『願い事』
今日は、何年に一度かの流れ星の日。僕は庭に出て、夜空を見上げる。そこそこの田舎の夜は星空いっぱいで、すぐに流れ星を見つけることが出来た。
早速願いを込めようとする僕に、星は語りかけてくる。
「願いを叶えるには代償が必要だよ。それを…本当にわかっているんだよね」
キラキラ輝く星々が、僕を見つめている気がした。
「君の心は…太陽のように暖かく、とても心地がいい。本当は…君にいなくなって欲しくないと、僕達は思っている」
続けて星は僕に忠告をする。
「しかし…それでも君が流れ星に願いを込める時、その願は叶うけれど、君への代償が必ず出てしまう。君がより、壮大な願いを込めれば込めるほど…その分代償も大きなものへと変貌してしまう」
僕は、息を飲んだ。そして、ニコリと笑って、夜空に光る流れ星に願いを込める。
三回、唱えることが出来た。星々がどよめく。
「…その願いは、本気なの?」
僕は頷いた。
「…本気だよ。僕の大好きな人…桜ちゃんの病気を、治してあげて欲しいんだ」
桜ちゃん。僕の学校の同じクラスの女の子。皆から慕われていて、とても優しくてお淑やかな子なんだ。でも、病気を患っていて、あまり学校には来ていなかった。
桜ちゃんが余命を宣告された時、学校に一度だけ遊びに来た時があった。
皆と遊んだ後、さよならをした時、皆は泣いていて、彼女は最後まで笑って手を振っていたけれど、涙を抑えきれなくて、やっぱり泣いてしまっていた。
桜ちゃんが帰る前、桜ちゃんがたまたま一人になった時、僕は伝えた。
「……あの時…転んだ時のこと…覚えてないかもしれないけど、でもあの時、僕が松本さんの前で転んでしまった時、皆は僕を馬鹿にしたけれど、君だけが何も言わず手を差し伸べてくれた。僕は、あの時すごく救われた…ありがとう」
僕が桜ちゃんにそう気持ちを伝えると、桜ちゃんは急に泣いてしまった。
「!?どっ、どうしたの…!?」
「うっ…うぅ……私……沢渡君にね…消しゴム貸してもらった時…すごく嬉しかった…困ってる私に…さり気なく貸してくれたあの時……さっ、す、すごく…嬉しかったよ……」
涙をポロポロと流す彼女を見て、自分も涙が溢れそうになった。
なんでだよ。神様って人はなんで、こういう優しい人の命を奪っていくんだよ。
「沢渡君と沢山…喋りたかった……たくさん、たくさんたくさん…喋りたかった……!」
僕は、彼女のあの悲しい顔を、忘れられなかった。
桜ちゃんが言ってくれた、あの言葉が、僕を少しだけ救ってくれたような気がした。
この時に僕は、僕よりも桜ちゃんがクラスにいた方が良いと思った。
幸いにも僕には力がある。星達とお喋りする力。そして、流れ星の日に、僕には願いを叶える力。
小さい頃から一人ぼっちの僕には、夜空の星達と色んなお喋りをしていた。
楽しかった。人間の友達なんていらない。僕には、星達だけで充分だ。
そう、思っていたけれど。
桜ちゃんが僕に手を差し伸べてくれた時、僕はあの時…桜ちゃんに恋をした。
こんな自分が、桜ちゃんの役に立てるなら。
僕の体が光に包まれていく。
「…なんてことを…!他人の病を治すだなんて願いはすごい代償を伴うんだよ!君は…!!
……君は…もう光となって消える…君の選択は、それで本当に良かったの…?」
星々達は、悲しそうな声でそう僕に語りかけてきた。
「大好きな人に、幸せになって欲しいから」
そう言うと、僕の体は光となって消えていった。
「…そっか。君の心は、本当に暖かいな」
星達はピカリと光る。
「…でも、寂しいよ」
悲しそうにそう答える星々は、より一層夜空に綺麗に輝いた。
数日後、奇跡的に病気が回復した桜ちゃんは学校に通うようになり、皆とまた楽しい日常を過ごすことになる。
しかし、クラスの一席だけずっと空いていることに気付く。
「…あれ?竹中くんは?」
皆は、誰だっけ?そいつ?という顔で喋りあった後、あー!そんなやついたな!と思い出す。
「確か行方不明だって聞いたよ。どこかに行ったって」
桜ちゃんは驚愕した。自分の知らない間に、クラスの子が行方不明だとは知らず、毎日楽しく過ごしてしまっていたから。みんなに一緒に探そうよと提案するも、みんなは首を振るばかり。
「なんで?別に良くねー?」
「いいよいいよー。だって別に喋んないし目立ったやつでもないしさー」
桜ちゃんは、その言葉に激怒する。
「なんでそういうこと言うの!!!もう知らない!!」
初めて、誰かに怒った桜ちゃん。いつも、お淑やかで温かみのある彼女の初めて怒った姿に、みんなは驚愕した。
しかし、皆が驚愕する中で、唯一褒め称える物が存在した。それが、太陽だったのだ。
太陽は、星々に桜ちゃんがどういう子か話し合った。彼が恋をしてもおかしくないような女の子だと伝える。
