安達 リョウ

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7/13/2024, 9:59:00 AM

これまでずっと(場違い厳禁)


高校に入ってから二年半、大人しく地味な子で通してきた。
別にうだつが上がらないわけではなく、いじめの標的になるわけでもなく、かと言って成績優秀でもなく、全てにおいて平均でケチをつける対象にはならなかったようだった。
出る杭は打たれる、凹んでる杭も気になる、でも真っ平らでしっかり嵌っている杭は何とも思わない。
大人しくて地味でも、いい意味でわたしは周りに馴染んでいた。

はずだった。

そう。こんな教室前の廊下ど真ん中で、顔面偏差値上位数パーセントに入るような男子から、堂々と告白を受けるような女子でないのは決して記憶違いではない。

お願いしますと交際を求められ頭を下げられて、わたしは内心冷や汗が止まらなかった。

どうしよう、こんな大勢の目の前で。
断っても承諾しても、何かしら波風が立つ。
友達からお願いします、と無難に終わらせる?
でもそれって周りからは遠回しにOKって取られるんじゃ………

「何してんのあんた」
「えっ」

―――明らかに不機嫌な声と共に。
彼の背後から伸びた手が、若干荒目にがしりとその頭部を掴んだのはその刹那。
「こんなとこで何してんのって聞いてんの」
「え、あの、それは」
「………行くよ!」
半ば強引に引き摺られるように、彼は突如現れたその女子に連れ去られようとしている。
暫く呆然とその姿を見送っていたが、わたしは寸でで我に返ると迷う前に彼女の方に向かって声を張った。

「あの、わたし彼とは何でもないので! 本当に、たった今カノジョがいるって知ってびっくりして」
「迷惑かけてゴメンね! ちゃんと後で言い聞かせておくから心配しないで」
怒るでも無視するでもなく、彼女はわたしに謝りウィンクなどしてみせる。
??? 心配、って?

「いてーな、放せよねーちゃん!」
え。
ね………、?

―――弟が公衆の面前で告白大会をしている、と。
誰かが姉である彼女に耳打ちをしたところ、激昂して引き取りにきてくれたらしい。
………有り難いと思う反面、ほんの少しだけ彼が気の毒になる。

そうしている間に見えなくなっていった後ろ姿に、わたしを含め周りの野次馬も皆呆気に取られたまま

その騒ぎはようやく収束を迎えた。


END.

7/12/2024, 7:45:20 AM

1件のLINE(終わりの引き金)


“俺も好きだよ”

………。
文脈からして何の脈絡のないLINEが届いたのは昨日の夜。
どこをどう切り取ればその一言が返ってくるのか理解できず、悩みすぎて昨晩は余り眠れなかった。
―――付き合って一年弱。
浮足立っていた頃は遠くなり、新鮮味すら薄れてはいたものの―――お互い落ち着いた交際を続けてきたと自負していた。
それだけにこのLINEは青天の霹靂で、わたしは心底驚いて目を疑わずにいられなかった。

わたしは溜め息と共に机に突っ伏す。

「怒って追求すれば、楽になるのかな………」
呟いてみるものの、そんな勇気は出ない。

LINEの確認が少し遅れたのもあって、動揺から彼に連絡ができないままになっている。
彼も彼で送りっぱなしで誰宛に送信したかなんて気にも留めてないのだろう。
………それともわかっていて、誤送信に気づいていながらわたしへの後ろめたさに放置している、とか。

このまま時が解決するのを待ってる?
うやむやにしたい?
それとももう、これで別れても仕方がないと?

ああ、ぐるぐると悪循環。
良くない思考、良くない感情で埋め尽くされる。
―――何も考えず電話して、どういうつもりだったのか問いただせばいい。
わたしにはその権利がある、何せこんな爆弾を先に向こうが投下してきたのだから。そうして何が悪い?

