安達 リョウ

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失恋(好きが引き寄せる)


フラれてしまった。ものの見事に。
………けどこんな雑踏の中で言わなくてもよくない?

「ねえどー思う!? わたしもね、良くなかったのかもしれないよ? でもいくら何でもこんなとこでさ、酷いと思わない!?」

………。こいつってこんなに酒飲めたんだな。知らなかった。

やけ酒の見本みたいな飲み方をしている彼女に、俺はうんうんと適当に相槌を打ってツマミを口に運ぶ。
ちなみにここは居酒屋、ではあるがある専門の店だ。

「酷いよほんと………初デートだったんだよ? 野球観戦しようって言い出したのは向こうなんだよ?」
「………うん」
「目一杯お洒落して、いいとこ見せようと思ったの」
「………うん」
「何がいけなかったのかなあ」

………。いやどう考えても、
「その格好じゃね?」
「え?」
変? どこが? だって野球観戦じゃん?
と、自分を見回す彼女に俺は仕方なしに指摘する。
「完全装備だからだよ」
「うん。気合入れてきたもん」

―――彼女の服装。
某球団限定のユニフォーム、帽子、バッグと見事に一式揃えられており、しかもそのバッグには所狭しと某選手のグッズが付け並べられている。
極めつけはユニフォームにその選手の直のサイン入り。

………引いたんだろうな、と察した。

相手は高校時代のクラスメイト。特に接点があったわけではないが、知る限りでは結構なプライドの高さだったと記憶している。
………ふわふわのスカートとか履いてきて、野球知らない!教えて?とか言ってくると踏んでたんだろうなあ。

「野球好きって言ってたし、わたしの好きな球団の観戦だったからこれにしたんだけど」
「………まあ、アイツには刺激が強すぎたんだろうよ」
某球団で統一された店の装飾の中で、ずらりと並べられた人気選手のサインを眺めながら、俺は慰めの言葉を口にする。

「俺は嫌いじゃないけどね」

彼女をちらりと一瞥して、視線を戻す。

「嫌いじゃない?」
「ああ。今日だってダチと観戦しに来てんだよ? お前と同じ球団応援しに」

………高校時代の友人と偶然会って。
たまたま今日初デートで振られたてほやほやで。
その友人と応援球団が一緒で。

………………。

「運命感じちゃったりして?」

―――俺は慰めの延長兼、高校時代の懐かしい想いを少しだけ乗せてからかいにしてみせただけだったが。
酒のせいで妙に潤んだ目をした彼女が、みるみる間に真っ赤になったのに狼狽して俺は思わずグラスを倒してしまった。

「………うん。運命でよくない?」

慌てる俺に彼女が最後のトドメを刺す。
驚きのまま動きを止めた俺は、いつかの遠く焦がれた彼女の笑顔を見たと思った。


END.

6/4/2024, 2:24:48 AM