安達 リョウ

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朝日の温もり(優しい時間)


冬場と違い、春は日の出が早くその陽射しも暖かい。
わたしはその光に目覚め良く起き上がると、早速支度を始めた。
働くようになってから欠かさず続けている、ジョギングに出掛ける。

走り始めて数分後、いつもの器の専門店の前を通りかかった。
大きなウィンドウから様々な陶器が顔を覗かせていて、いつも癒されるお気に入りのお店。
その軒下でほんの少しだけ休憩がてら足を止めて、また走り出す。そんな毎日を送っていた。

ある日、ジョギングの最中に雨が降り出した。

丁度お店の軒下に差し掛かり、助かったとばかり雨宿りをさせてもらう。
―――ふとウィンドウを覗くと、4、5歳くらいの年齢の小さな女の子と目が合った。

ここのお店の子かな? 可愛らしい。

思わず手を振ると、目を丸くして次におずおずと手を振り返してくれた。
反応が純粋で良いなあ、と心良く思っていると、不意に店のドアが開き店主らしき人物とばっちり目が合ってしまう。

あ、マズい。何か言われるかも。

「あの、よかったらこれどうぞ」
「えっ」

―――男性の手には細身の傘。
差し出され、わたしは焦って首を振る。

「大丈夫です、雨宿りさせて頂けるだけでありがたいです。小降りになったら行きますので」
申し出は嬉しかったが煩わすわけにはいかない。
固辞するわたしに、ドアからもうひとつひょっこりと小さな顔が現れた。さっきの女の子だ。
どーぞ、と拙い口調で傘を指差す。

「雨、止みそうにないから遠慮しないで。また返してくれたらいいよ、いつもここ寄るでしょう」
「あ………気づかれてましたか。すみません」
「いやいや謝らないで。うちの娘の大事なお時計さんなんだから、あなたは」
「お時計さん?」
聞き返すと、おとけーさん!と女の子が笑顔で飛び跳ねる。
「あなたが通るとね、娘が幼稚園の準備を始めるの。だからお時計さん」

なるほど。
いつも何気なく通っているだけだったけれど、どうやら役に立っていたらしい。

「娘がね、おとけーさん濡れると壊れて明日来てくれなくなる!って騒いでね。傘、使ってくれないかな」
「あはは。壊れちゃうって風邪引くってことですかね。素敵な表現ですね」

―――わたしは小さい彼女と同じ目線まで屈むと、にこりと微笑んだ。
「お時計さん、傘貸してもらうね。ありがとう」
「うん! 明日も来てくれる?」
「もちろん。雨が降らないように祈ってて」

わたしは男性に丁寧にお礼を言い、二人と別れて傘を差す。

ああなんて素敵な親子だろう。朝からテンション上がっちゃう。
今日は一日仕事張り切っちゃうよ、わたし。

―――この雨もきっと明日の朝には上がって、またわたしは朝日と共にここに来る。

そうしたら今度は笑顔で小さな彼女に手を振ろう。
あなたのお時計さんは今日も健在だよ、と。


END.

6/10/2024, 12:41:55 AM