王様
中二病には外に向かっていくものと、内に向かっていくタイプがあるようで、後者に名前があるかは知らないけれど、前者は『黒歴史』なんて呼ばれたりする。
『黒歴史』は笑いに変わるけど、後者のタイプは、こじらすと長引くやっかいな影になる。
自分は後者だったよな。
自分は他人より感受性が強く
心の成長が早く、
精神的貴族階級にいる。
錯覚だよ。
そんなんだから、ちょくちょくこの世を儚んで『死にたい』なんて考えたりするわけで、世界が自分と他人の二種類しかいないと絶望するわけだ。
まぁそうなんだけど、極端すぎるよ。
で、よっぽどすごい心理というか真理があるんじゃないかと解体していくと、なんということはない。
自分が王様扱いされないから拗ねてるだけって知ってた?
はだかの王様というか。
服着ろよ王様。今日は寒いぜ。
俺たちは平民だよ、王様。
仕事して、飯食って、セックスして、相手がいなければ風俗行って、たまに梅毒もらって肝が冷えたりする、一般よりちょっと下くらいの、わりと居心地のいい立ち位置の、のほほんと生きてる平民だよ、王様。
小説でも書いてリフレッシュしようよ王様。
格好つけちゃダメだ。言っちゃいけないようなことはどんどん言っていこう。どうせ誰も読んでないんだから。
ほら、そうするとだんだん『死んだところでどうしょうもない』って思えてくるだろう? 王様。
#寒さが身に染みて
激戦
伸一が最初に気づいたのは、三つ並んだ星だった。大通りから離れた住宅地である。
街灯はあったが視界の中に入るものはなく、目が慣れてくると、夜空にはおそらく二等星と思われる星々があちこちに浮かび上がってきた。
「シリウス、ペテルギウス? あれはオリオン座か」
道に立ち止まって空を見上げている自身の姿に「俺、ロマンチストすぎないか」と、伸一は少し気恥ずかしく感じたが、はたから見ればせいぜい「仕事に疲れたラクダがあくびをしている」ようにしか見えなかったであろう。
事実、勤め先でもその面相を陰でラクダと形容される男である。しかしそれは悪意のあるものではなく、のんびりしつつも確実に仕事をこなす信頼と実績と、周りに対する丸い態度ゆえであり、それがたまたま、彼の面相と不幸にも一致した結果であった。
彼の態度に注文をつける連中も少なからず存在しはするが、それは彼への期待の裏返しであろう、と解釈するのは伸一自身である。
大きなあくびがでた。
不意にイヤホンから流れる音楽が消え、警告音声が流れた。
伸一は我にかえって走査を行った。訓練なら教官にドヤされる不手際である。
警告音声が大まかな位置を告げる。
こういう場合は大抵伏兵がいる。正面の敵は囮の可能性があった。
鈍ってるな
スマホレベルの警戒システムが探知するまで、敵の接近を許した自分自身に舌打ちしたい気分だった。
上空に三日月のような魔力のきらめきがあった。
奇襲の有利を捨てて。真っ向から跳躍してくる敵に伸一は不審の表情を浮かべた。
しかし次の瞬間にはくるりと踵を返して、全力で走り出していた。
相手がいかに間抜けであっても、戦う準備ができているものをまともに迎え撃つほど彼は『元気』ではないのだった。
「まてぇ! ひきょーものー!」
と若い女の声がした。
「ただの会社員ですー」
「うそつけー にげるなばかー」
五時間にも及ぶ激戦(追いかけっこ)のはじまりだった。
雑談
何か上手いことを言おうとしても、お題がすんなり落ちていかない。
何を連想しても「それは面白くない」「それはスマップの歌じゃん」「それ本当に思ってる?」なんてもう一人の自分、おそらく理性的な自分がジャッジメントを下すのだ。
そんな声を振り切るためには耳を塞いで走り切るしかないのだが、今日は小説を書くにはSAN値が高すぎるのかもしれない。
まぁそんな日もあるさ。
とりあえず目の前にある本棚にならんだ背表紙の色が「色とりどり」だとおもう。
右から
『冬の犬』
『悲しむ力』
『スタープレーヤー』
『ストライク・ザ・ブラッド 1』
『ガルキーバ 下』
『ガルキーバ 上』
『大河の一滴』
『ウォッゼ島 籠城六百日』
『円生と志ん生』
なんだろうね、このラインナップ。真面目なんだか馬鹿なんだか。
『ガルキーバ 下』はプレ値で万したはず。読みやすくて面白かったのは『スタープレーヤー』『円生と志ん生』は戯曲で台詞の勉強になった。でも一番おすすめなのはマクラウドの『冬の犬』だろうか。スタインベックも好きだ。ストブラちゃんも好きだけどね。
はい、終わり終わり。
もう寝る。
#色とりどり
わたしハウサギ
