安達 リョウ

Open App

やりたいこと(有限を生きる)


余命幾ばくもない、と知ってから、あれもこれもやっておけばよかった、なんて後悔するんだから人ってのは自分勝手だとつくづく思う。
医者に、残りの人生有意義にお過ごし下さいなんて言われて参ってしまったが、―――そうなのだ。

時間がない


「ねえどうしたの急に、バッティングセンターなんて来て」
「んー? 何となく、昔思い出してさ。俺高校時代野球部で、結構強いとこだったんだぜ。甲子園とかは夢のまた夢だったけどな」
速球に反応が遅れて打ち損じる。
やっぱ鈍ってんな、歳には勝てないねえと感慨深く呟いて次の球を待つ。

………そういえばあの頃の仲間達はどうしているだろう。最近は飲みにも行かなくなってしまった。
―――久し振りに誘ってみるのもいいかもしれない。

「なあ、今度一緒に旅行に行かないか」
「えー? 何よほんと、どうしちゃったの? わたしがどれだけ誘っても動かない、出不精だったくせに」
口を尖らせる彼女に、俺は苦笑する。

ごめんな、もう自分には時間がないんだ、とはまだ言えなかった。
俺は覚悟ができていても、彼女がそうだとは限らない。
………俺がまだ元気でいる間は、彼女の涙は見たくなかった。素でいてほしかった。
―――何も知らない、そのままで。

「俺やりたいこと意外とあったんだって今更気づいたんだよ。付き合ってくれよ、一人じゃ寂しいから」
このとーり、と両手を合わせて懇願する。
「仕方ないわねー、いいわよ行ってあげる。ほんとどういう風の吹き回しなんだか」

呆れる彼女が見守る横で、機械から放たれたボールにバットを思いきり振り抜く。
ホームランと宙に掲げられた看板の脇をボールが掠め、俺はちっと軽く舌打ちをした。

「旅行の次はやっぱり野球観戦だな。あとキャンプやバーベキューもいい。一日中家でゲーム三昧も捨てがたい」
「遊んでばっかじゃない。仕事しなよ」
「………それはまあ、置いといて」

俺は一息入れつつ、彼女の方を見た。
何よ?とその目が訝しげに自分を映す。

「やりたいことはやる前提として、お前がいないと話にならない」
「―――あら。とうとう気づいちゃった? わたしの重要性」

おどけた風に胸を張り、誇らしげにする彼女に目を細める。
そんな彼女を、いつまでも目に焼きつけたかった。

「一緒に暮らさないか」

―――俺は一生忘れないと思う。
その時の彼女の表情を。
涙は見たくないと思ったが、これは純粋に心底嬉しかった。


今も刻々と削られていく命に、短いも長いも関係ないと思う。
全ては瞬間の連続だ。

―――命尽きるその時まで。
俺は全力で、俺であろうと思う。


END.

6/11/2024, 4:10:27 AM