安達 リョウ

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心の健康(夏の終焉)


長かった夏休みも今日で終わり。
俺は明日から始まる双子どもの幼稚園の用意を一緒に手伝ってやっていた。

「にいに、ぞうきんいる」
「リビングの物置きから取ってこい」
「にいに、うわぐつどっかいった」
「この間洗って外干ししてただろ。どこやった」

にいに、にいに。ああーうるさい。
いやわかってる、その辺の園児と違ってしっかりしてるとはいえ、まだついぞこの間オムツが取れたようなガキんちょだってことくらい。
………夏休みはこいつらのナイスな手助けもあって、意中の彼女との急接近に成功した。まだ幼いとはいえ舌を巻く気の利きように、俺とて恩義を感じていないわけではない。
そうだぞ俺、ここは兄として広い心を持って―――。

「ああっ、にいにの宿題のうえにお茶こぼしちゃったー!」
「はあ!?」
「ええっ、にいにのスマホの待ち受け、あの女の子のしゃしん! かくしどり!?」
「わぁぁぁぁ!!」

俺は息を切らして宿題を回収し、双子からスマホを奪い取る。

「油断も隙もあったもんじゃない………!」
くそ、幼稚園の用意なんぞ安請け合いするんじゃなかった!
沸々とわいてくる怒りのボルテージは留まるところを知らず、一言言ってやらなければ気が済まないと口を開きかけた寸前、

「「にいに明日やっとあの子に会えるね!」」

良かったね。
―――こちらの感情もつゆ知らず、双子はにこやかに満面の笑みを持って真っ直ぐに俺を射抜いてくる。
「………」
そうだ。明日。
久し振りに彼女に会える………。
俺の怒りは瞬時に収まり、気の抜けた炭酸のように緩く、丸くなった。

「………明日の用意はできたか?」
「「うん、できた!!」」
お揃いの園バッグの中身をひとつひとつ確認して、二人が大きく頭上に丸を作る。
「おう。じゃあもう寝ろ、明日から早いんだろ」
「「うん!」」
ベッドに潜り込む双子を見届け、俺はおやすみと部屋の電気を消す。

「………にいにあの子とうまくいくかな」
「いかないと夏休みに何のためにがんばったかわかんないよ」
「ちきんはやっかいだね」
「だね」
ふあーぁ、と大きな欠伸をして、双子は眠いと目を擦る。

夏休み、たのしかった。
お祭りに花火に、海。にいにといっぱいあそんだ。
明日からいそがしくなるけど、またアイス買ってね。

―――机の上に広げられたままの双子の絵日記には。これでもかと枠からはみ出さんばかりに、自分達と兄の姿が描かれていた。


END.

8/14/2024, 2:40:16 AM