安達 リョウ

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上手くいかなくたっていい(重圧をリセットする)


母親になると強くなると、最初に言ったのは誰だったのか。

真夜中にわあわあ泣き止まない我が子を見ると、こちらまで泣きたくなる。
やれミルクは駄目だ、母乳がいいだの
抱っこは癖がつくといけないから、すぐに抱くのは良くないだの
そうかもしれないしそうじゃないかもしれない、新米の母親には判断の難しい状況が、産まれてこのかたずっと続いていた。
………自分の母は小さい頃に急逝し、性に関する情報は全てネットの知識のみ。
妊娠するまではそれで何とか繋いでいたが、お腹に子を宿した途端不安からのストレスに加えて、わたしは不確かな情報に踊らされてばかりの日々を送っていた。

自身の食べるもの、飲むもの、
子供に使うもの、触れるもの、

全てに気を使う生活が毎日続く。

それにつけて育児はストレスが一番の大敵、などと触れ込むのだからたまったものではない。
―――わたしの疲労は日に日に嵩み、睡眠不足と食欲の無さで衰弱の一途を辿っていった。


「………あれ?」

いつ眠ってしまったんだろう。
気づけばベッドの上で布団を被っていて―――わたしはそこで暫く呆けていたが、我に返るとがばりとそこから起き上がった。
赤ちゃんは!?
わたしまだ母乳あげてない!
オムツも木浴も、まだ―――。
―――顔面蒼白でわたしは慌ててベッドから降りる。
するとその瞬間、かちゃりと部屋のドアが開かれた。

目にしたのは、赤ちゃんを抱いたお義母さんの姿。

「やだ、起こしちゃった? ごめんなさいね」
「え、お義母さん………何でここに………」
「最近連絡がなくて心配して来ちゃったの。そしたらあなたが白い顔で倒れていて、びっくりしてしまって」
勝手なことしてごめんなさいね、と再度謝る義母に彼女は堪えきらず涙を溢れさす。

「ありがとう、ございます………!」

気にかけてくれていた。
わたしがいっぱいいっぱいなのをわかってくれていた。もうそれだけで、―――嬉しい。

泣くのを止められないわたしの背を、義母の優しい掌が撫でさする。

「無理しないのよ。失敗したって構いやしない。死なせないっていう気概だけで、子供なんてちゃんと育つんだから」

優しい声。
優しい温もり。

固く閉ざされていたわたしの心を溶かす義母の存在に心底安堵しながら―――わたしは夢中で子供ごと、彼女を抱き締めていた。


END.

8/10/2024, 7:50:10 AM