安達 リョウ

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6/23/2024, 8:13:00 AM

日常(世知辛い世界)


なんて清々しい朝!
わたしはベッドから起き伸びをする。
外は快晴、気分上々。いいことが沢山ありそうな予感。

「あら、今朝は早いじゃない。どういう風の吹き回し?」
「テストも終わったし、心が軽くなったからねー」
「返ってくるの楽しみねえ」
「………いやそれは別問題」

ほどなく朝食が並べられる。
いつもトーストとスクランブルエッグ、フルーツヨーグルトなのに今日は和食だ。―――しかも手が込んでいる。

「お母さんも今朝は気分良くてね、早起きして朝ごはん頑張っちゃった。昆布と鱈子のおにぎり、具だくさんのお味噌汁、出汁巻き卵焼き。お魚は鮭にしたの」

………。聞いてない。
―――上機嫌な母親に、彼女の表情が僅かに固まる。
「おおー、豪華だなあ」
「あらお父さんにも同じものよ、もちろんね」
「これは嬉しいな。なあ?」
同意を求められて、わたしは微妙な間を置いてから頷いた。
父がテーブルに銀の♡3枚を置く。
 
途端に母の顔色が変わった。

「やだ、お父さんいつものがよかった? ごめんなさいね」
母が不機嫌そうに手早くその朝食を下げ始める。
「え、あ、いや」
「お母さん、意地悪」
わたしは素早く制服の内ポケットから金の♡2枚を母に手渡した。
「朝から大変だったね、ありがと。お父さんを怒らないで?」
「………。仕方ないわね。娘の顔に免じて許してあげる」

わたしはその言葉にホッとして父に目で合図を送り、豪華な朝食を食べ始める。
「………すまんな」
―――母がキッチンを離れた隙に、父が申し訳なさげに金の♡を3枚わたしに差し出した。
「え、いいの?」
「母さん不機嫌になったらこれで済まないからな。安いもんだ」
やった。やっぱり今日は朝からツイてる。

「行ってきまーす!」


―――信号待ちで見知らぬ青年がお年寄りの手を引き、車を制止。金1枚。
―――窓の大きなカフェで恋人達が別れ話で揉めている。女が泣きそうになるのを必死で宥めるそのテーブルには、金5枚。
―――向かいから歩いてくる買い物帰りの夫婦。奥さんの荷物が重いらしい、旦那さんが代わってあげる。
銀1枚。

うん。今日も平和だ。


登校途中、わたしはいつもの道で親友と合流する。
 
「おはよ!宿題やってきた? もう眠くて全然捗らなくてさー」
「あ、しまった!」
「え?」
焦りなから制服の内ポケットを探る。
「補充してくるの忘れた………」
―――今朝父から貰った金3枚と、前々からある銀が数枚。これはヤバい。

「先行ってて!」
わたしは慌てて踵を返し駆け出した。

今日はダルい授業がいくつもある。
気難しい教師に♡は欠かせない。
さらに昼からの給食のランクアップ、部活動の練習量の調整。
正直いくつあっても足りないのが現状で、どこにどう使うかの駆け引きが日々の明暗を分けるといっても過言ではない。

「………よし、こんなものかな」
補充完了、わたしは再度家を出ようとした―――のだが。

「こら!遅刻は許さないわよ」

―――背後からの低い声。
見ずともわかる母の仁王立ちに、わたしはああ………、と落胆した。
内心渋々、制服の内ポケットから金♡1枚を献上する。
「………お願いします」
「飛ばすわよ」

母はにっこり頷いて、颯爽と車に乗り込んだ。


END.

6/22/2024, 7:40:00 AM

好きな色(招かざる色)


「………色は白が一番無難じゃない?」

―――テーブルの上にある沢山のメーカーのカタログ。
そのカタログを囲んで家族がそれぞれに、自分の好みの冷蔵庫を選んでいる。

「うーん、落ち着いたブラックがいいんじゃないか?」
「俺は赤がいい。映えるし、存在感あるし」
「何言ってるの、緑がいいよ。キッチンに緑最適! 癒やしの色の象徴」
「わたしピンク! ピンク一択!」

………。なにこの謎の会議?

