安達 リョウ

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8/7/2024, 6:53:45 AM

太陽(プール日和)


燦々と輝く太陽の下、庭に昔ながらのまーるいプールを広げて蛇口にホースを繋ぎ、水を注ぐ。
照りつける日差しがやたら眩しくて、俺は強めに目を細めた。

「にいに、水足りない」
「足りない」

―――夏休み。
年の離れた双子の姉妹の面倒を押し付けられて、俺はうんざりしながらハイハイと返事をする。
「「にいに、てきとーすぎ」」
「うるせーな。ハモんなよ」
蛇口をさらに一捻りして、水遊びに精を出す彼女らに言葉少なく渋々従ってやる。
その名の如く奴隷と成り下がった俺は、あからさまに盛大な溜息を吐いた。

くっそ何で高校生が幼稚園児の相手しなきゃなんねーんだよ。
こっちだってな、勉強やら(せんけど)デートやら(相手?知らん)で忙しいんだっての。
高校生の夏休み台無しにすんな、バカにすんな。
俺は押し付けた親に心の中で悪態をつく。

「にいに遊んで」
「遊んで」

「は? 遊んでんだろが、充分」
プールの内を溜めていたホースを取り出し、俺は双子の頭に真上から水をかけてやる。
きゃはきゃはと二人の笑う声に俺も何となく口角を上げながら、………まあこういうのもたまにはいいか、と自分を何だかんだで納得させた。

「あれ、今日はお世話係か?」
「ん?」
顔を上げると、視線の先には近所に住む同級生の幼馴染み。
「おう。仕方無しにな」
「そっか。それは邪魔したなあ」
―――意味深に残念がる様子に、俺は訝しんで首を捻る。
何だ、誘いに来たのか?
そう問うと、奴はにやりと笑って爆弾を落とした。

「2組の連中にプール誘われてさ。お前もどうか、って。―――あの子も来るらしいぜ」
………。“あの子”。
「!!!」
俺は思わず持っていたホースを取り落として、あたふたする。そして一も二もなく頷くと、すかさず行く!とその場で喚いた。

「「にいに!?」」
………4つの視線が突き刺さる。
後ろめたい気持ちはあったが、しかしこのチャンス、逃すわけにはいかない。
並んで責め立てる二人の幼い肩を抱き、俺は真剣な面持ちでそこに屈んだ。

「土産は駄菓子でどうだ?」
「「イヤ」」
「………アイス。パピコ? ピノ?」
「アイスでいいけど、」
「けど、」

「「ビエネッタ」」

………。そこはレディボーデンとかハーゲンダッツだろ普通………。

「わかった。約束な!」

待ってろと幼馴染みに目線だけで伝えて、俺は家に入り大急ぎで支度する。

「ねーねー」
「ん? なに?」
「にいにの好きなひとってかわいい?」
4つの目がキラキラと彼を射抜く。
参ったな、イマドキの幼稚園児はマセてるなあと。

一向に弱まらない日光の下、幼馴染みは言葉を濁しつつ、彼が出て来るのを心待ちにしていた。


END.

8/6/2024, 7:06:54 AM

鐘の音(憧憬)


夕方になると決まって聞こえてくる、お寺の鐘の音。
わたしが小さい頃から鳴っていたので、それはそれは古くからの由緒正しいお寺さんであることは間違いない。
友達と心ゆくまで遊んで、帰る頃に厳かに鳴り出すそれは“もう帰る時間だよ”と時刻を示してくれているようで、時計を持ち歩かない小学生には有り難い存在だった。
そして大晦日には、近所の人達が並んで鐘を撞きに来る。
―――寒い中、かじかむ手で綱を引き勢いをつけて鐘の音を鳴らす。一度。二度。三度。
昔から続く、日本ならではの風物詩。
それが普通だった。ずっと。………これまでは。

