フィクション・マン

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『遠くへ行きたい』

病室の窓から空を眺める。動けない状態って、本当に嫌だなって思う。
鳥たちが優雅に飛んでいるのを見て、私は溜息を吐く。
私も、自由に飛ぶことが出来たらなぁ。
いつ発覚したのかはわからない。それでも、その時点で私は助からないことは決まっていたみたい。
綺麗な空を見上げながら、私は窓ガラス越しに陽の光を浴びる。気持いい。
感慨深い気持ちになってきて、私は晴天の空を見つめながら、色々な思い出に浸る。
…楽しかったし、大変でもあった学校の頃の記憶を思い出す。

皆とまた会いたい。

また、馬鹿なことして、みんなと笑いたい。

もっともっと、笑っていたい。

あの頃に、戻りたい。

涙が頬をつたう。
悲しい気持ちでいっぱいになっていた時、誰かがベットの近くに立っているのがわかった。
私はゆっくり、その立っている人を見てみる。
黒い服に、鋭い鎌を持ち、そして顔は……骸骨。死神だとすぐに分かった。
「……見えるのか…私が」
私がうなずくと、死神が自己紹介をしてきた。
「ならは改めて。私は死神だ。」
死神が自己紹介をする。
しかし、私は何も動じなかった。私にも、お迎えが来たんだと悟ったためである。
「……驚かないのか」
「……うん」
死神は眉をひそめて(骨なのに)、私に話しかけてきた。
「……何をジロジロと見ている」
「……その……」
声を出すと、身体が苦しい。あまり喋ることは出来ない。途切れ途切れになりながら、私は必死に話す。
「……え……じ、じゃあ…私…もう……」
私の言いたいことが分かったのか、死神は裾から黒い手帳を出して、ページをめくり何かを探したと思ったら、淡々と書いてあることを読み上げた。
「…花澤美恵(はなざわみえ)。年齢は十七歳。病名は白血病。お前の寿命は残り五日ほど記されている」
五日…私、五日で死んじゃうのか…。
驚きはあったが、そこまでびっくりするほどのことでもなかった。医者に毎日言われている言葉。もう長くはありません。その言葉をよく聞くから、全然ショックは無かった。
「私達、死神は死期が迫っている人間の様子を五日前から見なければならない掟がある。そこで、見える人間と見えない人間がいるわけだが、もし見える人間ならば、お前の望みを叶えてやることが出来る」
私の…望み…。死ぬ前の人間の望みを叶えてくれるってこと?多分、病気を治したいとか、死にたくないとかっていうのは無理なんだろうなぁ…。
私がまた声を出そうとすると、死神が私の喉元に触れてきた。その手は骨で出来ているのに、変に人間のような温もりを感じた。
「……あ、あの、何をしてるんですか…え!あれ!?」
声を出すのだけでも苦しかったのに、声を出しても全然苦しくなくなっていた。それどころか、少し大きな声で喋っても全然大丈夫になった。
「ふ、普通に喋れるようになった…!!」
「何を言いたいかは瞬時に理解出来るが、お前自身もしっかりと言葉に出したいだろう。これはサービスだ」
私は、この死神が天使に見えてきた。
死神って、悪い存在かも思っていたけれど、全然そんなことないんだと思った。
そんなことを考えていると、死神が催促してきた。
「早く願いを言え。生き永らえたいとか、病気を無くすと言ったことは出来んが、お前が今したいことをすぐ叶えることが出来るぞ」
私は少し考えて、死神に言った。
「……じゃあ、私の家族をお金持ちにして」
「…………なぜだ」
死神が少し困惑していたが、私は話し続ける。
「…私のせいで、ママやパパを困らせちゃったから。
あまり、裕福じゃない私の家は、入院費だけで月数万円は無くなっちゃってるんだ。
だから、私は毎日言ったの。もういい。大丈夫だからって。
でもね、聞く耳を持ってくれなかった。私が助かるなら、何千万でも、何億でも出せるって言うんだよ。おかしいよね。
弟もいて…私が入院してから、習っていたサッカーを辞めたんだよ。
私、皆に沢山迷惑かけちゃったから…だから、家族をお金持ちにして欲しいの」
死神はまた溜息を吐いて、私の願いを承諾してくれた。
指をパチンと鳴らし、一瞬だけ死神の指から火花が散ったと思えば、これで完了したと告げてきた。
「お前の死後、家族は何をしても上手くいくように仕組んだ。父親は一月も経たないうちに昇進することになり、収入は安定するどころか使いきれないほどの金が手に入る。
願いは叶えたやったぞ」