そろそろ冷えが甘くなってきたのはどうやら扉の締まり具合が怪しくなってきたかららしく、これは夏前に買い替えなければと家電屋でカタログを片っ端から貰ってきたのだが。

え? 色?
今日日機能じゃなくて色? 見かけなの?
いやわたしも冒頭で白とか言ったけど、それはあくまで白がオーソドックスだからそう言ったまでで、深い意味は何もないんだけど。

「色はまあ置いといて、ほら便利な機能とか………」

「えー何で黒なの!? うちモダンじゃないから、黒は似合わない! 論外!」
「そう言うピンクって何だよ!? キッチンにピンクである意味がわからねえ!」
「赤は駄目だよ。風水的に水場に赤は縁起悪い」
「緑は無理だ。野菜を思い出す」

………いや、だから何で色の話してんの。

「ねえ、今ハイテクでスマホと連動して冷蔵庫の中見れるんだって!」

「確かに赤はないな」
「はあ!? ピンクだろどう考えても」
「黒は気分滅入るよー!」
「緑キツイって」

「ねえ、最近の急速冷凍凄いよ! 消臭機能も充実してる」

黒!
赤!
緑!
ピンク!

………………。
なるほど、機能なんて二の次で見た目最重要かい。
普段料理なんて全くしない人間の意見を聞こうとしたわたしが馬鹿だったね。はい。

「色は白にします」

えーーー!?
―――一斉に上がった不満の声に、わたしはぎろりと睨みを効かす。

「じゃあ毎日ご飯作ってくれるのね?」

ありがたいわあ、と喜ぶと皆示し合わせたように口を噤んだ。
そう、事実上母の完全勝利。 ―――のはずだったのだが。


………どうしてこうなった?

家にやってきた、真新しい冷蔵庫を見てわたしは愕然とする。

冷蔵室、黒。
冷凍室、赤。
野菜室、緑。
取っ手、ピンク。

「白の在庫がなかったからって、普通こうなる?」

どんなカスタムしたらこうなんの。
………というか、白の要素却下って地味に舐めてる。

「いやあ、良いのが届いたねえ」
「案外イケてる」
「カラフルでいいじゃない!」
「おう、洒落てる洒落てる」

新しい冷蔵庫に湧く家族どもに、これでもかと睨みを効かすと彼らは散り散りに逃げて行った。

わたしは冷蔵庫を前に大きな溜息を吐く。

………まあ、ここまできてしまっては仕方がない。

わたしは覚悟を決めると、その真新しいカラフル極まりない冷蔵庫を開け放った。


END.

6/21/2024, 6:49:51 AM

あなたがいたから(想いは死なない)


―――朝のラッシュアワーに急かされるように歩みを進める。
スーツにネクタイ、この時期は何かと蒸して暑苦しく着心地も最悪だ。

俺は歩道橋を渡り、信号で立ち止まる。


『いいんだ?』

真夜中のビルの屋上。
心許ない足場に立つ俺から然程離れていない場所で、足を組んで腰掛ける―――青年がひとり。
人外であることは瞬時に理解した。
………心底どうでもよかったが。

『見るも無惨になると思うけど、大丈夫そう?』

何気なく話しかけられた。
人と普通に会話できるのかと妙に感心する。
『それを心配するくらいなら、最初からここには立たないだろうと思うのだが?』
『………まあそうだね』
そいつはポケットからタバコとライターを取り出し、何食わぬ顔でそれを吸い始めるのだからさすがの俺も面食らった。
『人がこれから最期の瞬間を迎えるんだ。お前が何者か知らないが、そういうのは遠慮するのがマナーじゃないか?』
『あー………、ごめんごめん。どうしても手持ち無沙汰でね。すぐ悪い癖が出る』
特に悪びれる様子もなく肩を竦める彼に、俺は心底辟易する。
来る場所を間違えたと心から思った。