「えっ、辞めた? 鳴らすのを?」
「そうみたいよー。苦情でね」

………。そういえば確かに、最近日が暮れてもどことなく静かだった気がする。あの音を聞いていない。

「新しい家が沢山出来て、そこの若い家族からの苦情かな?と思ったんだけど。そうじゃないみたいね」
「そうじゃないって………」
「昔からお寺を支えてきたお年寄りの一人が、どうにもうるさいって文句つけたらしくって。うちが一番近くて被害がある、騒音だってね」
今まで暗黙の了解でやってきたのにねえ。
―――母の大して気にも止めていない、何気ない言葉にわたしはただ無言になる。

うるさい、って。
そんなの何も出来ないじゃん。

………近頃よく見かける看板には無機質な字体で、
―――ボール遊び全面使用禁止。
―――空き地に子供は入ってはいけません。
なんて書かれている。
そもそも廃家を更地にして公園になっても、予算がないのか知らないが遊具のひとつも置いていない。

………夕暮れ、遊び倒して薄暗い道を友達と自転車を押して帰った。
鐘の音を数え合って、疲れたね、また明日ねって。
―――もうわたしの住むここではその風景がなくなりつつある。都会だからか田舎だからか、はたまた関係なしにそうなっていっているのか。

あの頃の懐かしい声や音や景色は、今でも脳裏に鮮やかに蘇るのに―――それを再現する手立ては今やもう、失われて等しかった。


END.

8/5/2024, 6:48:14 AM

つまらないことでも(隣に居れば幸せ)


わたしは面白くて楽しいことが大好き!
デートに行くなら断然遊園地、テーマパーク派。
ハイキングや体験型アクティビティにも興味があって、何せ体を動かして遊ぶことが好きで仕方ない。

だから彼氏になる人も絶対同じタイプじゃないと!
楽しさを分かち合えるひとじゃないと無理。
顔より背よりもフィーリング。
なので大人し目のひとはまあ、ナシかなって思ってる。
けどそれは仕方ないよね、相性の問題なわけだし………。


俺は穏やかに、日々を慎ましく暮らしていたい。
デートに行くなら美術館や博物館、あと今流行りのアートアクアリウムにも興味がある。
二人で手を繋いで、落ち着いて見て回れる空間が居心地良くていいと思う。

何なら家を行き来して、料理や菓子をあーだこーだと作ってみるのも悪くない。
顔より体型よりも安心感。地に足をつけた包容力。
なので賑やかな、騒がしいひとは苦手かなと思ってる。
けどそれは仕方がないよな、相性の問題なわけだし………。


「………」
「………」

人というのはわからないもので、真逆の人間に惹かれたりするのだからタチが悪い。
自分に無いものに憧れる、といえば聞こえはいいが、いざ付き合うとなるとこれがなかなかに難しい。

相手を知って想えば想うほど、

つまらなくない?
我慢してない?

………なんていらないことを考えてしまう。

「あの」
「あのさ」

―――とりあえず無難にと選んだ何度目かのショッピングデートで、彼らは思い切って口を開いた。

「もっとお互い色々と知りたいからさ」
「わたしも。もっとたくさん分かち合いたいなって思ってた」

だから、

「君が」
「あなたが」

笑顔になれる場所へ連れて行ってくれない?


………趣味や趣向がてんで違っていたとしても、それはそれで構わない。好きな人の、笑った顔が見たいから。

同じ思考で同じ言葉を口にした時点で、二人のフィーリング最高じゃん?と。

彼らは繋いだ手を握り直して、共にただ純粋に、笑い合った。


END. 

