安達 リョウ

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6/3/2024, 2:47:34 AM

正直(甘え方の捉え方)


………電車の中で対面に座っているひとをまじまじと見るのは行儀が悪い。 
それは百も承知なのだけど、………目が離せなかった。

「ねーお腹空いた」
「歩きすぎて足痛い」
「買いすぎちゃったー荷物多すぎダルい」
「疲れて死にそう」

―――歳は多分、自分と同じくらい。
声高に文句を並べる彼女の隣には、これまた同年代だと思われる彼氏の姿があった。
彼はそれに対して一切口を開かず、黙って穏やかに微笑んでいる。
そんな彼とは真逆に、彼女の方は不服そうな面持ちで丹念に飾り付けたネイルを終始気にしていた。

「もう帰る、送って。帰って寝る」

駅に着き、彼女は身軽な体で開いた扉を先に降りていく。
―――彼は若干焦りながら両手に荷物を抱え込むと、足早に彼女の後を追っていった。

………すごい。
ぽかんとしながら彼らのやりとりを見入っていたわたしは、彼女の方の我儘傍若無人さにただただ面食らった。

どこまで関係が進めば、あんなに自分本位を出せるのだろう。
端から見たら気分が良くないが、彼氏さんは彼女の言動も全く意に介さない様子だった。
きっと普段からああなのだろう。
普通ならケンカになりそうなものだが、彼の心が広いのか、はたまた今から尻に敷かれているのか。

それともそんな正直で飾りっ気のない君が好き、とか?

「ねえ」
―――わたしは不意に隣の彼に声をかける。
「………ん?」
眠っていたのか、彼は薄く目を開けて私の声に反応した。

「お腹空いた」
「歩きすぎて足が痛い」
「買いすぎて荷物多くてだるい」
「疲れて死にそう」

…………………。

―――数秒の間のあと、彼は堪えきれずに吹き出すと体をくの字に曲げて笑い出した。
「な、何よ!?」
「何よじゃねーよ、何真似してんのさっきの」
「なっ、み、見てたの?」
「あれだけ派手に騒いでたんだ、そりゃ見るよ」

寝たフリしてただけ、と彼が悪戯っぽく笑う。

「そんな羨ましがらなくても」
「別にそんなんじゃない」
「………ほんとに?」
「………」

彼女は口を尖らすと、ふいと顔を背けた。

「………。疲れたのは、ほんと」
おう、そうか、と彼は彼女の頭を優しく撫でる。

「正直でよろしい」

―――不自然に誰かの真似なんかしなくても、俺はお前の言葉ならちゃんと聞くよ。

彼はそう言って、耳まで赤く染めたままそっぽを向く彼女の体を自分の方に引き寄せた。


END.

6/2/2024, 7:11:42 AM

梅雨(偉大なる海)


「まさかこんなに降るとはなあ」

旅館の窓際で頬杖をついて、呆けたまま動かないでいる彼女を見兼ねて声をかける。
―――ニュースでは華々しい梅雨明け宣言と共に、晴天の下でアイスを頬張る子供の映像が映し出されていた。

「一か八かで宿取ってみたけど、見事にハズレたな」
「………仕方ないわよ。操れないもの、天気までは」

諦めるような言葉を口にしながら、彼女はそれでも天を仰ぎ見る。
雲は厚く、降りしきる雨は到底上がるとは思えなかった。

「お互い仕事でこの日しか取れなかったもんなー。梅雨明け遅かったから、大丈夫だろうって楽観してたのが仇になったな。予報には勝てないねえ」
「………。慰める気ある?」
不機嫌な声色に、彼はしまったと舌を出す。

「あーあ、久しぶりの海だから気合い入れて準備してきたのに」
「明日、も微妙な天気らしいけどな」
「ビキニの新調も水の泡ね」

………今何と?

「ビキニ?」
「そう、ビキニ。去年ワンピースだったから、ちょっと奮発しちゃった」

……………。
それは。マズい。

「明日、行こう」
「え?」
「宿出る前の午前中、海に!」
「え、でも天気」

「晴れる! きっと! 気合で祈るから!」
「………」

―――男ってほんと根っから単純な生き物で羨ましいわ。

途端に浮つく彼を尻目に、彼女はそれでも晴れるといいな、と。
未だ梅雨空を頑固に貫く鉛色の雲に、方向性の違う彼とわたしの願いが届きますように、と―――彼女は釈然としないながらも、その手を合わせた。


END.

6/1/2024, 2:38:55 AM

無垢(運命共同体)


てくてく歩き、止まり振り返る。
―――また暫く歩き、立ち止まり、振り返る。

かれこれこの行為をこの散歩中、何度繰り返しただろう。
自分と同じ行動をそっくりそのまま真似てくるそれに、彼女は大いに戸惑っていた。

「………」

どうしよう。
………引っ越して間もない近所の様子を知ろうと、ただ何となく散歩に出ただけなのに。
―――思い悩みながら歩みを進める間にも、それは一定の距離を保ちつつ自分の後をついてくる。

そもそも何でこうなったんだっけ?