吹雪はおさまるどころか、日没が近づくにつれさらに勢力を強めていくようであった。
入山から三日。テルシアからカトガールまでの、比較的平坦な3号ルートである。3号ルートと並走するように眼下に国道が走っているのだが、この時期は通行止めであり、その理由は今現在、わたしが体験していることに由来するのだろう。
猛吹雪に見舞われてはいるが、位置を見失ったわけではないので、別に遭難しているわけではない。
しかし試験内容は『五日以内にカトガールに到着すること』である。多少無理をする必要がある。この猛吹雪は、おそらく師匠の『自然誘導』であることは分かっていた。わたしの師匠は普段は温厚な魔術師であるのだが、試験の障害を作るためではあろうが、ときおりこのような無茶をするのだ。
わたしは魔術師ではないから、師匠が仕組んだであろうこの猛吹雪に真っ向から対抗しても無駄であることは承知している。吹雪は強まる一方である。とはいえ、自然現象であるからして、当然勢いにムラがあった。わたしは勢いが弱まる数時間、もしくは数分の間に、なんとかしてカトガールに近づこうと歩きつづけた。
不意に足に何かが絡まった。
輪になった細いワイヤーの先に、折れた木の枝が縛り付けられている。何度か外そうと試みたが、細いワイヤーはしっかりとわたしの足をくくり、どうにもならなかった。
わたしは以前に師匠から、これがウサギ用の罠であることを教わっていた。この罠にかかった兎は体力を奪われ、雪の中で動けなくなり、やがて餓死か凍死か衰弱死を選ぶことになる。死んだ兎はそのまま凍りついて腐ることもない。人間は易々と肉を手に入れることができる。人間の恐るべき悪知恵の産物であった。
「罠から抜けることは不可能だろうね」
師匠の言葉が思い出された。
「兎には無理だよ」
師匠の予言通り、罠に掛かったわたしは数時間後、死のきわにいた。
すでに手足は雪の中に埋まって。耳と鼻だけがかろうじて風に吹かれている有様だ。
「それでも生きたいと思うなら、そうだね、お前は自分を思い出さないといけないよ。なに、ちょっと忘れているだけさ。大丈夫、お前ならできるよ」
やがてわたしは、雪に埋まりかけている自分を眺めているような、まるで夢の一幕でも見ているような、不思議な感覚にとらわれていた。
わたしは人間の女性のような姿で立ちあがっているのだった。足元に罠にかかって凍りついている兎の死骸があった。
それはわたしだった。
ソレハワタシデアリコレモワタシダッタ ワタシノマエアシハヒトノテデアリそのほっそりしたてにはミオボエがあった。
ワタシハシショウデアリワタシハウサギデアッタ わたしの知識は師匠のものであり コノキオクハワタシノモノデアッタ
わたしは自由であった。兎でも人でもない自由であった。
空に上がり、グルリと見渡すと遠くにカトガールの廃城の一部が見えた。振り返ると吹雪に閉ざされたテルシアの平原も向こうに見えた。不思議である。猛吹雪で視界はホワイトアウトしているのにもかかわらず、テルシアの様子を感じることができるのだ。
カンカクとカンジョウに師匠の言葉を当てはめると、それを新ためて理解できるようであった。
「でもね」
わたしは師匠の手のひらに乗せられてすーと持ち上げられたときのことを思い出した。
「言葉に頼ってはいけないよ。大きく捉えるんだ。なるべく大きく。え? 分らないって? そりゃあ分らないだろうね。分かろうとしないことさ。大きく捉えるんだ」
暖炉の火は冷気に勝っていてわたしには熱いくらいだったが、師匠は膝掛けがないといられないと、ボヤいていた。
師匠の師匠は震える師匠を「これも修行のうちだ」といって笑っていた。
この二人は夫婦のようであり、恋人のようにも見えたし、ときおり兄妹のようにも見えた。
「いいかい。これからお前がわたしの使い魔にふさわしいかどうか試すからね。試すなんて大袈裟なもんじゃない。思い出してもらうだけさ。でも油断しちゃいけないよ。兎は弱いんだ。途中で死んでしまうかもしれない。でもわたしはお前が必ず試験に合格することを知っているよ。お前はわたしでもあるんだからね」
夢から覚めて、わたしはまだ、わたしを失っていなかった。
兎の死骸はすでに雪に埋まってしまっていた。あたり一面ギンセカイであった。
ギンセカイ ギンセカイ ギンセカイ
これは師匠の言葉だ。そしてもうわたしの言葉だ。
わたしは兎である。
そうしてぴょんと前に飛んだ。そう、これがわたしである。進むたびに銀世界に足跡が付いた。吹雪は相変わらず猛威を奮っていたが、わたしはそれをものともせずに、銀世界を駆けることができた。
もっと、もっと速く!