8/4/2024, 6:32:33 AM

目が覚めるまでに(制裁は沈黙の先に)


午前4時。
外はまだ日が昇るには早く、静けさと暗闇が辺りを包んでいる。
―――そんな中、わたしは身支度を整え大きなバッグを肩に、彼が眠るベッドの脇に佇んでいた。
見慣れた寝顔。淡々と繰り返される呼吸音。
ああ、これで見納めなのだ、と思うとどこか感慨深かった。

同棲してからというもの、手こそ上げられなかったもののそれ以外はほぼ全て受けてきたと思う。
ハラスメントの類全般と、浮気、借金。
まるで洗脳紛いの彼の口の上手さと究極の甘え上手、そして最後には伝家の宝刀である見事なまでの泣き落とし。
これらにずっと乗せられてきたが、それが解けた今、なぜこんな男に献身的に尽くしてきたのか―――自分でも全く持って理解不能、滑稽で仕方がなかった。

魔法が解けたのは、彼の浮気相手に悉く彼を押し付けられたから。
普通なら修羅場になるはずなのに、彼を巡って起きる騒動が何も無い。

『わたし別に本命がいるから』
『え、いらないわよ。こっちから願い下げ』
挙句の果てには、
『………こんなのと一緒にいて大丈夫?』
だと。いやあんたに言われる筋合いはないわ。

浮気相手から相手にされず、泣き付く先はといえばいつもわたし。
仕方無しに何度かは許したが、急に突然、何の前触れもなくこの男の全てが嫌になった。
不良債権の処理のしすぎに嫌気が差して堪忍袋の緒が切れたとでも表現しようか。

―――一度気持ちが切れてしまえば話は早く、わたしはあれよあれよと荷物を纏め、そういう経緯を経て今ここにいる。
………話し合いも、別れ話も。結果が見えているので直接はしない。
口八丁で丸め込まれるのはもうたくさんだった。

わたしはベッドライトのサイドテーブルに、手紙をそっと忍ばせる。
未練?一切ない。これで最後、次など無い。

「バイバイ」

わたしの愛に見向きもせず、自分勝手気儘に振り回されて暮らしたこの数年間。
返してと言いたいが、これも勉強代だと思って痛いけれど相殺してあげる。

―――二度と私の前に現れないで、と。
彼女は彼を惜しむことなく、軽やかな足取りで部屋から出て行った。


END.

8/3/2024, 6:35:28 AM

病室(正解のない選択)


行くか行くまいか大いに悩んで、顔を見たらすぐに帰ればいいとお祝いを包んでわたしは病院へと足を運んだ。
幼い頃からの親友と顔を合わすと、嬉しい、ありがとう!と彼女はわたしの訪問を心から喜んでくれて、明日退院なのと幸せそうに語ってくれた。

―――小さなベッドに横たわる、小さな命。

ふくよかで元気に動く彼女の子は、何の問題もなく健康そうだった。

「明日から実家生活よ。一ヶ月くらい」
「うんうん、出産の疲れを癒すにはやっぱり実家だね」
「帰ってきたらまた遊びに来て。いつでも待ってる」

結婚を期に退職し、子供が産まれ、これから新しい生活を歩んで行く彼女。
片や仕事にやり甲斐を見出し、恋愛とはまるで無縁の生活の中を歩んでいるわたし。
道を違えたと確定するのはさすがに年齢的にも早すぎるけれど、この時点で見据えている未来は、お互いに全くの別方向を向いているのは確かだった。

他愛ない会話を交わして、わたしは無理せず大事にしてねと病院を後にする。

………恋愛して結婚して。
退職せず産休を取り、子供と仕事のバランスを旦那になる人と二人で分担しながら、自治会と学校の行事に参加して。
学費の工面をし、老後に備える。
理想はこれ。

………。できる………のか?

考えると薄ら寒くなるのはなぜだろう。
わたしの覚悟が足りないのだろうか。

「そもそも初手の恋愛をする、でもう躓いてるんだけども」 
………ああ、早くももう詰んでしまっている。

どうにも未来の見えない、不透明さを目の当たりにしてわたしはただただ凹んでしまう。

仕事と恋愛、どっちを取るの!?

―――昔よく言われた、頭の足りない二進も三進もいかないような二択を、今は世間から迫られているような気がして仕方がない。

「だったらわたしはもう、諦めて」

期待に応えられず、匙を投げられても構わない。
どう転んでもなるようにしかならないのだ、と半ば自棄になりながら、わたしは無理矢理自分を納得させた。


END.

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