛行できて、意外と簡単なんだなーと思った。
空を自由自在に、まるでタケコプターのように飛べるのは本当に嬉しかったし、楽しかった。
後から死神がついてきて、鎌を持ったままふわふわと飛んでいたので危ないなーなんて思っていたら、ふと下の方を見ると道路の真ん中でうずくまっている子がいた。
「え!!!!!」
そして、その子供の近くには白くて綺麗な翼を持った、ボブヘアーの小さな天使姿の男の子?女の子?がいた。
その子はニコニコして、道路の先を見ている。
トラック!!!!
私はすかさず降りて、子供を助けようとする。
「!」
死神が気付いて私を追いかける。しかし、かまってる暇はない!
私が地面に到着すると、天使の子が私に気付いて、ただじーっと見ているだけだった。
私がなんとか子供を持ち上げようとしてみるが、上手くはいかない。そうだ、自分は今幽霊だった!!
「……何をしているの?」
優しい声で天使は聞いてきた。
「助けようとしてるの!!トラックが来ちゃう!!やばいよ!!!ねぇ!一緒に助けて!!」
天使は、ニコリと笑った。
「ごめん、無理」
「……え?」
天使はニコニコしながら話す。
「気になってたの…もし、道路の真ん中で子供が横になってたら、誰がまず助け出すんだろうって。
好奇心が抑えられなくて、僕は今、それを試しているところなんだ。
見てご覧、周りの人達を」
周りを見ると、スマホでこの子を撮影し、誰か助けなよ!やばいよ!と言い合っているだけだった。
「ふふ。人は来ず、君が来た。幽霊の君が。
持ち上げられるかな?君は、生きているその子を触れるかな?」
天使はニコニコして話した。
何だこの子!!!!ドン引きしつつ、私は何度も子供を持ち上げようと努力する。
しかし触れない。全てこの透き通ってしまう。
「や、やばい!!!トラックが!!!!」
トラックの運転手が目前へと迫っていった。運転手は子供の存在に気付き、ブレーキをかけたようだが、スピードを出しすぎていたため、このままではぶつかってしまう。
やばい!!!!ぶつかる!!!!!
満面の笑みを浮かべる天使を、死神は蹴り倒し、私と子供を掴んで道路の外へと投げ飛ばす。私の体はふわりと浮かび、子供は撮っている撮影者のお腹にぶつかった。
「げぶぉ!!!」
撮影者は倒れ、周りの人達が子供の側へ駆け寄る。
「なんだ!?子供が吹っ飛んだぞ!!!どういうことだよ!!」
「自力で飛んだのか!?それとも風か!?」
「おい!それよりもこの子顔が真っ赤だ!!熱中症かもしれない!!早く電話しろ!!救急車だ!!」
子供は、無事に助かった。
蹴り倒された天使は痛そうに起き上がる。
死神が鎌を天使に向けて、睨みつける。
「なんのまねだ」
「あ…………………………」
「このことは、神様に報告させてもらう」
「え!!あ…そ、それだけは!!」
死神が指をパチンとならすと、天使はすうっと消えてしまった。
私は死神の近くに寄って、ありがとうと頭を下げた。
「……気を取り直そう。どこへ行く?」
「…もう病室に戻る。あの子が救われて…本当に良かった」
死神が指をならすと、そこは病室だった。目を開けると、幽霊の姿ではなく、私本来の身体に戻っていた。
「………よくやった」
「え……?」
骸骨なのに、死神が優しい表情をしているというのがすぐに分かった。
「天使は神の使いだが、性格は子供そのものだ。ある程度知恵をつけてしまうと、あのようなことをしてしまうものが多い。
我々死神や、位の高い天使共がそういった行動を取らせないよう見ているのだがな…」
死神がため息を吐く。
「…サタンの二の舞は…」
ボソリとつぶやく。
「え?」
「気にするな。それよりも、まさか人間に救われるとは思ってもみなかった。どうも、ありがとう」
死神が私に深々と頭を下げた。
私は、照れながら喜んだ。よかった。人の命を救えて。
そして、ちょっと気まずそうに死神に言ってみる。
「……あの…意外です。私、死神って人間の魂を持っていく悪い人かと思ってて…」
「そう捉えるのも間違ってはいない。
しかし、死んだ者に対して経緯を払わない死神は存在しない。我々は、死にゆく者の傍に寄り、あの世へと連れていくのが仕事だからな」
死神は手帳を取り出しかと思えば、私の名前に線を引いた。
「…なにを?」
「……私共の失態を、時に人間が助けてくれる場合がある。そういった時、我々はその人間に見返りを与えなければならない掟がある」
そう言うと、死神は私の体にもう一度触れる。
すると、強い光が走った瞬間、私の体の肉体が、みるみるうちに回復するのがわかった。
