七夕(普遍であれ)
「七夕って短冊に願い事書いて、笹に吊るすじゃん? あれっていつ叶うのかね」
幼稚園の職業体験中。
たまたま園の七夕行事と被って、俺は園長が裏山から調達してきた笹数本を友人とホールに運ぶ手伝いをしていた。
「いつってまあ、そのうちじゃない? ていうか、叶う前提なんだ」
笹を背に担ぎ、俺達は話しながら移動する。
「前提も前提、神頼みバンザイよ。そのうちなんて誤魔化してほしくないね、神様には」
クラスごとある4つの笹。
もうすでに幼い手で短冊に願い事が書かれ、所狭しと結ばれている。
読めないものも多い中、“おかねもちになる”なんて主張強めの短冊もあり、リアルさが垣間見えて複雑な気分になる。
「願い事託す系のってさ、何であんなに曖昧なのかね?」
「曖昧? そう?」
「新年に神社で賽銭した願い事、クリスマスでサンタさんに書いた欲しい物リストの手紙、流れ星が流れる間に3回唱えたこと、原っぱで四つ葉のクローバー血眼になって探し続けたあの遠い日。まだまだたくさんありそうだ」
………。確かに言われてみればそうかもしれない。
しかもそれで叶った願い事なんて皆無に等しいし。………いや自覚がないだけで、実は叶っている、とか?
「事あるごとに願ってる信心深い俺なのに、神様は一向に振り向いて下さらぬ」
よよよ、とよろけるフリをしてみせると、友人は苦笑しつつ笹をその背から下ろした。
「で、その願い事は?」
「とびきり美人で性格の良い、誰もが羨むカノジョが欲しい!!」
………………………。
煩悩に溢れてるな。
―――そのうちになだれ込んで来た園児達に、色とりどりに飾られた笹がすっかり囲まれる。
これわたしの!
あれぼくの!
キラキラと目を輝かせて短冊に見入る無垢な子供達に、幸多かれと願わずにはいられない。
………間違ってもこんな大人になりなさんな。
「夏休みが始まるまでに絶っっ対にカノジョを作ってみせる!!」
握り拳痛々しくそう息巻く彼に、おにーちゃんおといれー!と甲高い要望がこだました。
END.
友だちの思い出(永遠の絆)
わたくしの婚姻が決まり嫁ぐ日が近くなった頃、彼女と最後に別邸でお茶会をした。
嫁ぎ先は家訓が厳しく、気軽に友人に会うどころか里帰りもできない家柄だったので、わたしはもう実質これで縁が切れてしまうのを覚悟していた。
「良い縁談に恵まれて羨ましいわ。誰よりも大切にされて幸せにならないとね」
「………確かに親同士が決めたにしては、お相手もわたくしも互いに気が合って長く良い関係を築いていけそうではあるけれど。それでも不満だわ、恋だの愛だのも知らぬまま道を決められて」
………わたくしがそれらに覚醒めぬうちに、しっかりとレールを引かれてしまった。
お相手に対して悪い印象がない以上、面目上断るのも憚られ、家の為に承諾したわたくしは馬鹿だろうか。
もっと抵抗すればよかっただろうか?
………わたくしの為だと豪語して大義名分を振り翳した親の勝ちは明白だった。
「惚れた腫れたは一時の幻とも言うから、一概に悪い選択とは言えないでしょう。見合いも恋愛も紙一重。どう転ぶかは生活してみないことには」
「………ええそうね。その中で想いを育むよう、努力するわ」
―――それが定めならば、定めの中で最上級の選択をしていくまで。
わたくしは残り少なくなった彼女のカップに、紅茶を継ぎ足した。
「もしこれ以上は無理だと判断したら、わたくしはさっさと荷物を纏めて戻るつもりよ」
「………。今から不謹慎な。貴方は幸せになるわ、きっとね」
これが貴方との最後の会話になるというのなら。
わたしが幸福にしかならない、解けない魔法をかけておく。
どこへ行こうと何をしていようと、たとえ世間が貴方を欺いたとしても。
貴方の存在をずっと、わたしは心に留めておく。
「………やっと会えたわね」
わたくしが誰かわかる?
