『空恋』
私は、あの日恋をした。しかし、その恋は本命というものではなく、皆が彼に恋をしているから、私も恋をしてしまったというもの。
私は最初彼のどこが良いのか分からなかった。確かに、かっこいいかもしれないけれど、でも、私は彼に惹かれなかった。けれどら皆が彼をカッコイイ、素敵、優しくて爽やか…と、沢山言っているのを見て、そうかも。と思い込むようになった。
しかし、彼を好きになったとしても、付き合えるはずがないと思っていた。
でも、ある日突然、私は彼に急に告白された。
理由は、一目惚れとのこと。私、自分が可愛いなんて思ったこと、生まれてからずーっと一度も思ったことがないから、素直に嬉しかった。
今度、早速一緒にデートをしようと誘われ、私は承諾する。
「ごめんね。次の日学校なのに日曜日にデートなんて」
「全然!凄く楽しみだよ」
「よかった。土曜日は他の子とデートをしなくちゃいけなくてね、ごめんね」
「……………………………………………………え?」
彼の言葉を聞き、私は開いた口が塞がらなかった。え、今、なんて言ったの?え、他の子?
彼は驚く私の顔を見て、どうしたの?と声をかける。
「え……ど、土曜日…他の子と、デートするの?」
「え?うん」
「……えぇ?」
困惑する私に、彼はなにか思い出したかのような表情をした。
「あ、そっか!知らなかったか…ごめんね。しっかり伝えなきゃいけないよね。
僕さ、付き合ってる子沢山いるんだ。校内の女子三十人以上で…あと他校の女子は五十…あれ?四十だったっけ……」
私は、驚愕した。この人は、色んな女子と付き合っている、女たらしだったから。
普通だったら、即別れるのが正解なのかもしれない。しかし、付き合ってしまった以上、すぐに別れるのはおかしいのかな?と私は思ってしまった。
だって、彼は皆から愛され、慕われ、そして…モテモテな美男子だから、せっかく、告白されて、付き合えたのに…すぐ別れるなんて…そんな…。
その時の私は、今は彼と付き合っていようと決め手しまった。
そして、デート当日。彼とデートをいたしました。それはもう、本当に本当に…楽しかった。
……のかもしれません。
風にふわっとなびく髪素っ気なく人混みの中で私の手を繋ぐ手、そして彼の香水の香り…その全てがとてもかっこよかったです。
…しかし、彼が女たらしで、他の女子とも付き合っていると考えると、私の心はモヤモヤしていた。
彼と付き合ってから数ヶ月も経ち、彼は時々私に声をかけてくれたり、デートに誘ったりしてくれた。
私は、彼に応えるようにおめかししたり、彼に好かれ続けるように頑張った。
皆が憧れる人と付き合えている。別れるなんて、もったいない。
でも……このままでいいのかな。
好きか嫌いかも分からない人と付き合って…この曖昧な試で、彼と一緒にいてもいいのかな…。
彼は時折、他の女の子と手を繋ぐ時があった。彼は、皆のもので、私一人のものじゃない。それは、分かっているけれど、あまりいい気分じゃなかった。
このまま…このまま私は彼と付き合っていれば、幸せなのかな。正解なのかな。
「…へー、良かったじゃん。イケメンと付き合えて」
「……うん」
幼馴染の太一と、たまたま帰宅途中にすれ違い、公園で話をしていた時のこと。
太一とは、小学生からの付き合いで、近所ということもあって、私達は昔からすごく仲が良く、よく一緒に遊んだり喋ったりしてる時があった。
ただ、高校は別だから、あまり会うことは無くなってしまったけれど…。
私は彼…空君と付き合っていることを、太一に話した。
「……空君は、皆の人気者なんだ…凄く優しいし、頭も良くて運動神経も良くて…とってもかっこいい…顔面国宝だって言われてるほどだよ!だから…私も…なんか……」
「……惹かれたってわけだな」
「…………」
私は黙って下を向いた。
