日常(世知辛い世界)
なんて清々しい朝!
わたしはベッドから起き伸びをする。
外は快晴、気分上々。いいことが沢山ありそうな予感。
「あら、今朝は早いじゃない。どういう風の吹き回し?」
「テストも終わったし、心が軽くなったからねー」
「返ってくるの楽しみねえ」
「………いやそれは別問題」
ほどなく朝食が並べられる。
いつもトーストとスクランブルエッグ、フルーツヨーグルトなのに今日は和食だ。―――しかも手が込んでいる。
「お母さんも今朝は気分良くてね、早起きして朝ごはん頑張っちゃった。昆布と鱈子のおにぎり、具だくさんのお味噌汁、出汁巻き卵焼き。お魚は鮭にしたの」
………。聞いてない。
―――上機嫌な母親に、彼女の表情が僅かに固まる。
「おおー、豪華だなあ」
「あらお父さんにも同じものよ、もちろんね」
「これは嬉しいな。なあ?」
同意を求められて、わたしは微妙な間を置いてから頷いた。
父がテーブルに銀の♡3枚を置く。
途端に母の顔色が変わった。
「やだ、お父さんいつものがよかった? ごめんなさいね」
母が不機嫌そうに手早くその朝食を下げ始める。
「え、あ、いや」
「お母さん、意地悪」
わたしは素早く制服の内ポケットから金の♡2枚を母に手渡した。
「朝から大変だったね、ありがと。お父さんを怒らないで?」
「………。仕方ないわね。娘の顔に免じて許してあげる」
わたしはその言葉にホッとして父に目で合図を送り、豪華な朝食を食べ始める。
「………すまんな」
―――母がキッチンを離れた隙に、父が申し訳なさげに金の♡を3枚わたしに差し出した。
「え、いいの?」
「母さん不機嫌になったらこれで済まないからな。安いもんだ」
やった。やっぱり今日は朝からツイてる。
「行ってきまーす!」
―――信号待ちで見知らぬ青年がお年寄りの手を引き、車を制止。金1枚。
―――窓の大きなカフェで恋人達が別れ話で揉めている。女が泣きそうになるのを必死で宥めるそのテーブルには、金5枚。
―――向かいから歩いてくる買い物帰りの夫婦。奥さんの荷物が重いらしい、旦那さんが代わってあげる。
銀1枚。
うん。今日も平和だ。
登校途中、わたしはいつもの道で親友と合流する。
「おはよ!宿題やってきた? もう眠くて全然捗らなくてさー」
「あ、しまった!」
「え?」
焦りなから制服の内ポケットを探る。
「補充してくるの忘れた………」
―――今朝父から貰った金3枚と、前々からある銀が数枚。これはヤバい。
「先行ってて!」
わたしは慌てて踵を返し駆け出した。
今日はダルい授業がいくつもある。
気難しい教師に♡は欠かせない。
さらに昼からの給食のランクアップ、部活動の練習量の調整。
正直いくつあっても足りないのが現状で、どこにどう使うかの駆け引きが日々の明暗を分けるといっても過言ではない。
「………よし、こんなものかな」
補充完了、わたしは再度家を出ようとした―――のだが。
「こら!遅刻は許さないわよ」
―――背後からの低い声。
見ずともわかる母の仁王立ちに、わたしはああ………、と落胆した。
内心渋々、制服の内ポケットから金♡1枚を献上する。
「………お願いします」
「飛ばすわよ」
母はにっこり頷いて、颯爽と車に乗り込んだ。
END.
6/23/2024, 8:13:00 AM