安達 リョウ

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7/28/2024, 1:32:06 AM

神様が舞い降りてきて、こう言った(幸せの原点)


―――私は度々下界に降りて人間の情報を収集する。

天界で転生の準備に勤しむ傍ら、たまに息抜きを兼ねて下界の社会に紛れ込み、その生活を垣間見るのだ。
暮らしに溶け込むのは容易で(単に人間には私の姿は見えないだけなのだが)、歩いていても何ら支障が出ることはなく、全て滞りなく収集は行われた。

たまに、極稀に私の姿が見える相手と出会うことがある。

物珍しさもあって願いをひとつ叶えてやろう、などと口走ったら最後、皆口を揃えて

「お金!」
「お金!」
「お金が欲しい!」

と連呼した。
オブラートに包む・包まないの差はあったものの、見える誰しもがそう私に億万長者の夢を請うた。
この世界で楽に暮らし、楽に生きる。
余りある富、その欲望が人を動かす糧となるらしい。

―――皆、かつては私が天界で転生させた子供達。
欲望など微塵もなく、幸せになる!と滑り台を降りていった小さなあの姿は、………跡形もなくどこかへ消え失せていた。

失望とまでは言わないが、心が重い。

私は今回は早々に収集を終え、天界に帰る準備を始めた。暫くは降りるのを控えよう―――と思いながら。

「あ」
ドン、と何かにぶつかる。
見えないはずの私は万物をすり抜けるのに、一体何が当たったのかと見遣ると、幼い子供が弾みで道路に倒れ込んでいた。
しまった、見える側かと私は慌てて近寄るとその子に手を伸ばす。
「すまない。大丈夫か?」
「痛い………けど、平気。強い子だから泣かないよ」
そうか。偉いな。―――私はその小さい彼に微笑んだ。

「おじさん何か変。僕以外の人はみんなおじさんと当たらなくない?」
「私は人じゃないからね」
「え、人じゃないの? ユーレイ?」
「………まあそんなところかな」
「ふーん」

………ふと。気紛れに私は聞いてみる。

「これも何かの縁だろう。ひとつ願いを叶えよう、と言ったら君は何を望む?」
「望む? んーと、」
―――幼い彼はほんの少し悩んだ後、

「この怪我治して?」

と先程転んで擦りむいた箇所を指差した。
私は分かった、と指を翳してその傷をいとも簡単に治癒してみせる。
その処置にほぉー、と感心して目を輝かせた彼は、私に満面の笑顔で

「ありがとう!」

―――と礼を言った。

それは天界でいくつも目にした、可愛い私の子供達の笑顔そのものだった。
願いを叶えて走り去って行く後ろ姿を、私は黙って見送る。
………それを終えると私は静かに姿を消した。

―――滑り台を経て、転生した私のかけがえのない子供達。
多くの試練と困難を乗り越え、どうか満たされてまたここへ還ってきてほしい。

全ての子供達の魂に。
たくさんの幸福と、輝きを。


END.

7/27/2024, 3:59:53 AM

誰かのためになるならば(君を誇る)


今この手紙を読んでいるということは
わたしはもう回復する見込みがないということだね
それはとても悲しくて辛いけれど
でも誰かがこの手紙の存在を覚えていてくれて良かった
普段からわたしの話を聞いていてくれて
心に留めていてくれたからだね

お願いがあります
わたしの臓器を、待っている人達に提供して下さい
嫌だと反対するかもしれない
残された方の気持ちも考えろと思うかもしれない
わかったと簡単には承諾できないし
わたしが残された方だったら、泣いて反対するような気がする

けれどわたしの心臓や 肺や 角膜が
誰かの明日へと繋がる道になるなら
わたしもその人の中でまた新たに一緒に人生を歩んでいける気がする
その人の血や肉になって 助けていける

そうしてくれたらまたきっと会えると思うし
必ず会いに行くから
だからお願いします
わたしの最後の我儘 どうか聞き入れてくれないかな

親不孝でごめんね 今までありがとう
また会える日を、信じて


「………思い出さなきゃよかった」
『わたしがもし脳死状態とかで治る手立てがないような状況になったら、本棚の一番右端に手紙があるから読んでね!』
―――何かにつけて、口酸っぱく言っていた娘。
そんな状況、万に一つもないからと笑って流していたのに………。

手紙を握り締める彼女の肩を、夫である彼が優しく抱き寄せる。

脳死状態で運ばれた時、娘はドナーカードを所持していた。
………嫌だった。
あの子のものはあの子だけのもので、絶対に五体満足で天国に逝かせると断固反対した。

どうして。なぜ、思い出してしまったのか。
こんなのを読んだら、もう何も言えないではないか。

娘の笑顔がわたしの全てを埋め尽くす。

“必ず会いに行くから”―――

………あの子は一度約束したことは、絶対に反故にしない子だった。

「また、会える………?」
胸の内から一語一句、噛み締めるように問う。
ただ黙って頷く夫に、わたしは両手をその背に回して抱きついた。
抱きついて、幼い子のように人目も憚らず大声で泣いた。

―――名前も知らない誰かの中で、あの子はこれからも生き続ける。
また会えるその日まで、わたしもしっかりと生きなければ………。

娘のいなくなった部屋の片隅で。
開け放たれた窓からの風に、カーテンが優しく揺らいでいた。


END.