…惹かれたわけじゃない。空君を好きという気持ちは、本当の気持ちじゃないってことを、私は知っていた。
『茉実!見てよ!!空くんだよ!!』
『本当にかっこいいよねぇ…茉実付き合えそうじゃん?だってあなた可愛いもん』
『空くんって凄くかっこいいよ!!優しいし!頭もいいし!!』
『茉実は空君みたいな男子がタイプでしょ?』
え……い、いや……。
『みーんな女子は、空くん一択だよねー』
『うん!茉実もそう思うよね!』
……うん。空君、かっこいいよね。
『だよねー!!』
……かっこいい。本当に、アイドルみたいな存在だっていうのは分かるよ。
でも…………私…………。
「…好きじゃないんだろ」
太一の言葉に、私はは俯いたまた言い返す。
「…なんで…そう思うの…?」
太一は夕焼け空を見つめる。
「んー…まあお前とは腐れ縁だからな。ずっとお前のこと見てきたし分かるよ。その人のこと本当に好きか嫌いかね。
お前が人を好きになる時って、必ず幸せそうな顔をするんだよ。わっかりやすいようなニヤケ顔で…幸せが溢れんばかりの表情でな。中学の頃、浅川ってやつと付き合った時、俺に浅川の話してきた時なんかそうだったよ。お前の顔は幸せそうだった。
まぁ、俺は延々と彼氏とのイチャイチャ話を聞かされてうんざりしてたけどな!」
「……ごめんね」
太一は飲んでいたリンゴジュースの紙パックを公園のゴミ箱に捨てて、私の隣に座った。
「でも今のお前の顔……凄く人に合わせてる感じの顔だよ。空って奴の良いとこ自慢の時も全く幸せそうには見えなかった。声のトーンも、目も。浅川の時とはまるで違う。
きっと、今のお前は、その空って奴と付き合ってるって立場に、自分を合わせようとしているだけなんだよ」
的を得た太一の言葉に、私はぐうの音も出なかった。
本当にそうだ。
私は空君なんか好きじゃない。
皆にお似合いと言われ、皆が憧れの人だからと自分で価値を決めて、付き合えたから、別れるのが惜しいと思い込んでるだけなんだ。
私は、小さな声で太一に言った。
「……でも…付き合えたのは…私……嬉しかったよ……」
「……まぁ、そうだよな。確かに、皆が惚れるくらいかっこいい奴と付き合えたら凄く嬉しいよな」
そう言った太一の言葉は凄く優しかった。
私は、太一の顔を見る。
「別れたくないという気持ちがあるのならそれでいいと思う。まだ、好きかもしれないって思うなら、俺は茉実のこと応援するよ」
優しい表情のまま、太一は微笑んだ。
温かくて、まっすぐで、まるで…私が浅川君と別れた時に寄り添ってくれた時のようだった。
目がじんわりと、熱くなる。
ずっと、周りの声に振り回されていた。
浅川君との時も…本当はそうだった。お似合いだよ、と周りに言われて付き合ってみて、浅川君が本当にいい人だったから、付き合ってから惹かれていったけれど…私は、常に自分の本当の気持ちを優先していなかった。
でも。私、本当は、本当の私の気持ちは。
私は、太一の言葉で、自分の気持ちを伝えることにした。
「……私、本当に好きなのは…太一だった」
太一の目が、大きく見開かれる。
「………………えッ????????????」
太一は言葉を失って、驚きの表情でいっぱいだった。
「ずっとそばにいてくれて、ちゃんと見てくれて……私、本当は、太一みたいな人が好きだったんだ」
太一は首を思いっきり振る。
「いやいやいやいや!!!お、お前それマジかよ…?その空って奴と俺は真逆の性格だぞ?変なとこでドジかますし、顔もイケてないし、文句ばっか言って性格だってよくないし…」
「ううん…太一は違うよ。いつだって私のこと、ちゃんと見ててくれた。そばにいてくれた。私は、そんな太一を…」
茉実は、赤面になりながら微笑んでいた。けれど、その目の奥には積もった想いがにじんでいた。
