世界の終わりに君と(命の還る場所)
―――世界滅亡までのカウントダウン。
巨大彗星が衝突するという眉唾な噂話が確実な定説へと変貌を遂げ、世界中を駆け巡った騒動から早数年。
“その時”はもうすぐそこまで迫っていた。
騒動が広まった当初はまだ人々に余裕があり、信憑性にも疑問があったため特に目立った混乱は起こらなかった。
―――良くも悪くも変わらない明日を信じてやまない人の性が、同調圧力をさらに強化させていたといえる。
だが、それも暫くすると一変する。
いよいよ彗星が地球に到達すると報じられると、人々は一斉に自我を剥き出しにして凶暴さを現した。
店を襲撃して欲しいものを片っ端から奪い合う。
食料は元より、欲望の糧となるあらゆるものが標的にされた。
この時既に働くという概念は人々から消え去り、店員はおろか警察官もいなければ自衛隊も居ない。
法治外国家を極めつくし、世界は崩壊の一途を辿っていった。
そして。
“その日”が来る。
「………。誰もいねーな」
―――都会のど真ん中でおーい、と呼んでみるも、人っ子一人見当たらず彼は天を仰いだ。
………本当に誰もいない。やはりどうやら皆ここを離れたらしい。
多少はそうなるだろうと薄々予測は立てていたが、これほどまでとは想定外だった。
誰かしらいるだろうと踏んでいたのだが。
いや………こうも簡単に築いたものを捨て去るとはな。
俺は溜息をつき、適当に日陰になれる場所を選んで腰を下ろす。
「………結局みんな、最後に考えることは同じってことか」
ぽつりと呟いてみるも返事はない。
―――寂しい? まさか。
ただ人々の似たりよったりな思考に、感心の念が湧くだけだ。
『もし世界が終わるなら、最期の瞬間まで綺麗な夜景を見ていたいわ』
―――生前彼女がよく話していた。
ああ。俺も一緒だよ。
でも人はどうしてか、自然を求めてしまう生き物らしい。
みんな最期の瞬間は文明の利器など見向きもしない。
海へ山へ草原へ、還れると信じて足を向ける。
―――けどきっと君は、ここにいるよな。
ほんの数日前までネオンで溢れていたこの街に。
「………世界の終わりを、二人で目に焼きつけたかったけどな」
人が去った街で、夜景など見れはしなかったのだけど。
それでも君ならここを離れなかったろう。
―――空が朱く染まり、やけに大きな太陽が沈んでいく。
ああ、時代が築き上げた大いなる廃墟と共に。
俺はやっと、君に還る。
END.
最悪(最下位という名の無慈悲)
今日から新学期だというのに気分が上がらない。
―――まだ半分眠っている頭でパンをかじる。
惰性でつけているテレビ画面から、番組最後のコーナーである星占いが流れていた。
局アナのおねえさんが視聴者に向けて朗らかに順位を発表していくのを、彼女はパンを頬張りながら何とはなしに眺めていた。
「え、最下位? ………最悪」
―――新学期から縁起の悪いものを見てしまった。
特に興味もないし気にもかけないが、心機一転となるこの日、最下位とかいうワードは聞きたくなかったのが本音だ。
“今日最下位のあなた!
やることなすこと全て裏目に出そう。身の回りに気をつけて!
