誰かのためになるならば(君を誇る)
今この手紙を読んでいるということは
わたしはもう回復する見込みがないということだね
それはとても悲しくて辛いけれど
でも誰かがこの手紙の存在を覚えていてくれて良かった
普段からわたしの話を聞いていてくれて
心に留めていてくれたからだね
お願いがあります
わたしの臓器を、待っている人達に提供して下さい
嫌だと反対するかもしれない
残された方の気持ちも考えろと思うかもしれない
わかったと簡単には承諾できないし
わたしが残された方だったら、泣いて反対するような気がする
けれどわたしの心臓や 肺や 角膜が
誰かの明日へと繋がる道になるなら
わたしもその人の中でまた新たに一緒に人生を歩んでいける気がする
その人の血や肉になって 助けていける
そうしてくれたらまたきっと会えると思うし
必ず会いに行くから
だからお願いします
わたしの最後の我儘 どうか聞き入れてくれないかな
親不孝でごめんね 今までありがとう
また会える日を、信じて
「………思い出さなきゃよかった」
『わたしがもし脳死状態とかで治る手立てがないような状況になったら、本棚の一番右端に手紙があるから読んでね!』
―――何かにつけて、口酸っぱく言っていた娘。
そんな状況、万に一つもないからと笑って流していたのに………。
手紙を握り締める彼女の肩を、夫である彼が優しく抱き寄せる。
脳死状態で運ばれた時、娘はドナーカードを所持していた。
………嫌だった。
あの子のものはあの子だけのもので、絶対に五体満足で天国に逝かせると断固反対した。
どうして。なぜ、思い出してしまったのか。
こんなのを読んだら、もう何も言えないではないか。
娘の笑顔がわたしの全てを埋め尽くす。
“必ず会いに行くから”―――
………あの子は一度約束したことは、絶対に反故にしない子だった。
「また、会える………?」
胸の内から一語一句、噛み締めるように問う。
ただ黙って頷く夫に、わたしは両手をその背に回して抱きついた。
抱きついて、幼い子のように人目も憚らず大声で泣いた。
―――名前も知らない誰かの中で、あの子はこれからも生き続ける。
また会えるその日まで、わたしもしっかりと生きなければ………。
娘のいなくなった部屋の片隅で。
開け放たれた窓からの風に、カーテンが優しく揺らいでいた。
END.
7/27/2024, 3:59:53 AM