私だけ(真後ろの特等席)
梅雨が明けました、と朝の天気予報で、アナウンサーが声高に宣言してたっていうのに………。
―――通学途中、電車に揺られて降りた駅の向こうでは傘を広げる人の群れで混雑していた。
………。傘、持ってない。置き傘も重くて邪魔だからバッグに入れてこなかった。
あれ、今日って雨予報だったっけ………?
ああ。家を出る時は確か曇っていて、まあ学校に着くまでもつだろうと楽観視してしまったんだった。
………今、完全に裏目に出てるけど。
―――わたしは軒下から掌を差し出してみる。
傘がなくても何とか小走りで行けなくもない、か。
学校まで距離があるけど、そこまで強く降ってるわけじゃない。ここは根性で乗り切って………、
「あれ」
「え?」
駅のすぐ傍に止まった自転車。
雨凌ぎがてら軒下にそれを止めて、脇に降り立った彼が自分に視線を送る。
あ。確か隣のクラスの、
「何してんのこんなとこで」
「え。あの………雨宿り」
「ふーん。でもあんま時間なくない? 始業あと10分もないけど」
「うん、だから走ろうかなって思って」
止みそうもない雨を見上げて、わたしは再度決心をする。
「………。乗んなよ」
「えっ!? いや、でもそれはさすがに」
悪いし、と戸惑っていると、彼はちらりと腕時計に目をやって「あと8分」と急かした。
「遅刻したいの? ウチの学校厳しいの知ってんでしょ」
「そ、それはそうだけど」
「乗って。濡れるのは覚悟して、プラス遅刻よりはマシだと思って」
………。
わたしは逡巡するものの、彼をこれ以上引き留めるのも申し訳ないと思い、思いきってその荷台に跨った。
「しっかり掴まって、落ちたら諸共ってね」
―――どこか楽しそうに聞こえるのは罪悪感からくる思い上がりだろうか。
風を受けながらその背にひしと寄り縋っていると。
漕ぎ出した彼が雨の中、裏道を駆使して最短で学校へ到着したのには舌を巻いてしまった。
「ありがとう、助かりました」
ぺこりと頭を下げるわたしに、何で敬語?と彼が笑う。
今まで意識してなかったのに格好良く映って、わたしは内心調子が狂う、と反射的に顔を背けた。
「………俺さ、自転車の後ろに人乗せたの初めてなんだよね」
ハンドルとサドルについた雨粒を払い、彼は自転車置き場へ向かおうと背を向ける。
「よかったら指定席にするからさ、懲りずにまた乗ってよ」
―――え。
振り向きもせず後ろ手に手を振られ、わたしは思わずその場に固まる。
え、それってどういう………?
その意味と意図に半ば混乱しつつ思いを巡らせ始めた途端、校舎内にチャイムが鳴り響く。
わたしは頬が熱くなるのを感じながら、慌てて教室へと続く階段を駆け上がった。
END.
7/19/2024, 6:03:28 AM