ラッキースポットは―――”
「やだ、もうこんな時間」
不意に我に返り、彼女が時計を凝視する。
―――新学期早々、遅刻だけは何としても御免被りたい。
慌てて支度をし、自分を鼓舞するように行ってきます!と気持ち声を張ると勢いよく家を出た。
………占いなんか信じないが、やることなすことと言われるとちょっとムッとする。
確かに目覚ましは謎に無音のまま起してくれなかったし、いつも混んでないトイレは地味に混んでいて時間がかかったし、挙句の果てに今。遅刻の危機に晒されているのだけど。
「嘘だよこんなの。あの占いが悪い、全部あれのせい」
ああ憎き星占いめ。こっちが呪ってやろうか。
―――腕時計を見ながら小走りに裏門へと向かう。
間に合うか間に合わないか、時間との勝負の果て。
鳴り響く開始の音を頭上に受け、ようやく目前に現れたそれに対し―――
「最下位上っ等!」
ええいままよ!と、彼女はひらりと宙を舞った。
片手をついた塀の上。
颯爽と飛び越え華麗に着地し、速やかに校内に潜入する。
………という理想のイメージは、宙から見下げた視線と地上から見上げた視線によって最悪の結末を辿るに至った。
―――彼女の脳裏に今朝の星占いの続きが蘇る。
“今日のラッキースポットは―――”
「………学校の正門」
―――後悔先に立たず。
宙を舞う間、もう二度とあの星占いには悪態をつくまい、と。
彼女は嘘だと罵った今朝の自分を呪った。
END.
誰にも言えない秘密(罪滅ぼし)
「………あんた、いつもここにいるのね」
不意に声をかけられて、ん?と顔を上げると、柵に背を預けた女が自分に好奇の目を向けていた。
―――ここはビルの屋上。
柵を越えて頼りない足場に腰かける風を装うのが俺の日常だ。
「そう言う君は、ここには何の目的で?」
「別に何の用もないわ。ふらっと寄ってみたらまたあんたが見えたから、暇つぶしに来ただけ」
「ここは俺の縄張りみたいなものでね」
ポケットからタバコを取り出し、俺はそれに火を付ける。
「地縛霊になっちゃったの? 可哀想に」
可哀想、と言う口調に同情の色は見えない。
ほんとに好奇心で来たんだな、と煙をくゆらせながら俺は笑った。
「そう言う君は? 死神かはたまた天使様か」
「ぶー、ハズレ」
舌を出し、大きく胸にバッテンを作るあたり歳のわりに古い人間なのかもしれない。いや、“だった”と言うべきか。
「ずっと守護霊だったんだけどさ、主が天に召されちゃって。今はただの浮遊霊中」
「新たな主、募集中♪みたいに言うね」
「いやもう疲れたからさ、………暫く守護霊はいいかな」
―――遠くを見る目が、多くは語るまいと憂いを漂わせる。
「その主は寿命で?」
「そ。立派にお努め果たして、今は多分転生準備中だと思う。………わたしと違ってね」
そっか、と俺は深く追求せず素っ気なさを装った。
今となってはそれを深追いしたところで、どうとなるものでもない。
「で、そっちはどういう理由でここにいるわけ?」
「うーん。秘密」
「ええ、ここにきてそれ!?」
ははは、と彼は面白そうに笑うとタバコを咥え直した。
「………正直どうにも忘れてしまってね。もう思い出せないんだけど、この場所に何かあるんだろうね」
一年ごとに遡って辿れる過去も、
一年ごとに見据えられる未来も、
きっと俺にもあったのだろうと―――想像するだけ。
「羨ましいよ、君が」
「あら。慰めてほしい?」
「………遠慮しときます」
―――澄んだ青空に煙を吐いて。
もうここに誰も来ることがないように、と願いながら
彼は今日もそこで足を組み街を見下ろしている。
END.
