安達 リョウ

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7/23/2024, 5:41:26 AM

もしもタイムマシンがあったなら(数分後の未来)


地球滅亡、最後の日。
空は真っ赤に染まり、無数に細かい粒の隕石が降り注ぐ。
何度か巨大な拳大、それ以上のものも混じって落下しており、街は既に壊滅状態。辺りに人影は見られなかった。

「教授、!」
―――最早残骸と化した街の片隅で、彼が白髪の老人に切羽詰まった声を上げる。
二人の背後には荒廃した景色にそぐわない、白い球体の真新しい時空間装置―――“タイムマシン”が設置されていた。

「いい、わたしのことは気にするな。早く乗りなさい、時間がない」
「しかし………!」
躊躇する若い彼の両肩に、教授が険しい表情で手を乗せる。
「もうわたし達が、人類最後の人間となってしまった。しかし神様もご慈悲を下さる、これを残しておいて下さったのだから」
教授は目を細め、その白い物体を見やる。

「何とかここまで完成にこぎつけられて良かった。さあ乗りなさい、過去を変えてきてくれ。もうタイムマシンの燃料が片道しかない、ここへ戻ることもないだろう。心して行くんだぞ」
過去へ―――この人類を滅亡をさせる隕石の軌道を変える、旅路へ。
「ならば教授も、」
「定員は一名だ、それは長年わたしの助手だった君が一番わかっているだろう」
「ですが!」
このままでは、と続ける彼に教授が優しく微笑む。

「わたしはもう年だ、過去を変える力もない。若い君なら安心して任せられる。行きなさい、長年の研究の成果を無駄にしないでくれ」
―――教授の真摯な眼差しに、心を鬼にして頷くと彼は颯爽とタイムマシンへと乗り込んだ。

「時間軸は修正してある。どこまで過去を遡れるか、行き先は不確かだが、今の状況を覆せる過去へと辿り着けるはずだ」
「はい! 必ずわたしが地球を救ってみせます!」
頼んだぞ。
二人は最後に固く頷き合うと、白い球体は徐ろに浮遊し、一瞬でその場から消え去った。

「………」
上手くいけばいいが………。

―――降りしきる隕石の中、ふと教授の脳裏に数日前のタイムマシン完成時、喜びを二人で分かち合っていた場面が蘇る。
………ああ、わたしの役目もこれで終わった………。

『教授、完成したタイムマシンの試運転では設定はどうされますか?』
『ああ、とりあえず数分先の未来にしてみよう。それが成功したら、設定を過去にしておいてくれ』
『了解です』

教授が役目を果たせたことを感慨深く噛み締め、死を覚悟したその時。
突如宙に、先程まで目の前にあった白い球体が現れ教授は目を瞠った。
………戻って、きた………?
いや戻れるはずがない。これは、

―――タイムマシンの中の彼と目が合う。

「………」
「………」

地球滅亡、人類滅亡まであと僅か。
―――彼らは為す術なく、見合って固まったまま動かなかった。


END.

7/22/2024, 3:05:20 AM

今一番欲しいもの(あの頃の情熱はどこへ)


「何だろ? 俺物欲ないからなー」

―――付き合って一年が過ぎて、一緒に過ごす二度目の彼の誕生日があと数日後。
デートの合間に入った喫茶店で、どこか退屈そうにスマホをいじりながら彼がそう返答する。
わたしはその反応を受けて、気づかれぬよう浅く溜息をついた。
マンネリ、を絵に描いたようなこの状況。
半年を過ぎた頃から徐々に自分から興味が薄れていっているのは、よく抜けていると揶揄されるわたしでもそれなりに肌で感じ取っていた。

………他に誰か意中の相手ができたわけではない、と思う。

彼の性格からしてそうなればちゃんと別れ話が出るだろうし、二股や浮気をするくらいならケジメをつける、という人柄も好意を抱いた理由のひとつだった。
わたしに関心は向かなくなったが、特に嫌いになったわけではなく別れたいわけでもなく。
一緒に過ごした時間を考えるとそうするには惜しくて、何よりも楽である、―――そんな態度が今しがたからもよく表れていた。

「………何もないの? ケーキ買ってお祝いだけでいい? って、会えるよね?誕生日の日」
「ん? あー………、もしかするとバイト入ってて無理かも。また確認しとく」
「うん」

―――途切れた会話もそこから繋がらない。

店員がわたしにメロンソーダ、彼にコーヒーを運んでくる。
それをストローで吸い上げながら、わたしは窓からの景色を味気ない思いで眺め入る。
まだ日の高い暑さが残る午後、行き交う人々の群れはとても幸せそうに見えた。
夏休みが始まったばかりで家族連れやカップル、友達同士、皆陽の光を浴びて表情が明るい。

………わたしも一年前はそこで同じように彼とはしゃいでいたはずなのにな。

肘をついて憂いていると、
「そっちは?」
―――不意に話を振られて、わたしは彼に視線を戻した。
「何が?」
「誕生日」
………。誕生日?

