安達 リョウ

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視線の先には(対策は万全に)


「手を上げろ」

白日のとある銀行で。それは唐突に起こった。

目出し帽、大型バッグ、そして拳銃。
三種の神器とも呼べるそれらと、天辺から爪先まで黒で統一された、基本中の基本・お手本そのままのThe銀行強盗。
営業時間ギリギリいっぱいを狙うのもこれまたセオリー、お約束通り。

行員達は彼らの押し入りに一瞬動きを止めたものの、悲鳴ひとつ上げず動揺もせず、素直に指示に従いその場で両手を宙に浮かせる。
客は年配の女性が一人窓口に佇んでいたが、何かアクションを起こす前に行員のひとりが素早く彼女を庇う。対応と状況判断は申し分のない高評価だ。

―――三人いる内のひとりが気性荒く窓口に近寄る。

「これに現金をありったけ詰めろ!」

言うや否や、乱暴にバッグを投げつける。
女性行員は特に抗う様子もなく、手際良く札束を中に詰め始めた。

「………」
「………」
「………?」

………。何かおかしい。
詰めながら彼女は訝しげに相手を盗み見する。
―――事前の確認ではひとりの予定だったはず。
それに目出し帽ではなく帽子とマスク、カバンではなくリュックではなかったか?

「………あの」
「何だ!」
「えらく迫真の演技をなさるんですね」

ん?
え?

「動くな、手を上げろ!!」

―――お互いがお互い脳の処理が追いつかず停止していると、更に入口から新たな怒号が響き渡った。
拳銃を頭上に掲げ、今にも発砲せんと構えるそのポーズ。
しかし中の状況に、彼もまたフリーズする。

「………え?」

いや事前の確認じゃ行員と客ひとりの予定だったじゃん。
なにこの銀行強盗みたいな三人組は? 想定の想定を予測する防犯訓練? っていつ変更したんだよ、そんなの聞いてねえ。

―――彼はそこにいる全員の視線を一身に浴びながら、何か気の利いたセリフをアドリブで加えた方がいいのか?と真剣に焦り、悩み始めていた。


END.

7/20/2024, 7:42:56 AM