麦わら帽子(潮干狩り)
「にいに、見て見て!」
「貝とれたー!」
―――夏休み最後の休日。
俺と年の離れた双子の姉妹は、海に潮干狩りに来ていた。
今日も今日とて親から世話係に任命されて仕方なく、―――という展開ではない。自発的に、というか極力表には出さないが喜び勇んでここに来ている。
なぜなら、
「すごい! いっぱいとれたねー」
なんと意中の彼女を誘うのに成功したからだ。
事の発端は双子に起因する。
休み中暇を持て余していたある日、悪びれる風もなく俺の目を盗んで勝手にスマホを使い、二人がどこかへ電話をかけている姿を目撃した。
「てめぇら何してんだコラ!!」
もちろん俺は激怒。………したが。
「「はい」」
唐突に双子からスマホを突き付けられ、困惑する。
「は?」
「花火のときの女の子と話してる」
「は!?」
慌ててスマホをぶん取ると、通話口の向こうから可笑しそうに笑う楽しげな声が聞こえてきた。
―――そこからわかったのは、花火の日に勝手に彼女の連絡先を聞き出していたこと、遊びに行く約束をしていたこと、そしてその日の段取りを取り付けに俺のスマホから電話をかけていたこと。
双子の身勝手な要求に俺はその場で平謝りしたが、彼女の方から双子達と遊びに行きたいと申し出てくれて―――今。四人で、海に来ている。
「ごめんな、あいつらが無理に誘ったみたいで」
「え、全然! 楽しいし来てよかったよー。いいね、こんな可愛らしい双子ちゃんと兄妹なんて。羨ましい」
「そうでもないけどな」
毎日振り回されてるよ、とうんざり気味に言うと彼女は面白そうに破顔した。
双子達は潮干狩りに夢中で、砂浜の貝を一心不乱に漁っている。
お揃いの麦わら帽子が可愛い、と彼女は二人のしゃがむ姿に目を細めた。
「………にいに、嬉しそうでよかったね」
「うん。電話番号聞いといてよかった」
「にいにじゃ聞けなさそうだもんね」
「ぜったいむり。ちきんだから誘えない」
ヒソヒソと、当人達に聞こえぬよう小声で双子が囁やき合う。
「今日こくはくするかなー」
「ねー」
双子の妄想の際限は尽きない。
貝に没頭しながら、時折横目で二人の成り行きを見守っていた。
―――日が高くなり昼に近づこうかという頃。
そろそろお開きにするかと、俺は双子どもに声をかけた。
「「はーい!」」
………きっとあいつらはまたアイスを寄越せとねだるだろう。まあいい、彼女とだいぶ距離を縮められたし手応えもあった。
彼女の言うように兄思いのいい姉妹ということにしておいてやる。
俺と彼女は並んで歩き、双子らの元へと歩み寄る。
「いっぱいとれたね。お土産たくさんね」
「うん! うれしー!」
幼児用バケツには溢れんばかりの貝の山。
それを手に、案の定双子は俺にアイス!を連呼する。
「うっせーなわかってるっての。いつもの、」
「「ぱなっぷ!!」」
………。そっち?
ああそう、と俺は素直に頷いた。
ビエネッタよりは年齢相応でお財布にも優しい。
―――帰り際、四人で手を繋ぎながら、もしや若夫婦とその子供達とかに間違えられるのでは………?と
年齢不相応の上不埒な妄想に取り憑かれた俺は、ニヤける顔を抑えきれず双子どもに「にいに怖い」と不気味がられるのだった。
END.
終点(恋の行方は定まらず)
未だに下がる気配を見せない、最高気温が限界突破している真昼の夏休み。
もう以下略で済ませたい定番となった、年の離れた双子姉妹のお世話係も板についてきた今日このごろ―――彼女らの目下のお気に入りは電車ごっこだった。
「電車がとおりまーす」
「まーす」
いっちょ前に踏切だ停止線だと、正確さに厳しいごっこ遊びを展開させる心意気だけは買ってやるが、当然の如く巻き込まれる俺はどうにかならんのかと心底思ってしまう。
「にいに乗って」
「乗って」
ハイハイ、ととりあえず素直に従ってはおく。
ついこの間、縄跳びだのスケボーだの炎天下で付き合わされた挙げ句、体調不良で激しい頭痛と目眩に襲われたのはまだ記憶に新しい。それに比べたら涼しい部屋で電車ごっこなんて、可愛いものだ。
いや、それより何より、あまり邪険にすると意中の彼女に何を吹き込まれるかわかったもんじゃない。
好感度を上げるまではいかなくとも、下げる発言をされる可能性は限りなく低くしておかねばならなかった。
「「終点でーす! ご利用ありがとーございましたー!」」
「おう。終わりだな? 終点だもんな」
俺は毛糸で作った電車の囲いを素早く抜け出そうとするが、
「ダメでーす! この電車はただいまよりおりかえしまーす!」
「まーす!」
………。敵のいない無限列車ですか?