棺に手を伸ばし、一回り小さくなった彼女の頬にそっと触れてみる。
幸せそうに綺麗に収まる彼女がどんな人生を歩んだか―――向こうで弾む話を聞ける日も、もうそう遠くはない。
………またあの日のようにお茶会をしましょう。
幸福にしかならない、解けない魔法が効いたかどうか―――
日の当たる庭で。
二人で、答え合わせをしましょう。
END.
星空(記憶の旋律)
今夜は星が綺麗だ。
ずっと雨続きで月も星もない夜空だったから、久々に気分がいい。
こうもビルの屋上で座って過ごしていると、昼間は人々の喧騒や人間観察で潰しがきくものの、夜は月明かりの下でネオンを見やりタバコを嗜むくらいしかすることがないので天気は重要だ。
霊だから関係ないと言うなかれ。
霊だって雨なら憂鬱、晴れなら心地良いのだ。
いつもと何ら変わりなく、心許ない足場で月と星の瞬きに癒されながらタバコをふかしていると―――誰かが自分の真後ろの柵に凭れかかった、軋んだ音がして俺は反射的に顔を上げた。
「………変わってねえなあ、ここ」
懐かしむような感慨深げな声色に頭だけ振り返ると、自分と同じ程の年齢の男が夜のネオンを見下げている。
一瞬命を絶ちに来たのではと警戒したが、そうではないようだった。
現に俺の姿が視えていない。
今までの経験上、視えない人間は俺が介入する必要のない、明日を追う力のある者しかいなかった。
………こんな夜更けに珍しい。
様子を伺っていると、男もポケットから徐ろにタバコを取り出し火をつけ、ひとり煙を吐き始めた。
………。残業で一服しに来た、ってところか。
彼は再び正面に向き直り、そこから見える景色を堪能する。
「―――やっと来れたよ。お前に会いに」
ん?………ああ。独り言ね。
「ずっとそんな気になれなくて、足が向かなくてごめんな。オレ後悔しかなくてさ」
お前が死んでから。
呟いた男の一言に、んん?と彼が眉を寄せる。
『死んでから』?
俺がここに座るようになってからは誰も死なせていないはずだ。それ以前の誰かの弔いか?
「―――まだどこかにお前がいるような気がするよ」
………あの日。
オレがもう少し早くここに着いていれば、お前がそんな目に遭うこともなかったのに。
今でも目に焼きつく、伸ばされた手が胸を抉る。
「………ほんと、無茶しやがって。その無茶にも程がある」
………。無茶ってことは、その人は意志があって跳んだんじゃなく事故―――か?
「ああ、辞めだ辞め! こんな星が降ってきそうな日にシケた顔してたら、アイツに笑われるわ」
男はタバコを消すと、くるりと背を向け扉の方へ歩き出した。
「また来るからな」
ひら、と片手を上げて去って行く。
………自分の意思じゃなく何かの手違いで落ちたのなら、俺がいても防ぐのは難しかった………か?
ふと、男がいた足元に目が止まる。
柵の下に火のついたタバコが一本供えられていて、もうそれは粗方短くなっていた。
「………。会ってみたかったかも」
―――星を仰ぐ。
空気が澄んで、今にも落ちてきそうな星々。
まるで命の煌めきのようだと、彼はやる瀬なくただ目を細めた。
END.
