好き嫌い(何事も分かち合う)
遊園地をデートに選んだのは久し振りだった。
彼もわたしも実はあまり得意ではないのだけど、よくある“次は意外と楽しめたりして?”という誘惑についつい乗ってしまうのだ。
けれどその甘い誘いに乗って、それが見事に上手くいった試しは―――今のところ、無い。
「………二時間弱待って、これかよ」
―――今年完成したばかりの、大人気の超巨大ジェットコースター。
彼女のどうしてもの懇願にほだされ、渋々列に並んでしまったのが運の尽きだった。
見かけほど怖くはなさそうで、もしやイケてしまうのでは?と一瞬でも思ってしまった自分を殴りたい。
………散々待たされた挙げ句、絶叫マシンをフルに体感して撃沈。
前回と同じく、遊園地の一角のベンチを占領する羽目に陥った。
「大丈夫? 買ってきたよ」
「………おう。サンキュ」
まだ視界が揺れていて、当分収まりそうにない。
彼女に手渡されたそれを開け、口をつけると幾分かは楽になった。
「やっぱりダメだったねえ」
「こういうのの克服は無理なんだって。生まれた時から細胞に組み込まれてんの。遺伝なの」
ベンチに横になったまま、ひらひらと手を振る。
どうやら降参の白旗を揚げているつもりらしい。
「大袈裟だなー」
「いや何ともないお前がおかしいんだよ」
そろそろ平気かと身を起こし、息をつく。
………せっかくの久し振りのデートだというのに、この失態は頂けない。
しかも前回同様一度ならず二度までも。これは相手にも平等に克服してもらわなければ。
「じゃあ、次は俺に決めさせてくれ。あれ、な」
「え」
―――くいと指を向けられた方向にあったのは、わたしが大大大嫌いなお化け屋敷。
ええーーーー!?と叫んでみるも、俺ばかり卑怯だと辞退は却下され、わたしは抵抗虚しくそれに強制的にチャレンジさせられる羽目になった。
―――一時間後。
ものの見事にベンチで撃沈している様は、立場逆転というより他ない。
「怖かった、ほんと怖かった! もうやだ、だから無理だって言ったのに」
「いやいやそれ言う?俺にそれ言っちゃう? じゃあ大袈裟だって言おうか?」
「………。ごめんなさい」
ぐうの音も出ない彼女が、口をへの字に曲げて押し黙る。
その様子に、しまったやりすぎたかと反省した俺は、もう夕暮れ近くになってそろそろ最後のひとつかと思いある提案をした。
「じゃあさ、お互いの健闘を讃えてあれ乗らね?」
―――指差したのは、観覧車。
デート最後のど定番、お決まりのお約束。
「うん。乗る」
「素直でよろしい」
「けど、その前に約束して?」
何を?と問い返すと、彼女は悪魔の契約を要求した。
「また一緒にここに来て」
………………。
何の試練? 何の罰ゲーム?
お前はいつからSになった? いや寧ろМか?
―――服の裾を掴んで見上げるその目に抗えるはずもなく、俺は本日二度目の撃沈を体感した。
END.
街(ヒーローは心の内に)
ここは商店街のど真ん中にある特設ステージ。
誰もが一度は見たことがあるだろう戦隊もののショーが、華々しく開催されていた。
「わっはっは、この街は我々が支配した」
「キャー! 誰が助けてー!」
―――そこで颯爽と三人のヒーローが登場。
「この街の平和は俺達が守る!」
何やかんやで見事敵を討ち果たし、めでたしめでたし。
「平和は保たれた! みんな、また会おう!」
決めポーズと共に流れるBGM………。
…………………。
割と広めな、そのステージの真ん前に並べられたパイプ椅子に座る客からの拍手は皆無だった。
そもそも人が居ず、いるのは眠りこけている老人と、熱心にスマホを触る高校生のみ。
「あー、やってられねーよな」
―――ショーが終わり、控えの仕切り場所で衣装を脱ぎ身支度を整える。
その内の緑役の一人が、大仰に盛大な溜息を吐いた。
「こんな子供のいねーとこで戦隊モノやったって何の効果もなくね? 主催者はどういう経緯でこれ企画したのかね、気が知れないね」
「………そう言うなよ。こういうのも街おこしの一環だろ」
黄役が、な、と赤のリーダー役を務める彼に話を振る。
「え? あ………そうだな」
「何だよその反応。リーダーのお前がそんなんじゃ話にならねーよ」
「―――うん。ごめん」
次に行く特設イベントの打ち合わせをし、彼は二人と別れると寂れた街の中を歩き出した。
帰ったらすぐ予備校行って、
それ終わったら母さん病院に連れてって、
ああ帰りに米買わなきゃ。
今日晩御飯何にするかな。昨日何作ったっけ………
「おーい、ちょっと待った!!」
え。と思い振り返ると、一人の男性が息を切らしながら自分に手を上げ走ってくる。
あれ、どこかで見たような………。
―――長いこと走ったのだろう、男性は苦しそうな表情で彼の前で屈みつつ立ち止まると、はい、と手の中の封筒を徐ろに差し出した。
「忘れてたでしょ。バイト代」
―――ああ、確かに。
わざわざすみません、と頭を下げ僕はそれを有り難く受け取った。
「弾んどいたから、また来てよ」
笑顔でそう言われ、僕は先程のほぼ無観客の状態を思い出す。
「またやるんですか?」
「ああ、また今度な。次はもう少し時間帯変えて、場所も移動しないとなー。ビラももっと子供向けに作り直さんと」
うんうん頷きながら考え込む男性に彼は苦笑する。
「今どき流行らないと思いますよ、こういうの」
「えっ? じゃあ何でやってんの、戦隊ヒーロー。他にいくらでもバイトなんてあるのに」
―――何で?
