安達 リョウ

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8/16/2024, 10:03:10 PM

誇らしさ(兄妹の絆)


―――にいにはくちがわるい。

「お前ら、また宿題に落書きしやがったな!? 今日という今日はタダじゃおかねえ!」
「落書きちがう。にいにお勉強できないから、答えのらんうめてあげた」
「そう。ふぉろーしてあげた」
「どこがだ馬鹿野郎、これじゃ提出できねーだろうが!」

ぶつくさ言いながら、半分なみだめでノートを消していく。せっかく上手にかけたのに。

―――にいにはすききらいがおおい。

「にいにまたピーマンのこしてる!」
「うるせ、俺の勝手だろ。静かにしてろ」
「わーるいんだ、わるいんだ! おかーさーん!」
「ハッ、言いつけたって無駄だぞ。俺のピーマン嫌いは皆諦めてる」
「あ、間違えた。おねーさーん!」

にいにのスマホのありかなんて、お手のもの。
くすねてきたそれでにいにの絶賛片想い中の彼女に電話をかけようとして、バカか!とすぐさまそれをひったくられた。
バカはにいになのに。

―――にいには、

「おーい。迎えに来たぞ」
「あれ、にいに。おかーさんは?」
「仕事で遅くなるから不本意ながら俺に白羽の矢が立ったの。まったく何でもかんでもこき使いやがって」
「わーいにいにのお迎え!」
「お迎え!」

にいにを挟んで手をつないで、せんせいにご挨拶をして幼稚園を後にする。

「………にいに」
「あ? 何だ忘れ物か?」
「いつもおせわしてくれてありがと」
「うん。ありがと」
「………。何だよ急に。気味の悪い」
何かねだられると思ってるにいにの顔がけわしいのがおもしろい。

………にいには、くちがわるくて すききらいがおおくて すきなひとにちきんだけど、でも、

何だかんだでわたしたちの面倒をみてくれる、つんでれの自慢のにいにです。

「………アイスはやらんぞ」
「「えーケチー!!」」

―――夕暮れの町並みが、赤く染まるのを見ながら。
彼らは賑やかしく家路を歩いて帰るのだった。


END.

8/16/2024, 2:05:18 AM

夜の海(入賞)


夏休みの思い出を絵に描いて、コンクールに出品してみよう!―――。

園のお便りの中に混じっていたその広告を見て、始めは別段気にも留めていなかった双子が俄然やる気を出し始めたのは、もう休みも残り僅かなある日だった。
それに関して俺は全くのノータッチだったので、いつ何を描いたのか知る由もなかったのだが―――
まさかそれが賞を取っていたとは。
親から知らされて、俺は大いに驚いた。

特に絵が好きでも得意でもないあいつらが、賞を?
一体何の絵を描いたのか? 少しばかり興味がある。

作品の展示が期限付きで開かれることを知り、俺は公園で双子らの自転車の練習に付き合ってくれた彼女を、極力何気ない風を装って誘ってみた。
―――もし良ければ一緒に、観に行かないかと。
彼女は一も二もなくOKをしてくれて、俺は内心派手にガッツポーズを決め込んでいた。
デート。初めての、彼女とのデート………!
のはず。だったよな?

「にいに何で落ち込んでるの」
「どしたの、何かあったの」

………。何でお前らがいるんだ? なんて阿呆な疑問は抱くまい。
そりゃそーだ、賞を取った本人ふたり連れてかないでどうするよ。なあ?俺。
またしても世話人とチビ二人、意中の彼女という取り合わせで俺達はその作品展に訪れていた。

「で? 輝かしい賞を取ったお前らの作品はどれよ」
「「あれ」」
二人同時に指差した先にあったのは。

“ひるのうみ” “よるのうみ”
と題名づけられた、真っ青一色と真っ黒一色の画用紙いっぱいの『絵』だった。

「………」
「………」

独創的、といえばそうだが………
何と言うか、うん………

「お、面白くていいんじゃない? 個性が凄いわ」
「ま、まあ………そうだな」
………これが賞を取るのだから世の中わからない。

えっへん、と偉そうに胸を張る双子どもの頭を少々激しめに撫で回して、俺はよくやったと素直に二人を労ってやる。
しかし昼の海はまあまだわかるとしても、夜の海とは一体………。

どこまでも暗い、深淵さを見事に表現している作品です。と脇に書かれた総評に、俺と彼女は深読みがすぎるとお互い顔を見合わせて苦笑した。


END.

8/15/2024, 2:51:18 AM

自転車に乗って(初の試練)


だだっ広い公園の一角で。
自転車の練習をする!と駄々を捏ねられ渋々来てみたものの、こいつらなら案外早く乗れるんじゃね?という俺の予想は見事に裏切られ、ミッションは完全に難航の兆しを示していた。
“そう簡単には問屋が降ろさない”
―――どうやら神様からの初試練を、双子どもは同時に与えられたらしい。

「なかなか上手くいかねーなあ」
ハンドル操作とペダルの踏み込みがアンバランスで、二人は何度も自転車から転げ落ちてしまう。
そんな双子の片割れのリアキャリアを俺が持ち、もう片方は―――
「そんな、最初から上手くいかないよ。こういうのは根気、やる気が大事!」
俺の意中の、彼女が持つ。

………もう説明する気も失せるが、察しの通り双子どもが俺のスマホから彼女を極秘で誘い出していた。
毎度毎度お前らはどうしてそうなんだ!とこっ酷く叱りつけたが、天然な彼女は穏やかに、いいのいいのと俺を宥め双子に付き添ってくれるのだから人間ができている。
もう何度惚れ直したかわからない彼女に、俺はどんどん夢中になっていくものの―――生来のチキンさが邪魔をして、なかなか想いを伝えられずに今に至っていた。