そして、私の手や体は、健康的な状態な時の体へと変化していた。
「え…こ、声を出しても苦しくないし…身体中すごい軽い…気分も…!!え、え!!え!!!!!!」
私がおどろいていると、死神が微笑んだ。
「お前の病気は消えた。二度と病気になることはない。そして、丈夫な体になったから、風邪になることもないだろう」
私は嬉しさのあまり、死神を抱きしめた。
「……あ"り"がどう…うっ…うぅ…」
自分の両足でちゃんと立ち、力強いハグが出来る。
生への実感が湧いてきた。
涙がポロポロと出て、何度も何度もありがとうと告げる。
「仕事をしたまでだ」
死神が私の肩に手を置いて、そっと自分から私を離す。
涙で濡れた私の顔を見て、死神はまた微笑む。
「今度は、自分の足で遠くへ行くんだ」
そう行って、死神は置いてある鎌を持ち、ふわりと宙に浮いた。
「……また、百年後に会おう」
そう言うと、死神はどこかへとすぅっと消えた。
「…ありがとう!本当に!!またね!!!」
消える死神に手を思いっきり振り、私は笑顔と涙の両方の顔で見送る。死神は、消える間際、私に手を振り、そのまま去っていく。
すると、看護婦が防護服を着て無菌室に入ってきた。私の様子を見に来たのだろう。
私が立っている姿と、その健康的な肉付きをみて、急に驚きの表情で私の顔を凝視した。
何も言えなまま、その場で棒立ちし、数秒後に私に駆け寄りどうしたの!?貴方は誰!?え!?!?!?大丈夫なの!?と、驚きの質問攻めにあった。
程なくして先生を呼んでもらい、その後はトントン拍子だった。
先生が私の身体を何度も診察し、病気がさっぱり消えていることに驚いて、先生は何度も奇跡だと言っていた。
先生が、治ってよかったと安堵の表情と、涙を流してくれたのは、今でも覚えている。
「あなたの強い意志と治療の成果が出ました。白血病は完全に治りました。長い戦い、本当にお疲れさまでした。」
病院の先生や、家族、私が頑張ったって言ってくれるけど、本当は違う。
誰も、このことは信じないと思う。
それでも、私は覚えている。
ありがとう。死神さん。
『クリスタル』
俺は小学生の頃、河原へ行ってはよく綺麗な石を拾っていた。
白くてつるつるした石や、面白い形をした石、赤色だか紫だか分からない特殊な色をした石、とにかく良いなと思った石を拾うようになった。
父さんは、河原から石を拾ってくるんじゃないと注意してきたがうぜーと思いながらフル無視をかましていた。
不吉だとか、河原の石は霊が住み着きやすいだとか、よく分からないことを言っていたと思う。そんなの信じるのは、オカルトだいすき人間だけで、一般常識人はそんなこと考えてねーよなんて当時は思っていたなw
しかし、俺はあの日をきっかけに、石を拾うのをやめた。
学校の帰り、俺は友達に遊ぼうと誘われたが断った。理由はもちろん、石集めのためだ。
それを友達に伝えると、少しドン引きした顔で辛辣なことを言ってきた。
「えぇ…石なんか拾ったって楽しくねーだろ…。そんなださい事するより俺ん家で一緒にゲームしようぜ」
俺はちょっとだけムッとした顔になって再度断る。
「いやいいよ別に。俺石集めたいから」
頑なに誘う友人と、頑なに断る俺。友人がため息を吐く。
「なにが楽しいんだよそれの」
「いや結構楽しいんだよ。だって、河原には沢山面白い石があるんだよ。星の形をした石とか、綺麗な色をした石とか、無駄にすべすべしてる石とかさ」
「お前やってること〇ーちゃんだからな??」
「言ってろよ、俺は一人で石集めてくっから」
俺がランドセルを背負って行こうとすると、友人も行くと言い出した。
「え?マジで来るの?」
「そんなに楽しいんなら行ってみるわ。楽しくなかったら速攻帰るけど」
「いや…何か物を探したりするのが好きな人なら多分楽しいと思うけど、もしそうじゃなかったらキツイと思う」
「ふーん、一回お前がやってるとこ見てみるわ」
俺達は、二人で近くの河原に行って石を探すことにした。
「ここだよ」
「石まみれだな」
「そりゃあね」
二人で河原まで降りて、石を探し出す。
「んー、なんか条件とかあんのー?」
「別にないよ。これすご!って思ったやつをコレクションにするだけだし」
「へー」
いつもは一人で石集めをしていたが、二人で石集めをすれば喋りながらできる(当たり前)のに気付いて、俺達はどーでもいいような会話をしながら色々な石を見ていた。
そうして数十分後、友達がすごい石を見つけてきた。なんか、三日月の形をした石だ。