神様だけが知っている(外された梯子)
「………いつまでそうしている気だ?」
空の上での転生の順番待ちの列は、相変わらず賑やかしい。
わいわい騒ぎ次々と滑り台を降りていく魂で混み合う中、離れた場所でひとつの器が台の頂で微動だにしないでいる。もう、何年も。
「ここにいる」
その問いに、器はただそう答えてきた。………もう、何年も。
―――頑なにそこから動かないとの報告を天使から受け、直々に見に来たはいいが。どうにも説得できそうな雰囲気にない。
「他の者は別の台で行っているぞ?」
「ここにいる」
「違う台でも転生するのに問題はなかろう?」
「ここにいる」
「………我儘を言うでない。どの台でも一緒、」
―――ではないことは。
わたしが誰よりも、………知っている。
その滑り台は既に機能していなかった。
下には降りられないよう鎖がかけられ、ご丁寧に大きく✕の札がかけられている。
最近はそんな台が増えてきていて、わたしも困惑を隠せないでいる。
理由はひとつひとつ違っており、単純なものから複雑なものまで多種多様を極め、台数の回復の見込みは今のところ目処が立っていない状態である。
「………ここがいい」
その器は寂しそうに呟くと、俯いて口を噤んだ。
「………どれだけ待っても、札は外れぬよ。そればかりか風化が進み、やがて崩れて塵となる」
わたしが躊躇いがちにそう告げると、器はさめざめと透明な涙を流した。
「先に滑ったふたりと約束したのに。待ってるって。待っててって。何で✕なの。ここしか嫌なのに」
………先に行った者達は、無事に転生し元気な命を頂いていた。
それに続きたかった気持ちはわかるが、昨今の事情から3回目以降は滑れない台が大半を締めている。
それどころか2回目も危うい台も多い。
さもすると1回目すら………。
「………。好きなだけいるがいい。お前は何も悪くない」
わたしはその魂の子の頭を撫でると、泣くでないと汚れのない涙を拭い慰めた。
END.
この道の先に(人類の行方)
究極の選択! 結婚するならどっち!?
①貴方に対する愛はないがそれ以外全てある人
②貴方に対する愛はあるがそれ以外全てない人
さあ諸君、選び給え!
「………イマドキ攻めた番組やってんね。視聴者から苦情きたりしないのかな」
夕飯後の時間帯、まあまあ視聴率だって気になるんじゃなかろうか。
デザートの林檎の酸味に、今年の果物は雨が多かったせいかイマイチだと残念に思う。
少し酸っぱいよ、と念を押しつつ隣の彼にも同じ物を勧めた。
「愛だけじゃ食べていけない、って母親世代は口癖のように言ってたけどね。昨今の共働き時代、まあもうその考え方が古いよな」
―――無駄に煌びやかな番組の演出を一瞥して、彼は林檎を一口齧るとフォークを置いた。
プロデューサーはバブル期で止まってる人間なのだろうか。こんなの後からお咎めがありそうで何となく不憫になる。
「それもそうだけど、結婚自体今の子には響かないでしょ。愛があろうとお金があろうと、しない子はしない。周りも特に何も言わないし」
「それでいいかどうかは別問題だけどな。少子化待ったなし、現実的に結婚しないで子供産むのはリスクが高いし。結婚は自由だけど生まれた子供まで親の自由を押し付けられない」
………うん。理屈はそうだけど、根本的にもうそんなレベルな話ではなくなっている。
だって実際に、
「お母さん、行ってくるね」
「ああ、うん。気をつけて」
年頃の娘が、お洒落をして浮足立ちながら家を後にする。
今流行りのあれに、うちの娘も例外なく夢中だ。
「………こんな時間からバイトか?」
いい顔をしない彼に、わたしは残りの林檎を口にした。
「彼氏と推し活だって」
「彼氏? ………ああ」
一瞬眉が動いたが、彼は黙って画面に目を移した。
―――その番組の究極の選択、とやらはもう既に終わっている。結局結論はわからず仕舞いだった。
「………そもそも“これ”の尋常じゃない普及率が一番の原因なのよ」
外見のカスタマイズは自由自在!
夜道も安心!
性的トラブルもありません!
―――画面から流れる、大々的なCMが小気味よい音楽と共に流れていく。
………本人が望むのならそれでいい、というスタンスが招いた結果がこれだ。
もう今更何をどうしたってどうにもできない域にまで達してしまっている。
「せめて人間で、とかも咎められそうで嫌だわ」
わたしはもう誰も手をつけようとしなくなった余った林檎を、躊躇うことなくいつもの袋に廃棄した。
END.