激戦
伸一が最初に気づいたのは、三つ並んだ星だった。大通りから離れた住宅地である。
街灯はあったが視界の中に入るものはなく、目が慣れてくると、夜空にはおそらく二等星と思われる星々があちこちに浮かび上がってきた。
「シリウス、ペテルギウス? あれはオリオン座か」
道に立ち止まって空を見上げている自身の姿に「俺、ロマンチストすぎないか」と、伸一は少し気恥ずかしく感じたが、はたから見ればせいぜい「仕事に疲れたラクダがあくびをしている」ようにしか見えなかったであろう。
事実、勤め先でもその面相を陰でラクダと形容される男である。しかしそれは悪意のあるものではなく、のんびりしつつも確実に仕事をこなす信頼と実績と、周りに対する丸い態度ゆえであり、それがたまたま、彼の面相と不幸にも一致した結果であった。
彼の態度に注文をつける連中も少なからず存在しはするが、それは彼への期待の裏返しであろう、と解釈するのは伸一自身である。
大きなあくびがでた。
不意にイヤホンから流れる音楽が消え、警告音声が流れた。
伸一は我にかえって走査を行った。訓練なら教官にドヤされる不手際である。
警告音声が大まかな位置を告げる。
こういう場合は大抵伏兵がいる。正面の敵は囮の可能性があった。
鈍ってるな
スマホレベルの警戒システムが探知するまで、敵の接近を許した自分自身に舌打ちしたい気分だった。
上空に三日月のような魔力のきらめきがあった。
奇襲の有利を捨てて。真っ向から跳躍してくる敵に伸一は不審の表情を浮かべた。
しかし次の瞬間にはくるりと踵を返して、全力で走り出していた。
相手がいかに間抜けであっても、戦う準備ができているものをまともに迎え撃つほど彼は『元気』ではないのだった。
「まてぇ! ひきょーものー!」
と若い女の声がした。
「ただの会社員ですー」
「うそつけー にげるなばかー」
五時間にも及ぶ激戦(追いかけっこ)のはじまりだった。
1/9/2023, 3:14:28 PM