星空(記憶の旋律)
今夜は星が綺麗だ。
ずっと雨続きで月も星もない夜空だったから、久々に気分がいい。
こうもビルの屋上で座って過ごしていると、昼間は人々の喧騒や人間観察で潰しがきくものの、夜は月明かりの下でネオンを見やりタバコを嗜むくらいしかすることがないので天気は重要だ。
霊だから関係ないと言うなかれ。
霊だって雨なら憂鬱、晴れなら心地良いのだ。
いつもと何ら変わりなく、心許ない足場で月と星の瞬きに癒されながらタバコをふかしていると―――誰かが自分の真後ろの柵に凭れかかった、軋んだ音がして俺は反射的に顔を上げた。
「………変わってねえなあ、ここ」
懐かしむような感慨深げな声色に頭だけ振り返ると、自分と同じ程の年齢の男が夜のネオンを見下げている。
一瞬命を絶ちに来たのではと警戒したが、そうではないようだった。
現に俺の姿が視えていない。
今までの経験上、視えない人間は俺が介入する必要のない、明日を追う力のある者しかいなかった。
………こんな夜更けに珍しい。
様子を伺っていると、男もポケットから徐ろにタバコを取り出し火をつけ、ひとり煙を吐き始めた。
………。残業で一服しに来た、ってところか。
彼は再び正面に向き直り、そこから見える景色を堪能する。
「―――やっと来れたよ。お前に会いに」
ん?………ああ。独り言ね。
「ずっとそんな気になれなくて、足が向かなくてごめんな。オレ後悔しかなくてさ」
お前が死んでから。
呟いた男の一言に、んん?と彼が眉を寄せる。
『死んでから』?
俺がここに座るようになってからは誰も死なせていないはずだ。それ以前の誰かの弔いか?
「―――まだどこかにお前がいるような気がするよ」
………あの日。
オレがもう少し早くここに着いていれば、お前がそんな目に遭うこともなかったのに。
今でも目に焼きつく、伸ばされた手が胸を抉る。
「………ほんと、無茶しやがって。その無茶にも程がある」
………。無茶ってことは、その人は意志があって跳んだんじゃなく事故―――か?
「ああ、辞めだ辞め! こんな星が降ってきそうな日にシケた顔してたら、アイツに笑われるわ」
男はタバコを消すと、くるりと背を向け扉の方へ歩き出した。
「また来るからな」
ひら、と片手を上げて去って行く。
………自分の意思じゃなく何かの手違いで落ちたのなら、俺がいても防ぐのは難しかった………か?
ふと、男がいた足元に目が止まる。
柵の下に火のついたタバコが一本供えられていて、もうそれは粗方短くなっていた。
「………。会ってみたかったかも」
―――星を仰ぐ。
空気が澄んで、今にも落ちてきそうな星々。
まるで命の煌めきのようだと、彼はやる瀬なくただ目を細めた。
END.
7/6/2024, 3:54:48 AM