わたしは雪を蹴りぐんぐんと加速していく。疲労はなく、無限に力が湧いてくるようだった。やがて筋肉が加熱し炎上をはじめる。火の玉となった全身がついに消失して、わたしには視界だけが残った。
さらに加速する。
景色は風の一部となって、わたしはカトガールの城壁を一息で駆けあがった。
森を抜け、空を駆け、全ての世界がわたしの視界と同一になった気がした。わたしは世界中のどこにでも存在していた。
そうして世界を限界まで味わうと、急に寂しさがきた。
一人であることに耐え難くなり、世界中を探し回ってようやく師匠の温もりに辿り着くと、わたしは暖炉のある部屋で目を覚ました。
わたしは師匠の膝掛けの上に立ち上がって、その先の匂いを嗅いだ。
「おや、もう目を覚ましたのかい」
師匠はくすぐったそうな笑い声をあげて、わたしの頭を撫でた。撫でつけられるたびに耳がぴんぴんと跳ねて、わたしは再び五感が戻っていることを感じた。
「ほら、言ったとおりだ。わたしのカンはわたしの師匠も一目を置くんだ」
師匠はそういうと立ちあがり、僕を広いテーブルの上にちょんと下ろした。
「お前に名前を付けなくっちゃいけないね。お前はもう『わたし』じゃないんだから」
#雪
『浮遊』
わたしが『わたし』という存在を思い出したのは、わたしに向かって手を合わせている和樹(かずき)に気づいたときだった。
夕焼けが雲を下から照らして、空は満開の桜のようだった。
(さくら...... 春...... 学校...... 和樹......)
わたしは連想しながらわたしを思い出そうとする。
(和樹...... 学校...... 通学路)
そうだ。
わたしは手を合わせている和樹の横にいつのまにか立っていて、汚れが目立ちはじめた花瓶と、それに生けられた真新しい仏花の意味を考えていた。
「ごめん」
和樹がポツリといった。
(そんなことないよ)
応えようとしたけど、声の出しかたがわからない。
わたしが庇わなかったら和樹も......
続けようとして記憶が跳ねた。
自分の手を見ようとすると、視界ばかりがぐるぐる動いて、自分自身の在処(ありか)がわからない。
わかるのは、わたしはもう「わたし」で亡くなっていることくらいだ。
(なぁんだ)
わかってしまうとどうということはない。
(わたし、死んじゃったのか)
和樹が立ち上がった。
彼は何事もなかったように歩きはじめた。まるでわたしのことなど忘れてしまったかのように。
(行かないで)
遠くなっていくその背中に、わたしは手を伸ばした。もう存在しないはずなのに、手を伸ばす感覚だけはまだ残っていた。
コンドハワタシヲタスケテヨ!
彼がわたしを振り切ると、再び意識がぼうっとなって、目に映る光景の意味が停止していく。
ワタシモtureteixtuteyo......
わたしは今まで立っていた場所を見下ろしている。
ブッカガキイロイハナガシロイカビンニキレイナアタラシイハナ
でも、それがナンナのか、もうわかraなイノダ......
#君と一緒に