………何でだっけ。
黙ってしまった僕を照れだと勘違いした男性が、僕の様子にその場で豪快に破顔する。
「いいよな、戦隊ヒーローって夢があってさ。子供なら誰でも一度は通る道だよな」
「………」
おとうさん、ぼくもしょうらいヒーローになる!
ぜったいあか! あかがいい!
―――いつの間に忘れてたんだろう。
赤しか嫌だって、ごねて困らせてたのはいつだったっけ………。
「この街をまた昔みたいに、活気づいた賑やかな街に戻すのが俺の夢なんだよ」
それってさ、慈善活動というか戦隊ヒーローに似てない?
―――男性は一通り喋り倒すと、僕の背中をばしばしと叩いて帰っていった。
ふと、手にあった封筒を開く。
僕はその中身を見て目を丸くした。
………これじゃほんとに慈善事業じゃん、おじさん………。
彼はそれを大事そうに元に戻すと、それまでずっと地面にあった視線を空へと上向けた。
―――今日の晩御飯は少しだけ奮発しようかな。
あ、まずい、遅くなってしまった、と。
腕時計に目をやった彼は、慌てて家路を急いだ。
END.
やりたいこと(有限を生きる)
余命幾ばくもない、と知ってから、あれもこれもやっておけばよかった、なんて後悔するんだから人ってのは自分勝手だとつくづく思う。
医者に、残りの人生有意義にお過ごし下さいなんて言われて参ってしまったが、―――そうなのだ。
時間がない
「ねえどうしたの急に、バッティングセンターなんて来て」
「んー? 何となく、昔思い出してさ。俺高校時代野球部で、結構強いとこだったんだぜ。甲子園とかは夢のまた夢だったけどな」
速球に反応が遅れて打ち損じる。
やっぱ鈍ってんな、歳には勝てないねえと感慨深く呟いて次の球を待つ。
………そういえばあの頃の仲間達はどうしているだろう。最近は飲みにも行かなくなってしまった。
―――久し振りに誘ってみるのもいいかもしれない。
「なあ、今度一緒に旅行に行かないか」
「えー? 何よほんと、どうしちゃったの? わたしがどれだけ誘っても動かない、出不精だったくせに」
口を尖らせる彼女に、俺は苦笑する。
ごめんな、もう自分には時間がないんだ、とはまだ言えなかった。
俺は覚悟ができていても、彼女がそうだとは限らない。
………俺がまだ元気でいる間は、彼女の涙は見たくなかった。素でいてほしかった。
―――何も知らない、そのままで。
「俺やりたいこと意外とあったんだって今更気づいたんだよ。付き合ってくれよ、一人じゃ寂しいから」
このとーり、と両手を合わせて懇願する。
「仕方ないわねー、いいわよ行ってあげる。ほんとどういう風の吹き回しなんだか」
呆れる彼女が見守る横で、機械から放たれたボールにバットを思いきり振り抜く。
ホームランと宙に掲げられた看板の脇をボールが掠め、俺はちっと軽く舌打ちをした。
「旅行の次はやっぱり野球観戦だな。あとキャンプやバーベキューもいい。一日中家でゲーム三昧も捨てがたい」
「遊んでばっかじゃない。仕事しなよ」
「………それはまあ、置いといて」
俺は一息入れつつ、彼女の方を見た。
何よ?とその目が訝しげに自分を映す。
「やりたいことはやる前提として、お前がいないと話にならない」
「―――あら。とうとう気づいちゃった? わたしの重要性」
おどけた風に胸を張り、誇らしげにする彼女に目を細める。
そんな彼女を、いつまでも目に焼きつけたかった。
「一緒に暮らさないか」
―――俺は一生忘れないと思う。
その時の彼女の表情を。
涙は見たくないと思ったが、これは純粋に心底嬉しかった。
今も刻々と削られていく命に、短いも長いも関係ないと思う。
全ては瞬間の連続だ。
―――命尽きるその時まで。
俺は全力で、俺であろうと思う。
END.