俺は溜息をつきながら、まあ幼稚園児のお遊びだからそうなるわなと諦めてもう一度二人の間に挟まれつつ、部屋の中を闊歩する。
………けど、こうしてる間に夏休みも後少し。
双子の世話に明け暮れるのももう僅か、休みが明ければまた彼女に会える。
―――そんなことを考えていると、ふと立ち止まった二人の視線を感じて俺は顔を上げた。
「何だよ、遊んでんだろ」
文句あるのか?と少々圧をかける。
「花火のとき女の子とお話したけど、優しいお兄ちゃんでいいねって言われた」
「うん、だから、おねーさんカノジョになってみる?って言った」
「え………はぁっ!?!?」
花火の時に!? 何だそれ!いつの間にそんな、
「―――それで………、何て言ってた?」
―――俺はごくりと喉を鳴らす。
「「笑ってた」」
笑って………た?
それは一体どういう意味で………?
あの時の彼女を振り返ってみるが、あまりの可愛さに目を奪われていたことしか思い出せない。
双子のマセた発言に引いてないといいんだが………。
―――まあ、それでも。
「………。で。例の如くご所望はビエネッタでよろしいか?」
「「やったー!!」」
にいに、わたしたちいいしごとしたでしょ。
―――双子の絶妙な立ち回りにナイスと思うものの、こいつらを敵に回したらどうなるんだ………と、彼は内心早熟すぎる双子の成長を少しばかり憂うのだった。
END.
上手くいかなくたっていい(重圧をリセットする)
母親になると強くなると、最初に言ったのは誰だったのか。
真夜中にわあわあ泣き止まない我が子を見ると、こちらまで泣きたくなる。
やれミルクは駄目だ、母乳がいいだの
抱っこは癖がつくといけないから、すぐに抱くのは良くないだの
そうかもしれないしそうじゃないかもしれない、新米の母親には判断の難しい状況が、産まれてこのかたずっと続いていた。
………自分の母は小さい頃に急逝し、性に関する情報は全てネットの知識のみ。
妊娠するまではそれで何とか繋いでいたが、お腹に子を宿した途端不安からのストレスに加えて、わたしは不確かな情報に踊らされてばかりの日々を送っていた。
自身の食べるもの、飲むもの、
子供に使うもの、触れるもの、
全てに気を使う生活が毎日続く。
それにつけて育児はストレスが一番の大敵、などと触れ込むのだからたまったものではない。
―――わたしの疲労は日に日に嵩み、睡眠不足と食欲の無さで衰弱の一途を辿っていった。
「………あれ?」
いつ眠ってしまったんだろう。
気づけばベッドの上で布団を被っていて―――わたしはそこで暫く呆けていたが、我に返るとがばりとそこから起き上がった。
赤ちゃんは!?
わたしまだ母乳あげてない!
オムツも木浴も、まだ―――。
―――顔面蒼白でわたしは慌ててベッドから降りる。
するとその瞬間、かちゃりと部屋のドアが開かれた。
目にしたのは、赤ちゃんを抱いたお義母さんの姿。
「やだ、起こしちゃった? ごめんなさいね」
「え、お義母さん………何でここに………」
「最近連絡がなくて心配して来ちゃったの。そしたらあなたが白い顔で倒れていて、びっくりしてしまって」
勝手なことしてごめんなさいね、と再度謝る義母に彼女は堪えきらず涙を溢れさす。
「ありがとう、ございます………!」
気にかけてくれていた。
わたしがいっぱいいっぱいなのをわかってくれていた。もうそれだけで、―――嬉しい。
泣くのを止められないわたしの背を、義母の優しい掌が撫でさする。
「無理しないのよ。失敗したって構いやしない。死なせないっていう気概だけで、子供なんてちゃんと育つんだから」
優しい声。
優しい温もり。
固く閉ざされていたわたしの心を溶かす義母の存在に心底安堵しながら―――わたしは夢中で子供ごと、彼女を抱き締めていた。
END.