わたしの誕生日はまだ先、10月の頭。
誰かと間違えてる?―――と思ったが、すぐに自分の中で訂正した。
興味がないから、オウム返しよろしく場繋ぎの話にでもなればと彼は適当にそう尋ねただけだ。
現にここに座ってから一度も、スマホから目を離していない。

「欲しいのは、」
―――付き合い始めた頃のあなたの熱意かな。

………そう言うにはメロンソーダの炭酸が思いの外強くて、喉を詰めたあと

「………何だろ?」

と無関心を装い、わたしは緑の液体を再度喉へ流し込んだ。


END.  

7/21/2024, 7:32:49 AM

私の名前(知らなくていい)


「すずきさーん(仮)」

激しめにドアを開けて中に入る。
小さな部屋には灰色のテーブルと椅子ふたつ、鉄格子の嵌った窓が高い位置にひとつ。
その椅子に座っている男に、彼はツカツカと歩み寄ると、対面のもう片方の椅子に腰を下ろしふんぞり返った。
「どう。喋る気になった?」
「………」
―――これだよ。
彼がその姿勢のまま大きく溜息を吐く。

この男が民家に侵入し、窃盗で逮捕されたのは昨日の晩。
普通なら早々に観念して調書作成に移る流れなのだが、ここにしょっ引かれてから頑なに黙秘を貫いている。
犯罪歴がなく、初犯だと思われ罪自体認めさえすればそこまで重い刑になりはしないのに、なぜ黙秘する必要があるのか。

「何で黙ってんの。素直に認めて罪償った方が早いよ? 時間の無駄じゃん、俺もあんたも」
「………」
「ねーもう。名前くらい言おうよ、ね?」
正面を向いたまま微動だにしない男に、彼は机の上で頰杖をつく。
「名前も言えない何か、重要事件に絡む犯罪でも犯してんの? それとも実は整形して逃走真っ只中の犯人とか?」
「………」
「あ、わかった。なるほど、そうだそうだ」
ちょっと待ってろ、と彼が部屋を出て行く。
数分後、再び現れた彼の掌には弁当がひとつ乗っけられていた。
「腹減ったよな、もう昼前だし。これ食って腹ごなしして、全部洗いざらい吐いて帰ろう。な?」
彼が男の目の前に、丁寧に弁当を置いてやる。
「………」
………。見もしねえ。
見た目若そうだし、空腹には勝てないと思ったんだが。
―――彼はもう一度溜息をつくと、また椅子にふんぞり返った。
「俺とあんた、どっちが先に折れるか勝負って? これでも一応警察官だからね、持久戦なら負けないよー。とりあえず名前教えてほしいな、あんたって呼ぶの気が引けるし」
どう見てもそう思ってないだろという突っ込みはさておき、彼も腹をくくり男を正面から見据える。

「………それにしても珍しいな、今の時代身元の割れるもん何ひとつ持ってないなんて。免許証もスマホも無しで外出?」
仮に窃盗を決め込んでたとしても、逆に物騒じゃね?
「しかも身内からの捜索願い、問い合わせもない。仕事は………無職? こうして捕まって、一切どこにも連絡しないとか有り得るの?」

「ああ」
「え?」

いきなり口を開いたかと思えば肯定されて、彼が驚きに口を開ける。

「―――こいつで間違いありません」

その瞬間。
彼は入ってきた数人の警官に両腕を拘束され、問答無用足早にその取調室から連れ出された。
―――驚愕と困惑で固まったあの表情。
反吐が出そうだ、と脳裏に残るそれを振り払い、男は固く目を閉じると椅子から立ち上がる。
「………ご協力、ありがとうございました」
後から入ってきた役職の随分上の警察官に頭を深く下げられ、男は力なく首を振った。
「………いえ。記憶が戻ってからも事件から遠く曖昧で、直に確認したいと無理を言い申し訳なかったです」
―――蘇るのは若かりし母の顔。
もうこの世にはいない、たったひとりの………。

なあ。忘れてしまったのか?
お前にとってはその程度の罪だったのか。

「オレの名前は、………」

―――もう届かないその声は、ただ虚しさに震えていた。


END.

