安達 リョウ

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目が覚めるまでに(制裁は沈黙の先に)


午前4時。
外はまだ日が昇るには早く、静けさと暗闇が辺りを包んでいる。
―――そんな中、わたしは身支度を整え大きなバッグを肩に、彼が眠るベッドの脇に佇んでいた。
見慣れた寝顔。淡々と繰り返される呼吸音。
ああ、これで見納めなのだ、と思うとどこか感慨深かった。

同棲してからというもの、手こそ上げられなかったもののそれ以外はほぼ全て受けてきたと思う。
ハラスメントの類全般と、浮気、借金。
まるで洗脳紛いの彼の口の上手さと究極の甘え上手、そして最後には伝家の宝刀である見事なまでの泣き落とし。
これらにずっと乗せられてきたが、それが解けた今、なぜこんな男に献身的に尽くしてきたのか―――自分でも全く持って理解不能、滑稽で仕方がなかった。

魔法が解けたのは、彼の浮気相手に悉く彼を押し付けられたから。
普通なら修羅場になるはずなのに、彼を巡って起きる騒動が何も無い。

『わたし別に本命がいるから』
『え、いらないわよ。こっちから願い下げ』
挙句の果てには、
『………こんなのと一緒にいて大丈夫?』
だと。いやあんたに言われる筋合いはないわ。

浮気相手から相手にされず、泣き付く先はといえばいつもわたし。
仕方無しに何度かは許したが、急に突然、何の前触れもなくこの男の全てが嫌になった。
不良債権の処理のしすぎに嫌気が差して堪忍袋の緒が切れたとでも表現しようか。

―――一度気持ちが切れてしまえば話は早く、わたしはあれよあれよと荷物を纏め、そういう経緯を経て今ここにいる。
………話し合いも、別れ話も。結果が見えているので直接はしない。
口八丁で丸め込まれるのはもうたくさんだった。

わたしはベッドライトのサイドテーブルに、手紙をそっと忍ばせる。
未練?一切ない。これで最後、次など無い。

「バイバイ」

わたしの愛に見向きもせず、自分勝手気儘に振り回されて暮らしたこの数年間。
返してと言いたいが、これも勉強代だと思って痛いけれど相殺してあげる。

―――二度と私の前に現れないで、と。
彼女は彼を惜しむことなく、軽やかな足取りで部屋から出て行った。


END.

8/4/2024, 6:32:33 AM