『そうするに至った理由を聞いても?』
『それに何の意味がある?』
『………つれないなあ』
苦笑するのが伝わってくる。放っといてくれ。
『―――過去も未来も、もういいの?』
『うん?』
『俺の受け売りなんだけど。過去と未来の自分に、今死んでもいいかって聞いてみる、っていうの』
『………。面白いことを言う』
幽霊に引き止められるとは思わなかった。
早くしろと背中を押されるものと思っていたのに。

『………それはもう全部捨ててきた』

―――脳裏を掠める家族の面影。
幸せだった頃の笑顔が容赦なく俺の胸を抉る。

俺はじり、と僅かに体を宙に寄せた。

『まあいいんだけどさ。勿体ないね』
ちらりと俺を見て、青年が声を上げる。
『勿体ない? ………生きようと思えば生きられるのに、か。嫌味だな』
『違うよ。あなたの握ってる、その柵の手』
『手?』
これが何だ、と俺は青年を見る。

『大勢のあなたの過去と未来の人達が、その柵を握るあなたの手に手を重ねてる』

『………。何を、馬鹿な』
『死なせたくないんだね、きっと』

―――俺の手に?
訝しげにまじまじと眺めてみるも、何も見えはしないし感じない。
『………信じないなら信じないで構わないよ。そのたくさんの手を振り解いて飛び降りればいい』
『………』

『あと正面で抱き締めてる奥さんと、背後から抱きついている娘さんも』

!!―――

『全部振り切って』

『………。まだ俺に………生きろって?』
『そうみたいだね』
『―――酷なことを言う。生前から変わってない。無茶で我儘で、振り回されてばかりだ』

『………辛いけど、愛おしいね』

愛だね


―――記憶はそこで途切れた。
気づいたらビルの真下で呆けたように立ち尽くしていた。

「………暑いな」
掌で風を送りながら、俺は青に変わった交差点を歩いていく。
―――夢のようなそうでないような、けれど鮮明な。

“愛だね”

―――ふと振り返る。
人混みにビルの屋上で見た、あの青年がいたような気がした。

俺は暫くそのまま佇み、………また再び歩き出した。


END.


※関連お題
5/25「あの頃の私へ」
6/6 「誰にも言えない秘密」

6/20/2024, 3:26:34 AM

相合傘(隣人にご注意)


「すげー雨だなあ、通り雨でこれはキツイな」
「だよね。まさかこんなに降るとは思わなかった」

……………。

「………お前さ、なに普通に人の傘入ってきてんの」
「え、そう言わずにさ。後で何か奢るから、入れてよお願い」
承諾もしていないのにしれっと隣に居座る図々しさ。
人畜無害な顔とは裏腹になんと図太い神経よ。
「何で俺なんだよ、他にもいるだろ傘持ってるやつ」
「えー旧知の仲じゃん」
いつから!? ねえいつから教えて!?
「幼馴染み蔑ろにすると痛い目に遭うよ」
「もうそれ脅迫だろ、学校一のモテ男が言っていいセリフじゃねーよ」
呆れた口調で返すと、減らず口だなあとのんびりと返される。
いやそれお前だから。


「よりによってお前と相合傘なんてツイてないわ」

―――歩きながら隣でぶつぶつと不平を漏らす。

こいつは男の俺から見ても幼い頃から顔立ちが抜群に良かった。それはもう、周りからのちやほやが絶えることがないくらいに。
見た目“中の中”でしかない俺はそれが本当に面白くなくて、幼馴染みではあったけれど極力こいつとは関わらないようにしてきたのだ。
………なのに何だこの状況。親友かよ。

「まあまあ。僕だってできるなら可愛い女の子と相合傘したかったよ。お前だけじゃないんだから」
「善意で入れてもらってる分際でそれ俺に言う!? だいたいお前ならその辺の女子に声かけたら喜んで傘入れてくれただろうが。だから何で俺なんだって聞いてんの!」

ああ嫌だ嫌だ、ああ言えばこう言う。
顔の良いやつはどうしてこう言葉巧みなのか?
顔面詐欺で泣く女が増える前に自重しろ、自重。

歯噛みする彼の鋭い視線は、完全に僻みでしかない。

「そのシチュエーション………」
つと、幼馴染みの足が止まった。
「叶えられそう」
「は?」
?と思い傘を少し上げると、前方にこれまた相合傘をしている一組の女子の姿。

見覚えがある。
その内のひとり、彼女は―――。

「じゃあここからは希望のシチュエーションでいこう」
「は!?」
「あの二人、家の方向の分岐点があそこなんだよね。で、どういう計らいか僕らも一緒。てことで、お解り?」
お、お解りって………

おーーーい!