7/20/2024, 7:42:56 AM

視線の先には(対策は万全に)


「手を上げろ」

白日のとある銀行で。それは唐突に起こった。

目出し帽、大型バッグ、そして拳銃。
三種の神器とも呼べるそれらと、天辺から爪先まで黒で統一された、基本中の基本・お手本そのままのThe銀行強盗。
営業時間ギリギリいっぱいを狙うのもこれまたセオリー、お約束通り。

行員達は彼らの押し入りに一瞬動きを止めたものの、悲鳴ひとつ上げず動揺もせず、素直に指示に従いその場で両手を宙に浮かせる。
客は年配の女性が一人窓口に佇んでいたが、何かアクションを起こす前に行員のひとりが素早く彼女を庇う。対応と状況判断は申し分のない高評価だ。

―――三人いる内のひとりが気性荒く窓口に近寄る。

「これに現金をありったけ詰めろ!」

言うや否や、乱暴にバッグを投げつける。
女性行員は特に抗う様子もなく、手際良く札束を中に詰め始めた。

「………」
「………」
「………?」

………。何かおかしい。
詰めながら彼女は訝しげに相手を盗み見する。
―――事前の確認ではひとりの予定だったはず。
それに目出し帽ではなく帽子とマスク、カバンではなくリュックではなかったか?

「………あの」
「何だ!」
「えらく迫真の演技をなさるんですね」

ん?
え?

「動くな、手を上げろ!!」

―――お互いがお互い脳の処理が追いつかず停止していると、更に入口から新たな怒号が響き渡った。
拳銃を頭上に掲げ、今にも発砲せんと構えるそのポーズ。
しかし中の状況に、彼もまたフリーズする。

「………え?」

いや事前の確認じゃ行員と客ひとりの予定だったじゃん。
なにこの銀行強盗みたいな三人組は? 想定の想定を予測する防犯訓練? っていつ変更したんだよ、そんなの聞いてねえ。

―――彼はそこにいる全員の視線を一身に浴びながら、何か気の利いたセリフをアドリブで加えた方がいいのか?と真剣に焦り、悩み始めていた。


END.

7/19/2024, 6:03:28 AM

私だけ(真後ろの特等席)


梅雨が明けました、と朝の天気予報で、アナウンサーが声高に宣言してたっていうのに………。
―――通学途中、電車に揺られて降りた駅の向こうでは傘を広げる人の群れで混雑していた。

………。傘、持ってない。置き傘も重くて邪魔だからバッグに入れてこなかった。
あれ、今日って雨予報だったっけ………?
ああ。家を出る時は確か曇っていて、まあ学校に着くまでもつだろうと楽観視してしまったんだった。
………今、完全に裏目に出てるけど。
―――わたしは軒下から掌を差し出してみる。
傘がなくても何とか小走りで行けなくもない、か。
学校まで距離があるけど、そこまで強く降ってるわけじゃない。ここは根性で乗り切って………、

「あれ」
「え?」

駅のすぐ傍に止まった自転車。
雨凌ぎがてら軒下にそれを止めて、脇に降り立った彼が自分に視線を送る。
あ。確か隣のクラスの、

「何してんのこんなとこで」
「え。あの………雨宿り」
「ふーん。でもあんま時間なくない? 始業あと10分もないけど」
「うん、だから走ろうかなって思って」
止みそうもない雨を見上げて、わたしは再度決心をする。

「………。乗んなよ」
「えっ!? いや、でもそれはさすがに」
悪いし、と戸惑っていると、彼はちらりと腕時計に目をやって「あと8分」と急かした。
「遅刻したいの? ウチの学校厳しいの知ってんでしょ」
「そ、それはそうだけど」
「乗って。濡れるのは覚悟して、プラス遅刻よりはマシだと思って」
………。
わたしは逡巡するものの、彼をこれ以上引き留めるのも申し訳ないと思い、思いきってその荷台に跨った。
「しっかり掴まって、落ちたら諸共ってね」
―――どこか楽しそうに聞こえるのは罪悪感からくる思い上がりだろうか。

風を受けながらその背にひしと寄り縋っていると。
漕ぎ出した彼が雨の中、裏道を駆使して最短で学校へ到着したのには舌を巻いてしまった。


「ありがとう、助かりました」
ぺこりと頭を下げるわたしに、何で敬語?と彼が笑う。
今まで意識してなかったのに格好良く映って、わたしは内心調子が狂う、と反射的に顔を背けた。
「………俺さ、自転車の後ろに人乗せたの初めてなんだよね」
ハンドルとサドルについた雨粒を払い、彼は自転車置き場へ向かおうと背を向ける。

「よかったら指定席にするからさ、懲りずにまた乗ってよ」

―――え。
振り向きもせず後ろ手に手を振られ、わたしは思わずその場に固まる。
え、それってどういう………?
その意味と意図に半ば混乱しつつ思いを巡らせ始めた途端、校舎内にチャイムが鳴り響く。

わたしは頬が熱くなるのを感じながら、慌てて教室へと続く階段を駆け上がった。


END.

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