蝶よ花よ(足掻いても敵わない)
もう疲れた、俺は疲れた。
早く夏休み終わってくんねーかなあ。
年の離れた双子の世話を、毎日朝から晩まで見るのはしんどい以外の何物でもない。
始めは親から押し付けられて渋々面倒を見ていたが、そのうち双子どもは何もなくても俺に相手をしろと宣うようになっていた。
………しんどい。実にしんどい。
「にいに遊ぼ。なわとび」
「こんな炎天下で縄跳びしたら死ぬよ。いいの?」
「にいに遊ぼ。すけぼー」
「だから外は無理なの。焼け焦げて息絶えるから」
こんっな真夏の最高気温叩き出してる太陽を見て、どうしたらそんなにアクティブになれるんだ? しおらしくお絵描きでもしてりゃ可愛げもあるってのに。
―――俺はソファに寝そべって棒アイスを齧りながら、双子の催促を適当にあしらう。
「にいにが遊んでくれない」
「くれない」
唐突に悲しげに沈む、今にも泣き出しそうなその表情。
俺はそれに敏感に反応すると、慣れた手つきで掌をひらひらと振った。
「ざーんねん、その手には乗らねーよ。お前らの泣き落としなんぞこちとら見飽きてんの。無駄な足掻きはヤメなさい」
「「む」」
双子の表情一転、可愛いお目々の眉間にシワが刻まれる。
「にいにそんなこと言っていーの!?」
「けっ、何とでも言いやがれ」
全く動く気のない兄に、わあわあと一頻り騒ぎむくれた後。
―――彼女らはぼそりと悪魔の一言を言い放った。
「………花火のときのあの女の子に言いつけてやる」
!!
―――俺は働かない脳を無理矢理起こし、一瞬にして計算する。
・こいつらと彼女は顔見知り →
・夏祭りでだいぶ距離が縮まった →
・仲違いしてしょーもない悪口を吹き込まれる →
・俺の心象が悪くなる ←ここに行き着くこと必須!
「………。縄跳びとスケボーするぞ。用意して来い!」
「「やったー!!」」
―――かくして今日もめでたく俺は双子の奴隷に成り下がり、意中の彼女の心を掴むため涙ぐましい努力に励むのだった。
END.
最初から決まってた(偶然もまた運命)
お面に綿あめ、水ヨーヨーに金魚すくい。
祭りの屋台を一通り堪能して、満足気に歩く双子の姉妹の後ろを足取り重くついていく。
例の如く親から世話を押し付けられた俺は、双子の夏祭りに連れてけコールに屈し、今日もよろしくものの見事に奴隷と成り果てていた。
「にいにたこ焼き」
「たこ焼き」
お腹が空いたと連呼され、俺は問答無用で長い列に並ばされる。
―――双子は向かい側の通行止の路肩に肩を並べて座り、ヨーヨーがどうの金魚がどうのと喋り倒していた。
まだ幼いとはいえ性別は女、喧しさは既に身についているようだ。
「まったく長蛇の列じゃねーか。いつになったら買えんだよ」
本来この夏祭りはあのプールの後、皆で来る約束をしていたはずだったのだが―――何人か都合がつかなくなり、そのまま有耶無耶になってしまった。
肝心の彼女は来ているんだろうか。
………聞けばよかった、と今頃後悔するチキンの俺。
暫くしてたこ焼きふたつを手に、双子らの元へ戻ってみると。並んで座る彼女らの隣に居たのは浴衣を着ている、よく見知った―――。
「あ、にいに。おそい」
「おそい」
立ち上がった双子の隣で、にこにこ微笑みながらその人も立ち上がる。
「偶然だね。来てたんだ」
「お、おう」
突然の意中の彼女の姿に―――それもとびきり美人な出で立ちでの登場に、俺は挙動不審になるのを隠せない。
「家族水入らずのとこごめんね。見覚えのある双子ちゃんが見えて、つい声をかけたら話し込んじゃって」
「い、いや全然構わねーよ。そっちは、友達と?」
「うん。今屋台に買い出しに行ってる」
何だ何だ、今日は死ぬ程ツイてるじゃねーか!
てかめちゃくちゃ可愛い。可愛くて直視できん。
「にいに何かヘン」
「うん、ヘンすぎ」
うるせーよ。黙っとけ。
「あ、友達買えたみたい。じゃあ行くね。また新学期、学校で」
双子ちゃんも、またね。
笑って小さく手を振る彼女に、俺はたこ焼きを持ったまま咄嗟にあのさ、と声を上げた。
「もし良かったら今度、」
「「あ」」
ヒュルヒュルと空を切って昇る、一筋の線。
花火!!のハモりと共に辺りに劈く爆音と派手に開いた、一瞬の大輪。
―――周りの目が一斉にそれに注がれた後、我に返ると俺に笑顔で手を上げて去って行く彼女の姿が目に入った。
ああ………、とはなったものの、今日は短くとも会えただけでラッキーだ。
というかこいつらがいなきゃこんな偶然にも遭遇しえなかったと思うと、何とはなしに崇め奉りたい気分になる。
「………お前ら、ご褒美に何が欲しい?」
俺の突然の“ご褒美”に双子がきょとんとする。
彼女らは暫く頭を捻って考えた後、
「「ビエネッタ」」
………またもハモられたそれに、お前らどんだけ好きなんだよと呆れながら、俺は二人の頭をわしゃわしゃとかき回した。
END.