―――笑顔で気さくに手を振る幼馴染みに、俺はぎょっとする。
「お、おい!」
「………。嫌だった?」
意味深に口端を上げるその様子に、背筋が寒くなる。
こいつまさか、知って………!

「これで奢るの相殺ね♪」

耳元に口を寄せて囁かれた一言に、俺は膝から崩れ落ちそうになるのを辛うじて我慢する。

―――楽しげに鼻歌を歌う幼馴染み。
―――弱みを握られたと動揺を隠せないでいる俺。

元から自分より一枚も二枚も上手な隣人に、俺は降参するより成す術がなかった。


END.



♡500突破、嬉しいです。ありがとうございます。
頂けるととっても励みになります!
どうにも拙い文章ですが、これからもあたたかい目で読んでもらえたら幸いです。

6/19/2024, 3:06:13 AM

落下(君に幸多かれ)


落ちていく。落ちていく。

今この瞬間も物凄い速度で急降下している。
周りに飛び交う悲鳴と怒号が凄まじい。
―――阿鼻叫喚。さながら地獄絵図。

「………にはまだ、早いか」

周りの喧騒とは対照的に、俺はひとり静かに呟いた。
立ち上がり右往左往する人混みの中、至って冷静にペンを走らせる。
冷静、というより俺は感覚がとっくに麻痺していた。

―――もう助からない。

………嫌という程肌で感じ取ってしまっていた。
こんな上空何千メートルの位置にあって、小さな窓からは炎しか見えない。
万が一の望みを賭けて、助かろうとする人々のいじらしさに虚しさを覚えながら―――俺はさらにペンを走らせる。もう殴り書きに近い。

“ごめん。ごめんな。
こんなところで死ぬなんて。
君を置いていく俺を責めてくれ”

左側で耳を劈く爆発音。
衝撃で書く手が揺れる。
………ただでさえ震えが止まらず上手く書けないってのに、勘弁してほしい。

“お願いがある。
俺の棺に君から貰ったラブレターを入れてほしい。
俺の自室の戸棚の、3番目の引き出しの奥に入っている。
遺体は燃え尽きてないかもしれないが、葬儀の際にどうか入れてほしい”

今度は反対側の後方から鈍い破裂音。
ああ。ああ。
まだ書きたい、書き足りない、
どうか、どうか神様、

―――急激な急降下に目眩がしたが、俺は必死で紙とペンを握り締める。

離すものか。

離すものか。

ごめん、

どうか君に 幸、あ れ


「奥さま」

―――訃報の一報が届いてから、記憶が曖昧だった。
現地に飛び、彼の最期の場所に足を踏み入れるまで長い時間を擁した。

「………もう、破片しかないのね」

飛行機の残骸は見るに堪えないもので、生存者はひとりもいなかった。
燃料全てを炎に変え、遺体はおろか所持品でさえ発見は困難を極めた。

『お土産は君の大好きなカリソンにするよ。
もちろん覚えてるさ、通称幸せのお菓子』

幸せの………

―――涙が溢れそうになるが、彼女は唇を噛み締めて空を仰ぐ。
………泣いたらあの人が心配する。
これ以上あの人を苦しめてどうするの。

「………奥さま。そろそろお戻りに」
「―――ええ」
促され、彼女がそっと背を向け歩き出したその時。

一陣の風が吹き抜けた。

「!………」
強風に思わず手で顔を遮る、―――その掌の内に。
? なに、紙……?

“幸 あれ”

それを手にしたまま、彼女が振り返る。

―――砂塵が舞い、わたしの周りを名残惜しむように風が通り抜けた後。

彼がすぐ傍で笑ったような気がした。


END.

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