安達 リョウ

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正直(甘え方の捉え方)


………電車の中で対面に座っているひとをまじまじと見るのは行儀が悪い。 
それは百も承知なのだけど、………目が離せなかった。

「ねーお腹空いた」
「歩きすぎて足痛い」
「買いすぎちゃったー荷物多すぎダルい」
「疲れて死にそう」

―――歳は多分、自分と同じくらい。
声高に文句を並べる彼女の隣には、これまた同年代だと思われる彼氏の姿があった。
彼はそれに対して一切口を開かず、黙って穏やかに微笑んでいる。
そんな彼とは真逆に、彼女の方は不服そうな面持ちで丹念に飾り付けたネイルを終始気にしていた。

「もう帰る、送って。帰って寝る」

駅に着き、彼女は身軽な体で開いた扉を先に降りていく。
―――彼は若干焦りながら両手に荷物を抱え込むと、足早に彼女の後を追っていった。

………すごい。
ぽかんとしながら彼らのやりとりを見入っていたわたしは、彼女の方の我儘傍若無人さにただただ面食らった。

どこまで関係が進めば、あんなに自分本位を出せるのだろう。
端から見たら気分が良くないが、彼氏さんは彼女の言動も全く意に介さない様子だった。
きっと普段からああなのだろう。
普通ならケンカになりそうなものだが、彼の心が広いのか、はたまた今から尻に敷かれているのか。

それともそんな正直で飾りっ気のない君が好き、とか?

「ねえ」
―――わたしは不意に隣の彼に声をかける。
「………ん?」
眠っていたのか、彼は薄く目を開けて私の声に反応した。

「お腹空いた」
「歩きすぎて足が痛い」
「買いすぎて荷物多くてだるい」
「疲れて死にそう」

…………………。

―――数秒の間のあと、彼は堪えきれずに吹き出すと体をくの字に曲げて笑い出した。
「な、何よ!?」
「何よじゃねーよ、何真似してんのさっきの」
「なっ、み、見てたの?」
「あれだけ派手に騒いでたんだ、そりゃ見るよ」

寝たフリしてただけ、と彼が悪戯っぽく笑う。

「そんな羨ましがらなくても」
「別にそんなんじゃない」
「………ほんとに?」
「………」

彼女は口を尖らすと、ふいと顔を背けた。

「………。疲れたのは、ほんと」
おう、そうか、と彼は彼女の頭を優しく撫でる。

「正直でよろしい」

―――不自然に誰かの真似なんかしなくても、俺はお前の言葉ならちゃんと聞くよ。

彼はそう言って、耳まで赤く染めたままそっぽを向く彼女の体を自分の方に引き寄せた。


END.

6/3/2024, 2:47:34 AM