安達 リョウ

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花咲いて(願い花)


この時期になると皆、ある花を探すのに躍起になる。
“一年に一度、ひとつだけ願いを叶えてくれる虹色の花”―――
その花が開花している間に願い事を言えば、どんな難しい、突拍子のないものでも叶えてくれるらしい。

開花時間は僅か5分。

この夢のような花を探し出そうと会社や学校は臨時で休みになり、ショッピングセンターは休業、ありとあらゆる分野の大小の店がほぼ確実に閉まるので、毎年社会はあっという間に機能しなくなる。
気を抜くと生活が危うくなりかねない事態を防ぐために、国民はこの花の開花時期が近くなると様々な物を買い込んで万全に備え、なおかつ自分も花探しに参戦するというどこか荒んだ暮らしを余儀なくされるのだった。

―――そんな、花探しに閑散とした街でひとりの少女が朝顔の鉢を手に、帰路についていた。
ご機嫌な表情で家の扉を開け、母を呼ぶ。
「おかあさーん、見てー、朝顔!」
ねえねえ!と玄関で待つが、誰もいないのか静まり返っている。
「………あ」
『明日から花探しで遅くなるから、お留守番していてね』
………。そうだった。
今日から夏休みだっていうのに、お父さんもお母さんも花探しで家を空ける日が多くなるらしい。
―――わたしは独り寂しく家に入ると、部屋の勉強机の上に鉢を置いた。

………そんなに大事な花なのかな。
わたしを放っぽって探すほど価値があるの?
そんなのより、朝顔が開くところお母さんと一緒に見たかったのに………。

今日は夕飯は用意されていて、先に寝ているように言われている。
話もできないなんてやだな、と思いながらもわたしは仕方なくそれに従った。
………独りの食事。ほぼ、味がしない。
お風呂に入り寝支度をすると、わたしは早々にベッドに潜り込んだ。
「どんな色の朝顔が咲くかなあ」
楽しみ、楽しみ。
―――わたしはただそれだけを思い、眠りについた。


「………。何これ………」
早朝、日が昇るほんの少し前。
鉢の朝顔は支柱に巻き付いた茎の上で、開花を始めていた。
―――煌びやかに、虹色に。
「え、何で? 朝顔じゃなかったの?」
軽くパニックになり、どうしようという頭でいっぱいになる。
ええ? 嘘でしょ? 朝顔じゃないなんて。というかだったら、これは………。

“一年に一度、ひとつだけ願いを叶えてくれる”
“虹色の花”

これが? これがそうなの?

完全に開花しきり、虹色に輝くそれを見て母を呼ぼうとわたしは椅子から立ち上がりかけたが、………不意にまた座り直した。
―――思い出すのは、独りの夕食と入浴、就寝。
昨日は学校から帰ってから誰とも喋ってない。
言いたいこと、聞いてほしいこと沢山あったのに………。

開花からまだ僅かだが、輝きが鈍くなる。
どうやらこのまま時間が経てば萎れていくようだった。

今呼んだら、願いは叶うかもしれないけど………
この花って毎年どこかで咲いてるはず。
去年までも夏休みは寂しくて仕方なかった。
今年は良いとしても、来年再来年、そのまたずっと先まで―――やっぱり夏休みは独りなのかな。

願い事………。

くすみ始めたその花に、少女は思い切って口を開く。

「この花が永遠になくなりますように!」

―――やがて花は枯れ、机の上に萎びた花弁を散らすと、その生命を終えたのだった。


それからは、虹色の花のことに触れる者は誰一人現れなかった。

「おかあさーん、見て見て向日葵!」
「あらあら」

夏休み初日。
活気立った街には子供達が手にした黄色の向日葵で溢れ返った。

―――あの時見た虹色の花よりも、何倍も綺麗かも。

わたしは鉢の向日葵に黙ってそっと微笑むと、その根元に優しくジョウロを傾けた。


END.

7/24/2024, 7:07:21 AM