『君と出逢って』
君と出逢ってから17年が経ちました。
桜の木が緑に染まり始める頃、河川敷で君と初めて会ったことを、昨日のことのように覚えています。
女学校の生徒だった君は、授業を抜け出して土手の草原に寝転んでいましたね。
「ねえ、コペルニクスみたいな発見がしたいなんて、大きすぎる欲かしら?」と声をかけられた時は唖然としてしまいましたが、学者擬きだった私にとってこれほど興味を誘われる文句もなかったので、ともに世界の未知と既知について語り合うことにしたのでした。
さて、君が亡くなってから13年が経ちました。
私は今でも正真の学者にはなれず、相変わらず擬きを続けています。君のいない世界は、退屈になるかと思いましたが、この世界を知ることに飽きることは、まだまだ先のことになりそうです。
それなので、今日は暫しの別れの挨拶をしようと思って、この墓前に来ました。
私はしばらく、外遊しようと思います。
君とこうして語り合う時間が無くなってしまうのは寂しいですが、あの世での話の種がもっとあった方が楽しいだろうと思うので、なんとか我慢します。だから、君も少し休んでいてください。
それでは、また後ほど。
『二人だけの秘密』
僕の住む街にはちょっとした山がある。
山のてっぺんには神社がある。神社近くは石段になっているけれど、そこまではむき出しの地面を歩いていく必要がある。
僕と幼馴染の遊は、毎日学校終わりにその神社に通っていた。
神社の前のあたりに東屋があって、そこにランドセルを置いて山を歩き回るのが日課だった。
山を歩くのは、小さな冒険のようで楽しかった。
ある日のこと、いつものように山を探検していると、遊が何かを見つけた。
「ねえ、これなんだと思う?」
僕は、遊が見せてきた何かを観察してみたけれど、よく分からなかった。石のようだけどところどころふわふわしているように見えて、光の当たり具合で全然違う姿になって見える。
僕らはそれを二人の宝物にしようと、東屋まで持ち帰った。
どこかに隠しておこうと思い、神社の床下の隙間に穴を掘って埋めることにした。
埋め終わったとき、遊が言った。
「大人になったら、これを掘りに来ようよ。それで、二人でこれを持ってこの街を出るの。」
僕にはそれが何だか大切なことのように思えて、強く頷いた。
『優しくしないで』
少年は少女の手を取ろうとした。
しかし、少女は少年の手を払い除けた。
「どうして私を助けようとするの?私はあなたたちを裏切った。」
「それは、君が僕たちを裏切らなければ生きられなかったからだろう?それに、君は僕らが気づくようにいくつかの手がかりを残してくれていた。これではもはや裏切りとも言えない。僕らはただ、仲間を助けた。それだけのことだ。」
少年は穏やかに言葉を返す。
「どうして、そこまであなたは優しいの。どう考えても、私に優しくする必要なんてないじゃない。自分の身かわいさに、人を悪魔に売り払うような私に。」
「誰だって、自分の命が一番大切でわがままなものだ。僕が特別優しいわけじゃない。ただ、助けられる人が目の前にいるから助けるだけだ。さあ、だから、また一緒に旅をしよう。」
少年は再び少女の手を取ろうとした。
今度は、少女はその手を受けいれた。
『カラフル』
祝祭の夜、少年と少女は露店の並んだ通りを歩いていた。
道化師を模したお面や香辛料が薫るミートパイなど、五感を刺激する品々が一堂に会する。
その中に一際、彩に溢れた店があった。飴屋である。
「ねえ、あれ食べたい。」
少女が少年の袖を引っ張って飴屋の一点を指す。指の向く先には、七色の飴が置かれていた。
「お、お嬢ちゃんお目が高いね。それは東の山の麓で取れるいろんな果実をたっぷり使った特製の飴ちゃんだ。味はもちろん絶品だが、それだけじゃあない。ほら、持ってごらん。」
露天商のおじさんは、少女に七色の飴を渡した。
「あ、軽い。」
少年の方を向いて少女があどけなく微笑む。
「そうだ、こいつは糖をじっくり溶かして漉してを何度も繰り返して余計なもんを全部飛ばしてあるから、ものすごく軽いんだ。」
露店商の言葉を聞きながら、少女は飴の串を上げ下げしてその軽さを楽しむ。
「それはサービスしてやるから、しっかり味わってくれな。お嬢ちゃんみたいな可愛い子が食べてるのを見たらみんな買いに来てくれて繁盛間違いなしだ。」
露天商は片目を瞑って少女たちを送り出した。
少年と少女は再び祭りの喧騒の中へと歩みを戻していった。
彼女たちの道先に花火が上がり始めた。空を彩る花火と手元を彩る飴。2人の行先を祝福しているようだった。
『楽園』
日が暮れてからもしばらく歩き続け、少年と少女は楽園と呼ばれる地へたどり着いた。
あたり1面ネモフィラが咲き誇り、ホタルのようなものが飛び交っていた。
景色に見とれる少年に少女は語る。
「すごくきれいでしょ?この光はみんな妖精なんだよ。」
ホタルに見えていた光の粒をよく見ると、光の中に人のような形をした影が浮かんでいた。
「楽園って呼ばれるようになったのはね、実は最近のことなんだ。それまでは失楽園って呼ばれてたの。」
景色に見とれていた少年は興味深そうに少女の方を向いた。
「ここにいる妖精達はもともと人間なの。悪いことをした人間。やってはいけないことをした人間はほかの人々と同じ世界に住むことを許されなくなって、ここで妖精になるの。だから、妖精といってもそんなに可愛いものじゃないのよね。」
少女は止まらず語る。
「私たちが暮らす素晴らしい世界、つまり楽園を追放された妖精が住む場所だから失楽園って呼んでたんだけど、世界がどんどん悪いものになって、妖精教が生まれて、この世界の苦しみから逃れるために妖精になることが救いなんだってみんなが信じるようになって、それからはここは楽園なの。」