星々の間で彼女を話し、その夜。二度目の流星群が夜空を舞う時に、桜ちゃんは祈った。
(…沢渡君が…無事でいますように…)
必死に何日も何日も一人で夕方、暗くなるまで探し、それでも見つからないと悟った彼女は、もうお願いをするしか無かった。
(みんな…沢渡君のこと、どうでもいいって言うの。それは、おかしいはずなのに。みんな当たり前のように話していて、すごく怖かった。でも、私は沢渡君が無事でいてほしいって思う。大切なクラスの子…消しゴムを忘れたときに、さり気なく貸してくれた沢渡君。あの優しさは、今でも覚えている)
震える手で、ギュッと両手を握る。
「…お願い…神様…」
そういうと、ぴかりと一つの星が光った。
「…君も…すごく優しい子なんだねぇ……」
急に聞こえてきた、優しい声に驚いて辺りを見渡す。
「僕だよ。君を上から見ている」
優しい声が、夜空から聞こえてきた。すかさず上を見上げると、満天の星空達が、桜ちゃんに話しかけていた。
「君は、本当に優しいんだね」
「これは恋をしちゃうね」
「うんうん、」
星が喋っていることに驚いて腰を抜かしちゃう桜ちゃん。星達は彼女に真実を伝えた。
「…優輝くんは、光となって消えたんだよ」
桜ちゃんが驚いていると、星達が桜ちゃんに説明した。優輝が、桜ちゃんを想っていたこと。そして、彼女の幸せを祈っていたこと。
自分よりも、君を優先したことを。全て、桜ちゃんに伝えた。
桜ちゃんはその場で崩れて泣いていた。自分が、自分のせいで、沢渡君を…そんな…。
沢渡君は…自分がどうなろうと構わないで私を助けてくれた…そんな、優しい人の命を…私は奪った。
涙を流しながら、桜ちゃんは星達に優輝を生き返らせたいと頼む。
しかし、それはやめた方がいいと助言をする星々。
「代償を払って彼は消えたんだ…君のためを想って」
「君も、願えば代償を払うことになる。優輝と同じように消えてしまうかもしれないんだぞ」
「そんなこと、あっては欲しくない。君のような優しい子は消えるべきじゃない。優輝と同じように消えて欲しくは無い」
「…私のせいで誰かの幸せを奪いたくない。沢渡君には、生きていて欲しい!」
星達の言葉を振り切って、桜ちゃんは自分の気持ちを率直に答えた。
星達は黙り込み、流れ星に願いを込めれば、願いは叶うと彼女に伝える。
「…本当に、願うんだね」
「…うん…沢渡君に…生きていて欲しいと思うから」
流れ星に願いを込める桜ちゃん。すると、突然目の前から光が放たれた。
それと同時に、彼女の体も光り始める。
星達が、また、優しい子が消えてしまうと落胆したその時、二人共にこれまで見たことないような光り方を放った。優しい桃色の、愛のような光が、二人を包み込んでいた。
驚いている星達が、もしや!!と思い、光がおさまった瞬間、そこには優輝も桜ちゃんもいた。
優輝は、自分が元に戻ったことに驚いて、自分の体を触ったりして確かめていた。
そして、目の前には桜ちゃんがいる。
桜ちゃんは喜びのあまり、優輝のことを抱きしめる。
「よかった!よかった……生き返ってくれた……」
力強く抱きしめられた優輝の顔は真っ赤になった。
「えっ!ちょっ…な、なんで桜ちゃんが!?」
星々が驚きながら、優輝と桜ちゃんに説明する。
「…かつて、願いの奇跡はただの交換に過ぎなかった。自分の願いを祈るか、誰かのためを祈るか…関係無く、代償というものが付いていた。それは命か、怪我か、それともなんかしらの不幸か……。
願いが強ければ強いほど、代償もまた強くなり、君らのように消えてしまうものもいた。
…しかし、一度だけ。一度だけ大丈夫だった人間がいた。
それは……愛の力。
誰かを生かすために自らを犠牲にしようとした。それが二度続いたんだ…君たち二人とも、自分ではない誰かのためを想って祈ったんだ。
今、君たちの代償は愛によって清算された。
君たちは、お互いのために消えようとした。だから、君達は無事なんだ」
「………愛……」
優輝は照れくさそうに下を向く。そんな彼を、桜ちゃんは見つめていた。
煌めく夜空の下で、少しの沈黙が続く。星達は、どちらが先に口を開くか黙って見ていた。
そして、一番最初に口を開いたのは桜ちゃんだった。
「……ふふ、愛だって」
頬を染め、涙を流して喜ぶ桜ちゃん。
「私達、好き同士だったんだね」
僕は更に頬を染める。
星達も、くぅ〜///っと声を唸らせた。
「で、でも…僕達まだ話し合ってもないし…君のこともまだ全然…」
そう言うと、桜ちゃんは優輝の手を繋いだ。
「友達から仲良くなりましょう。私達、絶対お似合いだと思う」
ニコリと笑う彼女を見て、優輝も微笑み返す。
「……うん。僕は優輝…これからよろしくね」
煌めく星達の下、二人の愛は、確かに本物だった。
7/7/2025, 6:50:25 PM