あまり実感は持てなかったし、本当に家族が金持ちになるよう仕組んだのから少し疑っているが、私は死神に感謝を述べた。
「……ありがとう…」
死神は少しだけ柔らかい口調で私に言う。
「……人間というのは、殆どは欲で出来ている。死ぬ前だというのに、大量の資金をくれという人間もいれば、嫌いな奴を始末して欲しいというやつもいる。挙句の果てに、好きな女と付き合えるようにしてくれと言ってきたこともあった…。その女は、既婚者だと言うのに」
死神はため息を吐きながら私に愚痴る。
「死ぬ間際になると、人間の本性というものが出てくる。長く生きた人間はそうでもないが、やはり若者となってくると、話は変わってくる」
「……そうなんだね」
「だが、お前は別だ。立派だ。家族の幸せを願うとは」
死神に褒められるなんて変な気分だけど、少し照れた。
「い、いやぁ…でも…沢山助けて貰ったから」
「……」
死神は、私の顔を見た後、窓の外を見た。
「……どこか、遠くへ行きたいと思うことがあるな」
「……え?」
急に何を言うかと思えば、私が毎日思っていることを口に出してきた。
「この病室の窓からよく外を眺めているだろう。飛んでいる鳥達が羨ましく思っている。
自身は鳥籠の中で死を待つだけの鳥だというのに」
「…………うん。外には、出てみたいと思ってるよ。凄く晴れた、爽快な空を…私が死んだら、飛べるかなって毎日思っているんだ」
私も、晴天の空を眺めた。
やっぱり、透き通った空の色は素敵だと思った。
「……ならば、これは特別だぞ」
「え?」
そういった途端、死神が私の身体を掴んだと思ったら、グイッと私を強く引っ張った。
抵抗する力もなく、引っ張られた私は目の前に眠っている自分の姿を見てしまった。
「え、えー!?!?!?」
驚きの声をあげる。これって…幽体離脱!?
「安心しろ。お前の身体は生きている。だが、魂が抜けたお前の今の身体は植物状態と化している。一切の思考と記憶を持たない人形のようなものだ」
私は目の前の出来ごとに呆然とし、自分の身体をよく見てみる。
……透けている。それに、病気だった頃と違って、すごく身体が軽かった。
嬉しさのあまりジャンプをしたり、手をぶん回したりしてたら、死神の顔に当たってしまった。
「ぐ」
「あ、ご、ごめんなさい…!」
死神が額に手を当てながら、外に出るぞと言う。私も着いていくことにした。
外に出ると、気持ちのいい風がふいてくる。
私はめいいっぱい空気を吸い込んだ。吸い込めてるのかは分からないけどね、透明だし。
でも、外の空気はやっぱり美味しかった。病室の空気しか吸えなかったからね。確かに清潔なのかもしれないけど、なんか寂しい気持ちはあった。
私がルンルンな気分でいると、死神がどこへ行くか聞いてきた。
「えーっと……遠くのところって行けたりできる?」
「可能だ」
「じゃあ東京スカイツリーみたい!」
「わかった」
死神が指を鳴らした瞬間、気付けば東京スカイツリーの近くにいた。
「わぁー!あれが東京スカイツリーか!」
私がキャッキャ騒いでると、通行人にぶつかりそうになった。しかし、私の体は通行人にぶつかることなく、そのまま通行人の体を透き通ってしまった。
「ひっ」
「えっ、なに?どうしたの?」
「え…いや…なんか今すっごい寒くなって…」
「はぁ?真夏なのに?」
通行人二人の女性がそのまま通り過ぎていく。
あ、私幽霊みたいなんだなと思った。
死神が近付いてきて、私に手を出してきた。
「……あ…ご、ごめんなさい」
死神の手を借りて起き上がる。
「……なんか、死神さんの手って、暖かいんですね。もっと冷たいものかと……」
「どういう意味だ?」
「あ!!いや!その、心霊的な…意味で…」
「…私達はそこらの霊体とは違う。死を司る神だ」
「……ごめんなさい」
私が少ししょんぼりしてると、死神が次はどこへ行く?と言ってきた。
「東京スカイツリーにのぼってみたかったんですけど…ダメですか?」
キラキラした目でオネダリしてみる。死神は可能だと言って指パッチンした。
気が付くと、いつのまにか東京スカイツリーの展望台の中にいた。確か、展望台に行くには料金が必要じゃなかったかな?無料で見れてラッキー!
展望台から見る東京の都市はとても美しかった。綺麗だし、高層ビル群や富士山も見ることが出来た。
「ねぇ!あれ富士山じゃない!?」
「空気が澄んでいる証拠だ」
私がぐるりと展望台を一周して、死神は次はどこへ行く?と聞いてきた。
「えっと…じゃあ次は…」
私はふと、家族や友達のことを思い出す。
