安達 リョウ

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今一番欲しいもの(あの頃の情熱はどこへ)


「何だろ? 俺物欲ないからなー」

―――付き合って一年が過ぎて、一緒に過ごす二度目の彼の誕生日があと数日後。
デートの合間に入った喫茶店で、どこか退屈そうにスマホをいじりながら彼がそう返答する。
わたしはその反応を受けて、気づかれぬよう浅く溜息をついた。
マンネリ、を絵に描いたようなこの状況。
半年を過ぎた頃から徐々に自分から興味が薄れていっているのは、よく抜けていると揶揄されるわたしでもそれなりに肌で感じ取っていた。

………他に誰か意中の相手ができたわけではない、と思う。

彼の性格からしてそうなればちゃんと別れ話が出るだろうし、二股や浮気をするくらいならケジメをつける、という人柄も好意を抱いた理由のひとつだった。
わたしに関心は向かなくなったが、特に嫌いになったわけではなく別れたいわけでもなく。
一緒に過ごした時間を考えるとそうするには惜しくて、何よりも楽である、―――そんな態度が今しがたからもよく表れていた。

「………何もないの? ケーキ買ってお祝いだけでいい? って、会えるよね?誕生日の日」
「ん? あー………、もしかするとバイト入ってて無理かも。また確認しとく」
「うん」

―――途切れた会話もそこから繋がらない。

店員がわたしにメロンソーダ、彼にコーヒーを運んでくる。
それをストローで吸い上げながら、わたしは窓からの景色を味気ない思いで眺め入る。
まだ日の高い暑さが残る午後、行き交う人々の群れはとても幸せそうに見えた。
夏休みが始まったばかりで家族連れやカップル、友達同士、皆陽の光を浴びて表情が明るい。

………わたしも一年前はそこで同じように彼とはしゃいでいたはずなのにな。

肘をついて憂いていると、
「そっちは?」
―――不意に話を振られて、わたしは彼に視線を戻した。
「何が?」
「誕生日」
………。誕生日?

わたしの誕生日はまだ先、10月の頭。
誰かと間違えてる?―――と思ったが、すぐに自分の中で訂正した。
興味がないから、オウム返しよろしく場繋ぎの話にでもなればと彼は適当にそう尋ねただけだ。
現にここに座ってから一度も、スマホから目を離していない。

「欲しいのは、」
―――付き合い始めた頃のあなたの熱意かな。

………そう言うにはメロンソーダの炭酸が思いの外強くて、喉を詰めたあと

「………何だろ?」

と無関心を装い、わたしは緑の液体を再度喉へ流し込んだ。


END.  

7/22/2024, 3:05:20 AM