『また明日』
明日になれば世界は良くなる。
これは信じていいことだ。何故って、いつも俺の目に映る世界は最悪だからだ。なんでこんなにも最悪なものになるか納得いかず、生まれて此方の二十数年、不安でしょうがなかったが今やっとわかった。明日になれば世界は良くなる。これは信じていいことだ。
どうして公園の乗り物なんだか置物なんだか分からないカバのオブジェのことを今思い出すのか分からないが、これも同じようなことなのだ。
俺は人間というものは皆、より良い世界を目指しているものだと思っていた。しかしいつの時からか、人は疲れ果てる。上へ登るにはエネルギーが必要だからだ。そうして段々、1人ずつ登るのをやめて下り始める。こうして世界というのは最悪な方向へ向かっていくのだ。
しかし、もう十分に休んだだろう。十分な飯にありつけず、人は善人の振りをしながらも互いを殺し合い、活力なんてものが全く無い生き恥を晒しているようなやつが街を多い尽くしているのだから。既に世界は行き着くところまで行き着き、最悪なものになったのだ。だからこれからはより良くなるしかないのだ。
明日になれば世界は良くなる。
全く馬鹿げた夢物語かと思う奴らもいるだろうが、俺はこの物語を心のそこから信じている。
今こそ俺は、お前たちと同じ世界を生きられるような気がする。
『モンシロチョウ』
花畑に寝転んで空を見上げる。
雲ひとつない、とめどなく青さが広がる空だ。
旅の途中で寄ることにしたこの花畑は、旅人しか寄り付かないため、ほとんど手が入らずに自然のままの姿が保たれている。
青と赤が目立つが、所々黄色の花も咲いている。
ふと私の鼻に、モンシロチョウが掠った。鼻腔を擽る植物性の匂いがした。
蝶の行く末を見届けていると、後ろから声が聞こえる。
「エルフさん、そろそろ発ちますよ。」
『忘れられない、いつまでも。』
ある秋の日の夕暮れに、
1人の少女が絵を描いた。
窓から見える丘の上、
高く聳える教会を
紙いっぱいに描きあげた。
真白い壁に青屋根の
木製扉を誂えた
厳かさがある教会であった。
その教会がまさに今、
私の前で燃え尽きた。
銀の食器を狙っていた
野蛮な賊の点けた火が
燃え広がって焼け落ちた。
少女が描いた絵の中に、
その中だけに教会は
今も寂しく建っている。
あの教会のある丘を
忘れられない、いつまでも。
『一年後』
来年、またここで太陽を見よう。
海と緑とピアノに装飾されたこの丘で、太陽を見よう。
今日みたいな取り急ぎの衣装ではなくて、僕は青色のスーツを着て、君は黄色のドレスを着よう。
きっと、この景色に似合うはずだ。いや、僕らにこの景色が似合う、か。
そろそろ駅に戻ろう。時間が無い。もう波はそこまで来ている。
また、ここで太陽を見よう。
『初恋の日』
1993年の春、桜の散り始めた頃に君と僕は出会った。
授業を抜け出して屋上で昼寝をしようと思って3階からの階段を登っていた時、君に声をかけられた。
「すいません、職員室はどこですか?」
転校生だった君は迷っていたようで、そんな君を見て僕は、職員室を探して3階まで上がってくるのは不思議な人だと思った。
職員室まで君を送り届けた頃には興が削がれたので、大人しく僕は教室に戻ることにしたのだった。
放課後になると、君は僕の元を訪れた。
「すいません、三宮駅まで連れて行ってくれませんか?」
迷ってばかりの人だと思った。行先は同じだったので、今度も連れていくことにした。
君を連れ回して、今日で13年が経った。
今思うと、僕が君に連れ回されていたようで、本当のところは君が僕をいろんなところへ連れて行ってくれていたような気がする。