“俺も好きだよ”―――

勢いのまま相手の番号を開こうとしたが、再び文面が目に入りわたしは不意に指を止めた。

このLINEでの誤送信で誤解って、例えばどんな状況………?
え、その処理の電話をわたしからするの?
徐々に冷静になり、わたしは次第に冷めゆく恋心を認識せずにいられない。

―――すると突然着信の音楽が流れ、わたしは誰からか確認した上で徐ろにその通話ボタンを押し開いた。

「………。もしもし?」
『………』
「………」
『………あの、さ』

彼から滲む雰囲気、声のトーン、冒頭での沈黙。
ああ、通話口からでも一瞬でわかる反応が逆に有り難い。
覚悟をする暇もなかったのが少し痛かったけど。

―――一年間の思い出が走馬灯のように駆け抜ける。
………わたしは一言も発さず、そのまま無言のうちに通話を切った。
そうして彼に繋がる全ての連絡先を断ち切った後、

もう彼から二度と鳴らないスマホをひとり握り締めて―――再度机の上に突っ伏すと、ただ目を伏せた。


END.

7/11/2024, 6:15:10 AM

目が覚めると(同罪)


………頭が痛い。

カーテンの隙間から覗く朝日が眩しい。
がんがんと鳴る今まで体感したことのない頭痛に襲われ、わたしはこめかみを抑えると、のそりとベッドから這い起きた。
暫く何も考えられなかったが、無の数秒が過ぎた後、ようやくああ、と少しばかり記憶が揺り戻された。

えーと。居酒屋で、同僚と日頃の鬱憤を晴らすべく限度崩壊の勢いで飲んでて………、うん。
ああ。見事にその後の記憶も崩壊してしまっている。

余りに不確かなそこからは、一緒にいた同僚に恐る恐る聞き出す羽目になるのだろうが―――いかんせん彼もお酒に飲まれるタイプで、自分と同様どこかで潰れているのではないかとどうにも危ぶんでいる。
………でもまあわたしがこうして自宅に戻っている辺り、彼も足取りがわからないなんてことにはなっていないだろう。

とりあえず何かしら連絡が来ているかも?と、ローテーブルにあったスマホに手を伸ばそうと体を傾けた、その時。

「ううん………、」

は!?
―――ベッドの中で蠢く誰かの気配に、わたしは激しく動揺して声も上げられずそこに硬直した。
「………もう、朝か?」
けだるそうに起き上がった誰かは他でもない同僚の彼その人。

え、何これ。
百歩譲って、というか、全く面識のないどこぞの輩でなかったのは不幸中の幸いであるとしても、………だからってなぜ彼がここにいるの。
酔い潰れたわたしを送って、それで彼も力尽きた?
―――のならば良くはないがよしとはしたい。
けれど、………まさか。

「ねえ大丈夫? あの、どういう経緯でここにいるか教えてくれる?」
「え………」

彼もわたし同様その場に一瞬固まった後、わあぁあ!!と素で面食らい、ベッドから転げるように退くとこれは誤解だと冤罪を叫んだ。
「違う、俺はそんなつもりじゃない!」
「わかってるわよ、泥酔したわたしを送ってくれただけよね? 狼狽えなくてもちゃんと、」

「俺は駄目だって言ったんだ!」
「え」
「お前だけタクシーに乗せるつもりだったのに、離さなかったから! 家の前で帰るつもりだったのに、手を引かれて! それで二人で縺れて、」
―――ここに。

「………」
「………」

………何とも言えない微妙な空気が漂う。
どうにも気まずい中、

一人は無断でベッドになだれ込んでしまったことに
一人は強引に自宅にお持ち帰りしてしまったことに

「………ごめんなさい」

二人して姿勢を正し正面に直ると、同時に相手に向かって頭を下げた。


END.