「おー!すげぇじゃん!」
「これマジで月じゃね?凄くね?」
つまらねーだろと言っていた友達は、これを機に色々な石を探し始めた。
俺も負けてられないと、面白い石を必死になって探す。
すると、何かを隠すかのように、石がその上に沢山置かれているのを見つけた。
その隠している物の上に置いてある沢山の石をどかし、何が埋められているか確認する。
すると、そこにはクリスタルのような、キラキラ虹色に光る鉱石があった。
「!?!?!?!?!?!?!?!?」
俺はびっくりした。人生で初めて、こんなに美しく、めっちゃ高そうな、宝石みたいな見た目の石?を初めて目にしたためである。
凄いものを発見したので、それを友達に見せようとそのクリスタルを触った瞬間、俺の腕の感覚が無くなった。
「えっ」
一切力が入らなくなり、俺の両腕はブランと揺れるだけだった。
「え、な、なにこれ」
俺の腕が、紫色に変色していく。
「や、やばい!!!おい!!太一!!!!」
「んぉ?」
俺は友達の所まで駆け寄った。俺の状態を見た友達はギョッとした顔で驚いていた。
「お、お前なんだそれ!!変なもんでも触った!?」
「じ、実は石を……」
「石?」
すると、友達の目線は後ろの方へと変わっていった。
「え?」
「ん…どうかしたのかよ…?」
突然、友達が叫びはじめた。
「うわぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!、」
友達は恐怖で歪んだ顔になり、尻もちをついていた。その叫び声に驚いてる俺は友達の傍による。
「な、なに!?!?なんで叫ぶんだよ!?!?」
すると、足に変な感覚が走った。まるで、誰かに触られてる感じが…。
なんてことを考える間もなく、誰かが俺の足首を思いっきり掴んできた。
驚いて後ろを振り向くと、細くてボロボロの肌をした、異様に長い腕がクリスタルから伸びていた。
その白い腕が俺の足を思いっきり掴んでいたのだ。
「うわぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
恐怖のあまり、叫ばずにはいられなかった。
やつに掴まれたところから徐々に紫になっていく。それだけじゃない。物凄い力で引っ張られている。
……コイツ、クリスタルの中に引きずり込もうとしてる!!!
俺はそこでギャン泣きしながら友達に助けを求めた。
「助けてー!!!!うわぁぁぁあ!!!!」
どんどんズルズル引っ張られる俺を友達は引っ張ってくれるが、あまりにも力が強すぎるため、俺の体はクリスタルへと近付いていく。
「やべぇ!!アイツの方が強い!!」
クリスタルまでもう少しの距離だ。俺の体はほとんど紫色に変色し、体に力が入らなかった。
「お前も踏ん張れよ!!!」
「力が、力が入んない…!!!」
「くそ!!!」
友達が一か八かで俺を掴んでいる腕を殴ったり蹴ったり、でかい石でぶつけたりした。
しかし、ビクともしない。
「やばいやばいやばい!!!!!」
もうクリスタルは目の前で、俺はもうダメだと思い泣き叫んだ。
「くそぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!」
友達がそのクリスタルを思いっきり持ち上げて大きい石の上に叩きつける。
クリスタルは粉々砕けた。
それと同時に、腕も煙のようにフッと消えた。そして、俺の紫色になっていた肌も元の色に戻り、感覚が元に戻った。
「はぁ…はぁ…」
「…………」
俺が今の出来ごとに呆然としていると、友達が粉々になったクリスタルの上に砂利を被せる。
「一生出てくんじゃねーよ!!!くそが!!」
そう言って砂利を被せた後にでかくて重そうな石をその上に置いた。
俺は友達の近くに行って、今の出来事について話す。
「な…なんなんだよ今の……」
「お化けだろ…石なんてろくでもねぇよやっぱ……」
そう言うと、ポケットに入れた三日月の石を河原にぶん投げた。
「もう帰ろうぜ…まじでここにはいたくない」
そう言って、その日はお互い帰路に着いた。
父さんにその日あった出来事を話すと、父さんはほらな!と言うだけであった。
一応、あそこでなにかあったのかとか、おばけとか昔からいるのかとか聞いてみたが、知らないと言っていた。
しかし、心配性の父さんは俺が集めた石と友達を連れて近所の寺にお祓いをしてもらった。
住職が父さんから石を貰い、これは全て河原に返しておくとだけ言っていた。
帰る間際、住職が言っていた。
「変なもんには、触るな」
そりゃ、そーだ。