「にいにーーー、また転んだ!」
「転びすぎてあざできてる!」
痛い、痛いと騒ぐ双子どもに俺は喧しいと声を荒げる。
「自転車の道は一日にして成らず!練習あるのみ!」
「「にいにのオニー!!」」
けっ、何が鬼だ。何とでも言え、日頃の世話の恨み今ここで晴らしてくれる。
―――ぎゃーすか喚く二人を、それでも温かく見守る彼女の優しい眼差しに、いかんせん俺まで心が浄化されてしまいそうになる。

「みて、にいにの顔。鼻の下のばしてる」
「かっこいいとこ見せたいからってえらそーにして」
「がんばろ。ちきんに負けたくない。ぜったい乗ってやる」
「うん。がんばろ」
お互い顔を見合わせ、二人が力強く頷く。

………仕方ねえ。ここは満を持して、伝家の宝刀の出番か?

俺はちっと舌を打つと、
「乗れたらアイス、特別に!一人ふたつ!」
「ふたつ!?」
途端に目の色を変える双子に、所詮は食いもんにつられるお子様よと俺はひとり鼻を鳴らす。

そんなやり取りを隣で見て笑う彼女の笑顔に癒されながら、いつ彼女をデートに誘おうか、と。
双子どもの奮闘する姿を眺めつつ、俺はそのタイミングをそわそわと窺っていた。


END.

8/14/2024, 2:40:16 AM

心の健康(夏の終焉)


長かった夏休みも今日で終わり。
俺は明日から始まる双子どもの幼稚園の用意を一緒に手伝ってやっていた。

「にいに、ぞうきんいる」
「リビングの物置きから取ってこい」
「にいに、うわぐつどっかいった」
「この間洗って外干ししてただろ。どこやった」

にいに、にいに。ああーうるさい。
いやわかってる、その辺の園児と違ってしっかりしてるとはいえ、まだついぞこの間オムツが取れたようなガキんちょだってことくらい。
………夏休みはこいつらのナイスな手助けもあって、意中の彼女との急接近に成功した。まだ幼いとはいえ舌を巻く気の利きように、俺とて恩義を感じていないわけではない。
そうだぞ俺、ここは兄として広い心を持って―――。

「ああっ、にいにの宿題のうえにお茶こぼしちゃったー!」
「はあ!?」
「ええっ、にいにのスマホの待ち受け、あの女の子のしゃしん! かくしどり!?」
「わぁぁぁぁ!!」

俺は息を切らして宿題を回収し、双子からスマホを奪い取る。

「油断も隙もあったもんじゃない………!」
くそ、幼稚園の用意なんぞ安請け合いするんじゃなかった!
沸々とわいてくる怒りのボルテージは留まるところを知らず、一言言ってやらなければ気が済まないと口を開きかけた寸前、

「「にいに明日やっとあの子に会えるね!」」

良かったね。
―――こちらの感情もつゆ知らず、双子はにこやかに満面の笑みを持って真っ直ぐに俺を射抜いてくる。
「………」
そうだ。明日。
久し振りに彼女に会える………。
俺の怒りは瞬時に収まり、気の抜けた炭酸のように緩く、丸くなった。

「………明日の用意はできたか?」
「「うん、できた!!」」
お揃いの園バッグの中身をひとつひとつ確認して、二人が大きく頭上に丸を作る。
「おう。じゃあもう寝ろ、明日から早いんだろ」
「「うん!」」
ベッドに潜り込む双子を見届け、俺はおやすみと部屋の電気を消す。

「………にいにあの子とうまくいくかな」
「いかないと夏休みに何のためにがんばったかわかんないよ」
「ちきんはやっかいだね」
「だね」
ふあーぁ、と大きな欠伸をして、双子は眠いと目を擦る。

夏休み、たのしかった。
お祭りに花火に、海。にいにといっぱいあそんだ。
明日からいそがしくなるけど、またアイス買ってね。

―――机の上に広げられたままの双子の絵日記には。これでもかと枠からはみ出さんばかりに、自分達と兄の姿が描かれていた。


END.

8/13/2024, 6:39:01 AM

君の奏でる音楽(祈りの歌)


彼女の歌声は百年に一人の逸材だと世間で持て囃された。
透き通るように繊細だが芯があり力強く、聴く者を一瞬で黙らせる能力は天下一品。
皆、聞き入らずにはいられない。
オペラのように滑らかに、高音と低音を使い分ける彼女の歌に世間は夢中になり虜になった。

「素晴らしいわ、今日も拍手が鳴り止まない。あなたの歌声に皆釘付けよ」
「ありがとう。嬉しいわ」
「日に日に人気も高まって、メディアの対応がいっぱいいっぱい。嬉しい悲鳴ね」
―――外へ出れば取材陣と出待ちのファンで溢れ返る。それらに丁寧に対応しながらスルーしてその場を離れる彼女は、完全にスターとして確立されていた。

一日を多忙に過ごし、家に帰ると一目散にベッドに突っ伏す。
………疲れた。
声を整える、特別に配合してもらった飴で喉を労りながら、彼女は気怠げに寝返りを打った。

小さい頃から歌うのは好きと言うより、使命だと思っていた。
歌わなければならない。
何かのために。誰かのために。
この歌声を何処かに、届けなければ―――と。

『歌ってよ』

『歌ってくれたら、すぐに君を見つけて会いに行く』

微睡む夢の中で、その人は静かに微笑んでいた。
懐かしい、遥か昔のいつかの記憶―――。

わたしの歌は、貴方に届いているだろうか。

―――僅かに残る理性で大好きなメロディを夢現口ずさむ。
遠くに置いてきた思い出に瞼を閉じたまま、彼女は切なく微笑むのだった。


END.

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