………ああ。公園を通っていたら、あれ?首輪のついてないちっちゃい犬がいるなーと思って、目があったような気がしたのは確かだけど。
いやただそれだけだったような。

「………」

放っておいたらどこまでもついてきそうな彼(彼女?)に、わたしは根負けして振り返ると、そのままそこにしゃがみ込んだ。

「………。おいで?」

手招きすると、犬さんは素直にとてとてやってきて、くんくんとわたしの手に鼻を擦り付ける。
「可愛いね、どこから来たの? 飼い主は………いなさそうだね」
いないとなると、野良犬………なのかな。
犬種はなんだろう。よくわからない。雑種、でいいのかな。

「わたし犬、飼ったことないからなあ」

思い出す。
昔こっそり産まれたての捨て犬を拾って帰ってきたとき、母にこっぴどく怒られてもとの場所に戻してこい!って怒鳴られたっけ。
今じゃそんなことしたら動物虐待で通報されそうだけど、当時はどうってことのない日常の一幕だった。

―――小さい体、か細い声。

とてもじゃないけど置いてはいけないから病院には連れて行くとして、………それで?

「………何でそんなに懐くの。わたし良いひとじゃないよ? 君を食べちゃうかもよ?」
怖がらせようと目一杯悪人の顔で犬さんに近づいた途端、ぺろりと頬を舐められた。

………舐められてる。
いや誰が上手いこと言えと。

『いいから捨ててきな!』

―――今でも鮮明に思い出す。
あの時は泣く泣く従ったけど。

「親のいない者同士、気が合うかもね?」

もう二度と会うまいと誓ったあのひとは、今頃どうしているだろう。

いや、もうそれは考えるまい、と。
わたしはその手に余る蜜色の体を抱き上げた。


END.

5/31/2024, 6:19:06 AM

終わりなき旅(奇跡の星)


「これが超新星爆発の光?」
「そう。そのうち肉眼でも見れるらしい」

望遠鏡を覗き込み、遠く輝く瞬きを確認する。

―――星の生命の終わりを告げる、最期の瞬間の尊い光。
気の遠くなるような距離にある、見知らぬ星の終焉。

「600万光年以上離れているから、いつ爆発したかは定かじゃないんだけどね。地球に光が届くまで、かなりの時間がかかるから」
「そうなの。ロマンチックね」

宇宙は今でも無限に拡張し続けているらしい。
それほど広大なのだ、今この瞬間にもどこかでその超新星爆発とやらが起こっていても不思議ではない。

「いつか太陽も爆発してなくなってしまうのかしら」
「いつかは、ね。星の命は永遠じゃないからね」
「………地球も?」
「うん。―――地球も」

もう一度望遠鏡を覗き見る。

―――今ここから見ている最期の光をわたし達は確認しているけれど、自分の住むこの星の最期は、どこで誰が見届けてくれるのだろう。

命が巡り、違う星から地球の最期を観測しているのだろうか。
その時はまた、あなたがわたしの傍にいてくれるかな。

「何だか切なくなってきちゃう」
「………ありふれた日常全てに、奇跡は紛れているのかもね」

―――際限ない宇宙の片隅で。
どうか離れずに、想い合う命が寄り添えていられますように。


END.

5/30/2024, 1:22:01 AM

「ごめんね」(同棲生活③)


今年のクリスマス・イブは急激な冷え込みにより、列島は近年稀に見ぬ大寒波に襲われていた。
暖房をフル回転させているのにまあ寒い。
カーテンだけでは暖かさが逃げて凌げきれない、窓に目張りでもしてしまおうか?

いや、でもきっとあいつは嫌がるだろう。
見栄えが悪くなる、と口を尖らすのが容易に想像できる。

「おーい、生きてるか?」

お昼前、部屋を覗くと彼女は大人しくそこに横になっていた。
大丈夫などと抜かしていたのを、半ば強引に寝室へと監禁した甲斐はあったようだ。

「ほらみろ、高熱じゃねーか」

ベッドの脇に座ると、彼女が黙って差し出した体温計を見て俺は顔を顰めた。

「何が大丈夫だよ、無理するから酷くなってんだろ」
「………うん。ごめんね」

………。しまった。いつもの調子が口について出てしまった。
風邪で気落ちしている以上に、今日という日の意味が殊更彼女を落胆させているのは充分承知していたはずなのに。

「そう暗くなるなよ。風邪くらい誰でも引く、こんなに寒けりゃ尚更な」
「でも今日はイブだし、それに」
―――彼女が泣きそうになる。

「誕生日なのに」

「………ああ。そうだな」
「お祝いしてあげられないどころか、看病までさせてしまって」

ほんと、ごめんね。

いつになくしおらしい彼女に、不覚にも胸が高鳴ってしまう。
いやいやこれが本来の彼女なのだ、いつもの気の強さは仮の姿なのだ。
………うん。そう思いたい。

「イブも誕生日も毎年来る。それよりしっかり治してくれよ」
「………うん。ねえ、」
「ん?」

「何か焦げ臭くない?」

……………………。

しまったぁぁぁ!!
彼が脱兎の如く階段を駆け下りていく。

―――数分後、持って来た鍋に焦げついた“おかゆ”らしきものと共に平謝りする彼に、彼女は体を揺らして可笑しそうに笑った。

………看病して、心配して、お昼に何か栄養のあるものをと奮闘して作ってくれる素敵なひと。

最高のイブをありがとう、神様。
元気になったらしっかり彼の誕生日をお祝いすることをここに約束します。


END.

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