朝日の温もり(優しい時間)
冬場と違い、春は日の出が早くその陽射しも暖かい。
わたしはその光に目覚め良く起き上がると、早速支度を始めた。
働くようになってから欠かさず続けている、ジョギングに出掛ける。
走り始めて数分後、いつもの器の専門店の前を通りかかった。
大きなウィンドウから様々な陶器が顔を覗かせていて、いつも癒されるお気に入りのお店。
その軒下でほんの少しだけ休憩がてら足を止めて、また走り出す。そんな毎日を送っていた。
ある日、ジョギングの最中に雨が降り出した。
丁度お店の軒下に差し掛かり、助かったとばかり雨宿りをさせてもらう。
―――ふとウィンドウを覗くと、4、5歳くらいの年齢の小さな女の子と目が合った。
ここのお店の子かな? 可愛らしい。
思わず手を振ると、目を丸くして次におずおずと手を振り返してくれた。
反応が純粋で良いなあ、と心良く思っていると、不意に店のドアが開き店主らしき人物とばっちり目が合ってしまう。
あ、マズい。何か言われるかも。
「あの、よかったらこれどうぞ」
「えっ」
―――男性の手には細身の傘。
差し出され、わたしは焦って首を振る。
「大丈夫です、雨宿りさせて頂けるだけでありがたいです。小降りになったら行きますので」
申し出は嬉しかったが煩わすわけにはいかない。
固辞するわたしに、ドアからもうひとつひょっこりと小さな顔が現れた。さっきの女の子だ。
どーぞ、と拙い口調で傘を指差す。
「雨、止みそうにないから遠慮しないで。また返してくれたらいいよ、いつもここ寄るでしょう」
「あ………気づかれてましたか。すみません」
「いやいや謝らないで。うちの娘の大事なお時計さんなんだから、あなたは」
「お時計さん?」
聞き返すと、おとけーさん!と女の子が笑顔で飛び跳ねる。
「あなたが通るとね、娘が幼稚園の準備を始めるの。だからお時計さん」
なるほど。
いつも何気なく通っているだけだったけれど、どうやら役に立っていたらしい。
「娘がね、おとけーさん濡れると壊れて明日来てくれなくなる!って騒いでね。傘、使ってくれないかな」
「あはは。壊れちゃうって風邪引くってことですかね。素敵な表現ですね」
―――わたしは小さい彼女と同じ目線まで屈むと、にこりと微笑んだ。
「お時計さん、傘貸してもらうね。ありがとう」
「うん! 明日も来てくれる?」
「もちろん。雨が降らないように祈ってて」
わたしは男性に丁寧にお礼を言い、二人と別れて傘を差す。
ああなんて素敵な親子だろう。朝からテンション上がっちゃう。
今日は一日仕事張り切っちゃうよ、わたし。
―――この雨もきっと明日の朝には上がって、またわたしは朝日と共にここに来る。
そうしたら今度は笑顔で小さな彼女に手を振ろう。
あなたのお時計さんは今日も健在だよ、と。
END.
岐路(闇の二択)
「ま、待て………」
―――最終決戦、旅の終わりの最後の城。
魔王との死闘の末ついに膝をつかせたその喉元に、勇者は鋭い剣先をつきつけた。
「この期に及んで命乞いか? 見苦しい」
我が。
この我が、こんな小僧に屈するとは………!
ぎり、と魔王が唇を噛み締める。
―――いやまだだ。まだ我に、勝機はある。
「まあ待て勇者よ。お前の無類の強さはこの身を持って思い知った。恐れ入ったぞ、感服する」
「………褒めて頂き光栄だ、とでも言えば満足か? 最期に言いたいことはそれだけか」
―――剣先が撓る。
いや待て、と魔王は話を繋いだ。
我がここで今お前に倒され滅んだとしても、世の瘴気が完全に晴れることはない。
禍々しい悪は蔓延り、都度新たな魔王が誕生する。延々と堂々巡りを繰り返すだけだ、馬鹿馬鹿しかろう?
しかしこれを打破する唯一の方法がある。
お前が我と手を組み世界を征するのだ。
我の同朋となれ。さすれば世界の半分をお前にやろう。
悪い提案ではあるまい?
「………そうか、半分か」
「そうだ。半分はお前のもの、好きにすればよい。覇者となれるのだぞ。どうだ、欲しくはないか?」
さあ提案に乗るがいい。
勇者といえど人の端くれ、欲望には打ち勝てまい。
………我は倒される寸前で辛くも命を繋ぎ、そのままお前を闇の世界に葬り去る。
全てはまた、それからだ。
「お前は何か勘違いをしている」
勇者は後方に控えていた魔導士を近くに呼ぶと、彼に“それ”を発動させた。
―――片手を掲げた真上の空間に亀裂が入り、漆黒の闇が現れる。
「この状況でそんな詭弁を振るうとは、お前も相当に余裕がないらしい。………そんな余裕のないお前に、私もひとつ提案がある」
「何だと?」
「私もお前に世界の半分を授けようと思う。永遠を彷徨い続けるこの魔法の闇に囚われるか、それとも自身を終わらす死の闇に囚われるか」
魔王の額に一筋、汗が流れる。
「世界の半分、闇の世界の二択だ」
罪のない人々を大勢死に追いやった、お前に相応しい最期だろう?
勇者の持つ剣先が鈍く輝く。
その後魔王が見たのは、深淵の闇か息絶え朽ち果てた先に広がる闇か―――。
世界が平和となった今。
その真相に触れる者はいない。
END.