※5/25「あの頃の私へ」より派生
狭い部屋(格差交際)
俺は正座をして向かい合い、頭を下げる彼女に溜息をついた。
どうしたものかと途方に暮れる。
「あのですね」
「帰りません」
「いやあの、」
「帰りません」
「………。ですから」
「わたくし、ぜっっっったいに帰りません」
―――だからね。お嬢様育ちのあなたが暮らせるようなところじゃないんだってば………。
荷物を見るに家を飛び出してきたのは明らかで、どうにか親元に返そうと試みるも決意が固くお手上げ状態。
しかしここで根負けするわけにはいかないのだ。
真剣交際を親御さんに承諾中の今、こんなことで水を差すわけにはいかない。
「みんな心配するでしょう」
「もう子供じゃないです。自分の行動に責任持てます」
「………あなたが生活できるような場所じゃないです、ここは」
「決めつけないでください」
「だいたい狭すぎて無理です。普段使っているような高価な家電もなければ有能な執事もいません」
「承知してます」
………。諦めないね。
まあ全部込みの覚悟の上なのだろう。
生半可な決意じゃない、と彼女の視線が痛いほど主張してくる。
―――頑固なお嬢様。敵わないな。
「一晩だけですよ」
深い溜息と共に妥協すると、彼女の表情がみるみる間に明るくなった。
「はい!」
………笑顔で返されては折れる他ない。
けれど―――
六畳一間のこの狭い家で、このお嬢様をどう扱えと。
内心頭を抱える彼に、彼女は屈託なく言い放つ。
「あ、大丈夫です! 襲ったりしませんから」
いやそれこっちのセリフだから!
あと耐えられるか保証しないよ俺!?
―――あまりの自分との温度差に、いやいっそ手を出そうとしてみれば帰るのでは………?と不遜な考えが過ぎり、彼は激しく頭を振るのだった。
END.
失恋(好きが引き寄せる)
フラれてしまった。ものの見事に。
………けどこんな雑踏の中で言わなくてもよくない?
「ねえどー思う!? わたしもね、良くなかったのかもしれないよ? でもいくら何でもこんなとこでさ、酷いと思わない!?」
………。こいつってこんなに酒飲めたんだな。知らなかった。
やけ酒の見本みたいな飲み方をしている彼女に、俺はうんうんと適当に相槌を打ってツマミを口に運ぶ。
ちなみにここは居酒屋、ではあるがある専門の店だ。
「酷いよほんと………初デートだったんだよ? 野球観戦しようって言い出したのは向こうなんだよ?」
「………うん」
「目一杯お洒落して、いいとこ見せようと思ったの」
「………うん」
「何がいけなかったのかなあ」
………。いやどう考えても、
「その格好じゃね?」
「え?」
変? どこが? だって野球観戦じゃん?
と、自分を見回す彼女に俺は仕方なしに指摘する。
「完全装備だからだよ」
「うん。気合入れてきたもん」
―――彼女の服装。
某球団限定のユニフォーム、帽子、バッグと見事に一式揃えられており、しかもそのバッグには所狭しと某選手のグッズが付け並べられている。
極めつけはユニフォームにその選手の直のサイン入り。
………引いたんだろうな、と察した。
相手は高校時代のクラスメイト。特に接点があったわけではないが、知る限りでは結構なプライドの高さだったと記憶している。
………ふわふわのスカートとか履いてきて、野球知らない!教えて?とか言ってくると踏んでたんだろうなあ。
「野球好きって言ってたし、わたしの好きな球団の観戦だったからこれにしたんだけど」
「………まあ、アイツには刺激が強すぎたんだろうよ」
某球団で統一された店の装飾の中で、ずらりと並べられた人気選手のサインを眺めながら、俺は慰めの言葉を口にする。
「俺は嫌いじゃないけどね」
彼女をちらりと一瞥して、視線を戻す。
「嫌いじゃない?」
「ああ。今日だってダチと観戦しに来てんだよ? お前と同じ球団応援しに」
………高校時代の友人と偶然会って。
たまたま今日初デートで振られたてほやほやで。
その友人と応援球団が一緒で。
………………。
「運命感じちゃったりして?」
―――俺は慰めの延長兼、高校時代の懐かしい想いを少しだけ乗せてからかいにしてみせただけだったが。
酒のせいで妙に潤んだ目をした彼女が、みるみる間に真っ赤になったのに狼狽して俺は思わずグラスを倒してしまった。
「………うん。運命でよくない?」
慌てる俺に彼女が最後のトドメを刺す。
驚きのまま動きを止めた俺は、いつかの遠く焦がれた彼女の笑顔を見たと思った。
END.