安達 リョウ

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鳥かご(籠の中の鳥は)


立地が良く、見晴らしも良い。

そこを気に入り、だいぶ背伸びをして高級マンションを購入してから早一年。
毎月毎月なけなしのお給料から一際目立って引き落とされる住居費はかなりの痛手だったが、それでもそのステータスを手放したくなくてわたしは懸命に働いた。
仕事が終わり帰るのは、日付けを跨ぐことはなくても結構な遅い時刻で、蓄積されたストレスはじりじりと確実に自身の上にのしかかっていた。

「はあ、………」
―――やっとエントランスまで辿り着いた。
わたしは気怠げにエレベーターに乗り、部屋の階層の番号を押す。
………ここに住み始めてから会社を定時で上がった試しがない。
身分不相応な買い物をした自覚は余り有ったし、何よりも気に入っていたからどうにかここまで頑張ってきたものの………正直、キツイ。

エレベーターが到着し、部屋までわたしは足取り重く進んでいく。

人間、無理をすると色々な所に支障をきたす。
職場での人間関係だったり恋愛のすれ違いだったり。もっと心に余裕さえあれば何ら問題はないはずなのに、疲労の蓄積で気も頭も回らず綻びが生じていく。

こんなはずじゃなかったのに。
そう思うことが確実に増えていた。

―――鍵を開け中に入り、わたしは直ぐにベランダに通じる窓を開けてそこに寄りかかる。
嫌なことがあると真っ先にそうするのが日課だった。
とりあえず景色に癒されて、落ち着いて、………。
「………? うん?」
―――何か今、物音が………。
振り返ろうとした瞬間、背後からバサッ!と何かが羽ばたく音がした。
「!?」
え………まさか!
わたしは慌てて飼っているセキセイインコの鳥かごを確認する。
「うそ、」
―――かごの入口が開いている。
長年一緒に暮らしてきた、色味鮮やかなセキセイインコ。
言葉もいくつか覚える賢い子だ。
疲れた時に懐いて甘えてくるのが無性に可愛く、ここからの景色同様わたしに癒しを与えてくれる大事な存在。
「何で開いてるの、信じられない」
わたしが閉め忘れた? それともこの子が自分で?

―――いや今はそれどころじゃない。

開け放ったベランダに、何食わぬ顔でチョコンと止まる姿が愛らしい。

「い、いい子だねー。そろそろお部屋入ろうかー」
刺激しないように優しく、自然を装って。
ゆっくりと手を伸ばすわたしを嘲笑うように、次第に距離が離れていく。
「ダメだよ、かごから出ても良いことないよ。自由になっても外は面倒だらけなの。ここにいれば、」

不自由でも 生きるのには困らないよ

―――わたしはそう言いかけて口を噤んだ。

「あ、」
一瞬の間の後。バッと羽を広げる音と共に、インコは夜の闇に呑み込まれ消えて行ってしまった。
………見送るしかないわたしはその場に呆然と立ち尽くす。

不自由でも生きるのには困らない、
自由の身で生きるのに苦労をする、

―――どちらを選んでも籠の内。
真の自由なんてどこにも有りはしない。

わたしはあの子がそのうち戻ってくるのではと、飛び去った方角から目を逸らすことなく長いことそこで眺めていた。


END.

7/26/2024, 6:01:41 AM