7/26/2024, 6:01:41 AM

鳥かご(籠の中の鳥は)


立地が良く、見晴らしも良い。

そこを気に入り、だいぶ背伸びをして高級マンションを購入してから早一年。
毎月毎月なけなしのお給料から一際目立って引き落とされる住居費はかなりの痛手だったが、それでもそのステータスを手放したくなくてわたしは懸命に働いた。
仕事が終わり帰るのは、日付けを跨ぐことはなくても結構な遅い時刻で、蓄積されたストレスはじりじりと確実に自身の上にのしかかっていた。

「はあ、………」
―――やっとエントランスまで辿り着いた。
わたしは気怠げにエレベーターに乗り、部屋の階層の番号を押す。
………ここに住み始めてから会社を定時で上がった試しがない。
身分不相応な買い物をした自覚は余り有ったし、何よりも気に入っていたからどうにかここまで頑張ってきたものの………正直、キツイ。

エレベーターが到着し、部屋までわたしは足取り重く進んでいく。

人間、無理をすると色々な所に支障をきたす。
職場での人間関係だったり恋愛のすれ違いだったり。もっと心に余裕さえあれば何ら問題はないはずなのに、疲労の蓄積で気も頭も回らず綻びが生じていく。

こんなはずじゃなかったのに。
そう思うことが確実に増えていた。

―――鍵を開け中に入り、わたしは直ぐにベランダに通じる窓を開けてそこに寄りかかる。
嫌なことがあると真っ先にそうするのが日課だった。
とりあえず景色に癒されて、落ち着いて、………。
「………? うん?」
―――何か今、物音が………。
振り返ろうとした瞬間、背後からバサッ!と何かが羽ばたく音がした。
「!?」
え………まさか!
わたしは慌てて飼っているセキセイインコの鳥かごを確認する。
「うそ、」
―――かごの入口が開いている。
長年一緒に暮らしてきた、色味鮮やかなセキセイインコ。
言葉もいくつか覚える賢い子だ。
疲れた時に懐いて甘えてくるのが無性に可愛く、ここからの景色同様わたしに癒しを与えてくれる大事な存在。
「何で開いてるの、信じられない」
わたしが閉め忘れた? それともこの子が自分で?

―――いや今はそれどころじゃない。

開け放ったベランダに、何食わぬ顔でチョコンと止まる姿が愛らしい。

「い、いい子だねー。そろそろお部屋入ろうかー」
刺激しないように優しく、自然を装って。
ゆっくりと手を伸ばすわたしを嘲笑うように、次第に距離が離れていく。
「ダメだよ、かごから出ても良いことないよ。自由になっても外は面倒だらけなの。ここにいれば、」

不自由でも 生きるのには困らないよ

―――わたしはそう言いかけて口を噤んだ。

「あ、」
一瞬の間の後。バッと羽を広げる音と共に、インコは夜の闇に呑み込まれ消えて行ってしまった。
………見送るしかないわたしはその場に呆然と立ち尽くす。

不自由でも生きるのには困らない、
自由の身で生きるのに苦労をする、

―――どちらを選んでも籠の内。
真の自由なんてどこにも有りはしない。

わたしはあの子がそのうち戻ってくるのではと、飛び去った方角から目を逸らすことなく長いことそこで眺めていた。


END.

7/25/2024, 5:46:54 AM

友情(折れない強さ)


その薄っぺらさに血反吐を吐くんじゃないかと本気で思ったことがある。

「思い返せば小学生の頃から、エセ友情マウント合戦は始まってたなー」
―――お昼時、皆がお弁当を広げる賑やかな教室で。
女二人、話題はいつしか友人絡みの痛い話に移行していた。
「例えば?」
「よくあるところで言えば、マラソン大会当日に一緒に走る約束をしてたのに裏切って途中からダッシュする、とか。テスト当日に『全然勉強してない』って言いながら後日テスト返しで中々な高得点叩き出してたりとか」
「それ最早、ド定番あるあるじゃん。身近すぎて友情にひびも入らないよ、イマドキ」

だって自分も身に覚えがあるしね。

けんもほろろにあしらわれて、わたしはちょっとムットする。
………マラソンもテストも、鵜呑みにしたわたしが悪いって?
「何よ、とっくに経験済みだからってそんなに荒まないで。わたしは友情の儚さに傷ついてるの、これ以上性格捻くれたくないのよ」
わたしは純真なの、と胸に両手を当ててキラキラ効果を演出させる彼女に、目の前の友人は寒いからやめてと素っ気なく悪態をつく。
「けどほんとに、それくらいじゃ痛い話には程遠いって」
「まだあるよ」
「? なに」