「……家に、帰ってみたい」
そう言うと、死神は指を鳴らす。目を開けるとそこは私が暮らしていた時の家だった。
家に入り、リビングを覗く。何も変わらなかった。強いて変わったのは、観葉植物が増えたくらいかな?と思った。
ママやパパ、弟はおらず、家の中はシーンとしていた。
「……私の部屋」
気になった私は、二階に上がって自分の部屋を覗く。入院してから二年はたつけれど、私の部屋は当時のままそこにはあった。
もう少しで、この世とバイバイする私の部屋は、どうなるんだろう。多分、無くなってなにかの部屋に変わるんだろうななんて考えた。
ベッドに座って、机に置いてある家族写真や友達との写真に目を向ける。
まさか私が高校に入学したと同時に病院生活だなんて思っても見なかった。
せっかく、中学の頃の友達と同じ高校に入学できたのに。
悔しくて、悲しくて、なんだかやりきれない思いが込み上げてくる。私が俯いていると、死神が次はどこへ行く?と声をかけてきた。
「………高校」
「了解した」
そう言うと、パチンと指を鳴らす。
目を開けると、そこは校舎だった。
「……ここかぁ」
私は校舎を抜け、学校内を見て回った。食堂は綺麗で、色々なご飯が沢山あった。
ここで、友達と一緒に食べられたらなぁ。
教室内は綺麗で、色んな男子や女子達が楽しんでる様子だった。
「ここで勉強する予定だったのかぁ…」
私が教室内を見ていると、一人の女子生徒が私の方向を見て、「うわっ!!」って叫んだ。
私のことが見えてる!?私はびっくりしてそのまま教室から出る。
「え…私の事見えてるの?」
「霊が見えるのと同じことだ」
死神は冷静に話す。
「…私、怖いかな?」
トイレに行き、鏡を見てみる。でも、自分がうつらない。私の顔、変かな?って死神に聞いても、普通とだけ。
「では、次はどこへ行く?」
「……オススメ場所とか…ある?」
「無い」
「そっか」
私が病室に戻ろうと言いかけた時、死神が私に提案してきた。
空を飛んでみるか?と。
「え、飛べるの!?」
「あぁ」
そう言うと死神が私の体を触った瞬間、私はふわふわと飛べるようになった。
「わぁ!本当に飛んでる!!!」
私は早速外に出て、ビューンとスーパーマンのようにとんでみせた。
初めて空を飛んだ割には結構上手く飛行できて、意外と簡単なんだなーと思った。
空を自由自在に、まるでタケコプターのように飛べるのは本当に嬉しかったし、楽しかった。
後から死神がついてきて、鎌を持ったままふわふわと飛んでいたので危ないなーなんて思っていたら、ふと下の方を見ると道路の真ん中でうずくまっている子がいた。
「え!!!!!」
そして、その子供の近くには白くて綺麗な翼を持った、ボブヘアーの小さな天使姿の男の子?女の子?がいた。
その子はニコニコして、道路の先を見ている。
トラック!!!!
私はすかさず降りて、子供を助けようとする。
「!」
死神が気付いて私を追いかける。しかし、かまってる暇はない!
私が地面に到着すると、天使の子が私に気付いて、ただじーっと見ているだけだった。
私がなんとか子供を持ち上げようとしてみるが、上手くはいかない。そうだ、自分は今幽霊だった!!
「……何をしているの?」
優しい声で天使は聞いてきた。
「助けようとしてるの!!トラックが来ちゃう!!やばいよ!!!ねぇ!一緒に助けて!!」
天使は、ニコリと笑った。
「ごめん、無理」
「……え?」
天使はニコニコしながら話す。
「気になってたの…もし、道路の真ん中で子供が横になってたら、誰がまず助け出すんだろうって。
好奇心が抑えられなくて、僕は今、それを試しているところなんだ。
見てご覧、周りの人達を」
周りを見ると、スマホでこの子を撮影し、誰か助けなよ!やばいよ!と言い合っているだけだった。
「ふふ。人は来ず、君が来た。幽霊の君が。
持ち上げられるかな?君は、生きているその子を触れるかな?」
天使はニコニコして話した。
何だこの子!!!!ドン引きしつつ、私は何度も子供を持ち上げようと努力する。
しかし触れない。全てこの透き通ってしまう。
「や、やばい!!!トラックが!!!!」
トラックの運転手が目前へと迫っていった。運転手は子供の存在に気付き、ブレーキをかけたようだが、スピードを出しすぎていたため、このままではぶつかってしまう。
やばい!!!!ぶつかる!!!!!
満面の笑みを浮かべる天使を、死神は蹴り倒し、私と子供を掴んで道路の外へと投げ飛ばす。私の体はふわりと浮かび、子供は撮っている撮影者のお腹にぶつかった。