7/10/2024, 9:19:45 AM

私の当たり前(手料理)


「弁当にはやっぱり卵焼きだよなー。今日も美味いな、おばさんに感謝感謝」

机の上に置いた手作りのお弁当を前に、箸を持ち両手を合わせて深々とお辞儀をしてみせる幼馴染み。
それと全く同一の自分用のそれを目の前に置き、わたしは素っ気なくあっそ、と返事をした。
この状況であれば周りから冷やかされてもおかしくなさそうなものだが、彼の母が病気で亡くなってから毎日二人同じ物を持たされるので、今更誰も気に留めていない。
わたしももうそれが普段通り、当たり前の習慣になっていた。

「朝昼晩毎日こんな美味いもん食ってるなんてシンプルに羨ましい。親は偉大だな、いなくなってから気づく有り難さ」
「………中学からうちの親のお手製のお弁当食べてるんだし、もう慣れたでしょ? たまに夕飯も食べてるし」
見慣れたおかず、代わり映えしない味。
悪い意味ではなく、普段通りの何ら変わらない母の味だ。
もちろん感謝はしてるし有り難みは深いけれど、………何だろう。
嬉しそうに頬張る姿に、もやっとする。

「ていうかさ、お前もおばさんと一緒に家で料理すんの?」
「え? まあ時々手伝うわよ。共働きだし、しんどそうにしてたらね」
「………。てことはだ。お前もおばさんのこのうっまい料理の味を受け継いでる、と」
「? まあそうなるんじゃない?」
何が言いたいのか。
結論の糸口が見つからないまま、わたしは彼の前で首を捻る。

「じゃあこれから先もおばさんに作ってもらうのも気が引けるし、将来的にはお前が俺に作ってくんない?」

―――急に真顔でじっと見つめられて、わたしは目が点になる。

「ええ? あんたいつまでうちの家計におんぶに抱っこでいるつもりなの」
「………」
うん、わかってた。こいつにはこんなんじゃ響かないってことくらいな。

「えー、この卵焼きも唐揚げもきんぴらも、俺大好物なんだよ。頼むって」
「嫌よ、これはうちの親の代までよ。わたしまで巻き込まないで!」
いくら幼馴染みだからって図々しくない!?

騒々しく畳みかける彼女に、彼は可笑しそうに声を上げて笑う。
遠回しに牽制しようとした結果、意図しない方向にずれはしたが、どこか抜けているその天然っぷりに更に愛おしさが増す。

「………じゃあ、もしよ。もし明日わたしが作ったら、―――食べてくれる?」
「え」

心配そうな上目遣いに心臓を掴まれる。 
突然の提案に俺は一瞬我を忘れて固まったが、がたりと椅子を引いて立ち上がると、

これでもかと首を縦に振り続けた。


END.

7/9/2024, 7:06:17 AM

街の明かり(盲目を断ち切る)


最上階のラウンジから見える街の明かりは、格別に綺麗。
―――わたしはひとりカクテルを口にしながら、階下に広がる夜景を見下ろす。

つい先程までいた正面の席にはもう誰の姿もない。
記念日に呼び出されてご機嫌でお洒落をしてきた自分が何とも滑稽で仕方なかったが、彼が席を立ってすぐに自分もそうするには気まずくて―――半ば開き直ってこの眺めの良い場所を占領している。

記念日にこの仕打ち。
何がいけなかったのか反省に辿り着く以前に、このタイミングを見計らって切り出した彼の悪意に心底興醒めした。
周りからあの男だけは辞めておけと散々忠告されたにも拘らず、のめり込んだわたしがいけなかったのは重々承知している。
………男を見る目がない。
ただその一言に尽きた。

「―――嫌になっちゃう」

頰杖をついて、残りのカクテルを飲み干す。
少し酔ったのだろうか、目頭が熱くなったのを感じてわたしは頭を振った。
やめてやめて、誰かに見られて勘違いされたら困る。
そんな感傷に浸るほど傷ついてなんかいない。

―――途端に居た堪れなくなり、わたしは席を立った。

………街の明かりをこうしてロマンティックに誰かと見るのも素敵だけど、とりあえず目標としては、日の出ている明るい時にこの下の通りを歩けるデートを目指したい。

その為にはまず、今夜のことは綺麗さっぱり忘れよう。
そしてこのラウンジから見える街の明かりも、今日で一旦封印しよう。

未練など持たず潔く断ち切ってしまうのが大事だ。

そうして一掃して真っ新に戻ったら、今度こそ背伸びをしない真っ当な恋に出会えるだろう、と思った。


END.

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