「優しいし、ちょっと意地悪で、でも本当はすっごく照れ屋で誰よりも他人思いで……そういう太一の全部が、私はずっと、ずっと好きだった。
……でも私は……本当の気持ちを優先しないで、周りの人に流されて…それで、それで私………」
茉実は、涙を流した。
「…ごめんね、自分勝手で…今更、こんなこと…」
彼女が涙を流しながら俯いた瞬間、太一はそっと茉実の手に触れた。
茉実が太一の顔を見ると、太一は照れた表情のまま話す。
「……俺も、好きだったよ。茉実のこと。ずっと前から…小学生の頃から、誰よりもお前が楽しそうに笑ってるのが好きだった」
茉実が驚いたように目を見開く。
「……でも、中学の時さ、お前浅川と付き合ったろ? あのとき、お前がちょっと遠く感じて、俺も悔しかったんだ。
それでも、お前が楽しそうだったから、幸せそうでよかったって思ったんだ。
……本当は、すげぇ寂しかったけどさ」
「……太一…」
太一はまた夕焼け空を見つめる。
「…浅川と付き合ったって報告した時、お前が嬉しそうにしてるの、俺、なんも言えなかった。
俺だったら……って思ったこと、正直何度もあったよ。
でも、俺なんかが、お前と並んで歩けるわけないって、思い込んでたんだ」
「……なんで?」
太一は茉実の顔を見つめる。
「……お前が可愛すぎるからだよ」
「え」
茉実の顔が、真っ赤になった。
「可愛いし。明るいし。ちゃんと人を見て、気を遣えて…お前の全部が、もう高嶺の花過ぎるんだよ。お前のこと、好きって言う奴も多かったしな…。
だから、俺には茉実と付き合えるなんて絶対に無理だと思ったよ。お前みたいなすげぇ可愛い奴と釣り合わないって」
茉実思い切り首を振った。
「ううん!そんなことないよ!」
茉実は太一の手を握る。
「たしかに太一は口も悪いしサボり癖もあるし…大事なところで少しやらかしちゃったりするところもあるけど……」
二人の頬が更に赤くなる。
「でも…私は…本当は…そんな太一の全部が…すごく好きなの。大好き」
茉実はもう、自分の気持ちを抑えられなかった。彼女が押し込んできた、太一に対する本当の想いが溢れてしょうがなかった。
太一は、そんな茉実の言葉を聞いて片手で顔を覆った。
「…まじで…顔があっちぃ…真っ赤だわ俺…」
茉実は、太一の片手の手をとり、指を絡めて握る。夕焼けに照らされた二人の姿は、辺りの静寂を包み込んだ。
「……太一のこと、大好き」
太一は深呼吸をし、頬を赤らめた茉実の顔を見つめ、口を開く。
「……俺も茉実のこと、大好きだよ」
そうして、やっと本当のことを言えたような気がして、安心したのか二人共に笑い合った。
茉実が太一の耳元に囁く。
「…ずっと思ってたけど…空君や浅川君より…太一の顔の方がかっこいいよ」
そう言われた太一はまた顔を真っ赤にして、片手で顔を隠す。
「まじで変なこと言うのやめろ!茹でたこになるわ!」
「ふふふ、本当なんだもん」
「……ったく、お前も可愛いよ。この世の誰よりもな」
「……もぅ…」
お互い、また顔を真っ赤に染める。
二人の恋は、確かに本物だった。
────────────────────────────────────
あれから、私は空と別れた。
申し訳なさもあったけど、それ以上に、「嘘のまま」は、もうやめようと思った。
誰かの目や、噂や、期待。そういうものに流されて、本当の気持ちを見失ってた。
でも今は、ちゃんと自分の本当の好きを信じられる。
隣には太一がいる。いつものように、ちょっと不器用で、ちょっと抜けてるけど、とびきり優しい太一。
空みたいに、綺麗で、遠くて、手が届きそうで届かなかった恋、それはまるで空っぽだった。
でも、太一がいてくれたから、私は地に着いた本当の恋に辿り着けた。
私は、これからも太一と一緒にいたいと、心の底から思えた。
7/6/2025, 9:40:14 PM