「げぶぉ!!!」
撮影者は倒れ、周りの人達が子供の側へ駆け寄る。
「なんだ!?子供が吹っ飛んだぞ!!!どういうことだよ!!」
「自力で飛んだのか!?それとも風か!?」
「おい!それよりもこの子顔が真っ赤だ!!熱中症かもしれない!!早く電話しろ!!救急車だ!!」
子供は、無事に助かった。
蹴り倒された天使は痛そうに起き上がる。
死神が鎌を天使に向けて、睨みつける。
「なんのまねだ」
「あ…………………………」
「このことは、神様に報告させてもらう」
「え!!あ…そ、それだけは!!」
死神が指をパチンとならすと、天使はすうっと消えてしまった。
私は死神の近くに寄って、ありがとうと頭を下げた。
「……気を取り直そう。どこへ行く?」
「…もう病室に戻る。あの子が救われて…本当に良かった」
死神が指をならすと、そこは病室だった。目を開けると、幽霊の姿ではなく、私本来の身体に戻っていた。
「………よくやった」
「え……?」
骸骨なのに、死神が優しい表情をしているというのがすぐに分かった。
「天使は神の使いだが、性格は子供そのものだ。ある程度知恵をつけてしまうと、あのようなことをしてしまうものが多い。
我々死神や、位の高い天使共がそういった行動を取らせないよう見ているのだがな…」
死神がため息を吐く。
「…サタンの二の舞は…」
ボソリとつぶやく。
「え?」
「気にするな。それよりも、まさか人間に救われるとは思ってもみなかった。どうも、ありがとう」
死神が私に深々と頭を下げた。
私は、照れながら喜んだ。よかった。人の命を救えて。
そして、ちょっと気まずそうに死神に言ってみる。
「……あの…意外です。私、死神って人間の魂を持っていく悪い人かと思ってて…」
「そう捉えるのも間違ってはいない。
しかし、死んだ者に対して経緯を払わない死神は存在しない。我々は、死にゆく者の傍に寄り、あの世へと連れていくのが仕事だからな」
死神は手帳を取り出しかと思えば、私の名前に線を引いた。
「…なにを?」
「……私共の失態を、時に人間が助けてくれる場合がある。そういった時、我々はその人間に見返りを与えなければならない掟がある」
そう言うと、死神は私の体にもう一度触れる。
すると、強い光が走った瞬間、私の体の肉体が、みるみるうちに回復するのがわかった。
そして、私の手や体は、健康的な状態な時の体へと変化していた。
「え…こ、声を出しても苦しくないし…身体中すごい軽い…気分も…!!え、え!!え!!!!!!」
私がおどろいていると、死神が微笑んだ。
「お前の病気は消えた。二度と病気になることはない。そして、丈夫な体になったから、風邪になることもないだろう」
私は嬉しさのあまり、死神を抱きしめた。
「……あ"り"がどう…うっ…うぅ…」
自分の両足でちゃんと立ち、力強いハグが出来る。
生への実感が湧いてきた。
涙がポロポロと出て、何度も何度もありがとうと告げる。
「仕事をしたまでだ」
死神が私の肩に手を置いて、そっと自分から私を離す。
涙で濡れた私の顔を見て、死神はまた微笑む。
「今度は、自分の足で遠くへ行くんだ」
そう行って、死神は置いてある鎌を持ち、ふわりと宙に浮いた。
「……また、百年後に会おう」
そう言うと、死神はどこかへとすぅっと消えた。
「…ありがとう!本当に!!またね!!!」
消える死神に手を思いっきり振り、私は笑顔と涙の両方の顔で見送る。死神は、消える間際、私に手を振り、そのまま去っていく。
すると、看護婦が防護服を着て無菌室に入ってきた。私の様子を見に来たのだろう。
私が立っている姿と、その健康的な肉付きをみて、急に驚きの表情で私の顔を凝視した。
何も言えなまま、その場で棒立ちし、数秒後に私に駆け寄りどうしたの!?貴方は誰!?え!?!?!?大丈夫なの!?と、驚きの質問攻めにあった。
程なくして先生を呼んでもらい、その後はトントン拍子だった。
先生が私の身体を何度も診察し、病気がさっぱり消えていることに驚いて、先生は何度も奇跡だと言っていた。
先生が、治ってよかったと安堵の表情と、涙を流してくれたのは、今でも覚えている。
「あなたの強い意志と治療の成果が出ました。白血病は完全に治りました。長い戦い、本当にお疲れさまでした。」
病院の先生や、家族、私が頑張ったって言ってくれるけど、本当は違う。

誰も、このことは信じないと思う。

それでも、私は覚えている。

ありがとう。死神さん。



7/4/2025, 8:34:02 AM