「心底心許してた人間に、付き合って間もない彼氏取られるとか」
………。
「しかも告白のお膳立てまでして、見事成就したのを一緒にお祝いした矢先とか」
………。

「これもド定番に入るのかな」

うーん、と悩むわたしに、彼女は丁寧に箸を置くと、身を乗り出して頭上にその手を差し出した。
―――そのままぽんぽん、と優しく二度ほどはたかれる。

「どんまい」
「………あ、やっぱり稀有だったか」

最近やっと立ち直って愚痴話に昇華できるようになったから、もういいのだけど。
友情とは硝子細工のように脆いとはよく言ったものだとその時は痛感した。
「そんなの両人共引っ叩いてやればよかったんだよ。学校中に曝して触れ回って、いたたまれなくして退学まで追い込むのが正解」
………。本気で怒ってるな。耳が赤い。

「うん、まあもう忘れたよ。どうでもいいの。それより今日さ、スタバ寄ってかない? 新作出たの味見しに行こうよ」
「お、いいねー」

………そんなことがあっても人間不信にならなかったのは、あなたと同じような反応を示してくれる人達が思いの外たくさんいたから。

わたしはスマホを取り出しスタバのメニューを表示すると、彼女と二人で美味しそう!と盛り上がり、心を弾ませた。


END.

7/24/2024, 7:07:21 AM

花咲いて(願い花)


この時期になると皆、ある花を探すのに躍起になる。
“一年に一度、ひとつだけ願いを叶えてくれる虹色の花”―――
その花が開花している間に願い事を言えば、どんな難しい、突拍子のないものでも叶えてくれるらしい。

開花時間は僅か5分。

この夢のような花を探し出そうと会社や学校は臨時で休みになり、ショッピングセンターは休業、ありとあらゆる分野の大小の店がほぼ確実に閉まるので、毎年社会はあっという間に機能しなくなる。
気を抜くと生活が危うくなりかねない事態を防ぐために、国民はこの花の開花時期が近くなると様々な物を買い込んで万全に備え、なおかつ自分も花探しに参戦するというどこか荒んだ暮らしを余儀なくされるのだった。

―――そんな、花探しに閑散とした街でひとりの少女が朝顔の鉢を手に、帰路についていた。
ご機嫌な表情で家の扉を開け、母を呼ぶ。
「おかあさーん、見てー、朝顔!」
ねえねえ!と玄関で待つが、誰もいないのか静まり返っている。
「………あ」
『明日から花探しで遅くなるから、お留守番していてね』
………。そうだった。
今日から夏休みだっていうのに、お父さんもお母さんも花探しで家を空ける日が多くなるらしい。
―――わたしは独り寂しく家に入ると、部屋の勉強机の上に鉢を置いた。

………そんなに大事な花なのかな。
わたしを放っぽって探すほど価値があるの?
そんなのより、朝顔が開くところお母さんと一緒に見たかったのに………。

今日は夕飯は用意されていて、先に寝ているように言われている。
話もできないなんてやだな、と思いながらもわたしは仕方なくそれに従った。
………独りの食事。ほぼ、味がしない。
お風呂に入り寝支度をすると、わたしは早々にベッドに潜り込んだ。
「どんな色の朝顔が咲くかなあ」
楽しみ、楽しみ。
―――わたしはただそれだけを思い、眠りについた。


「………。何これ………」
早朝、日が昇るほんの少し前。
鉢の朝顔は支柱に巻き付いた茎の上で、開花を始めていた。
―――煌びやかに、虹色に。
「え、何で? 朝顔じゃなかったの?」
軽くパニックになり、どうしようという頭でいっぱいになる。
ええ? 嘘でしょ? 朝顔じゃないなんて。というかだったら、これは………。

“一年に一度、ひとつだけ願いを叶えてくれる”
“虹色の花”

これが? これがそうなの?

完全に開花しきり、虹色に輝くそれを見て母を呼ぼうとわたしは椅子から立ち上がりかけたが、………不意にまた座り直した。
―――思い出すのは、独りの夕食と入浴、就寝。
昨日は学校から帰ってから誰とも喋ってない。
言いたいこと、聞いてほしいこと沢山あったのに………。

開花からまだ僅かだが、輝きが鈍くなる。
どうやらこのまま時間が経てば萎れていくようだった。

今呼んだら、願いは叶うかもしれないけど………
この花って毎年どこかで咲いてるはず。
去年までも夏休みは寂しくて仕方なかった。
今年は良いとしても、来年再来年、そのまたずっと先まで―――やっぱり夏休みは独りなのかな。

願い事………。

くすみ始めたその花に、少女は思い切って口を開く。

「この花が永遠になくなりますように!」

―――やがて花は枯れ、机の上に萎びた花弁を散らすと、その生命を終えたのだった。


それからは、虹色の花のことに触れる者は誰一人現れなかった。

「おかあさーん、見て見て向日葵!」
「あらあら」

夏休み初日。
活気立った街には子供達が手にした黄色の向日葵で溢れ返った。

―――あの時見た虹色の花よりも、何倍も綺麗かも。

わたしは鉢の向日葵に黙ってそっと微笑むと、その根元に優しくジョウロを傾けた。


END.

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