かっぱー

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10/3/2024, 1:43:13 AM

『たそがれ』
夕方、私は町内にある高台で柵にもたれかかってぼんやりと日が沈んでいく様子を見つめていた。今日受けた試験の手ごたえが個人的には芳しくなかったのだ。決して入学当初からこの日のために毎日何時間も勉強をするという日々を過ごしてきたわけではない。むしろ最初のころは遊び惚けてしまって成績は下から数えた方が早いくらいだった。いよいよ受験という単語が目の前に迫ってきてようやく重い腰をあげた人間なのだ。とはいえ、全くの無計画で無謀な挑戦をしたわけではない。しっかりとスケジュールを組み、毎日コツコツ勉強をし、志望校も勝率は7割から8割はあるところを選んだはずだった。
それでも今日、試験会場で試験問題を見た瞬間私の頭は真っ白になってしまった。そう、試験問題の傾向が大きく変わってしまっていたのだ。ほかの人とは違い対策に十分な時間を充てることができなかった私は、完全に志望校の傾向に合わせた勉強しかしてこなかった。そのため、試験会場で周囲が黙々と解き進めていく中、あまり手が動かなかった。
さらに30分ほどたそがれているとスマホが振動した。一向に連絡をしてこない私を心配して両親が連絡してきたのだろう。現実と非現実の境界があいまいになる黄昏時は終わってしまった。なら、私も現実を見て再び進まねばならないのだろう。そこまで考えて私は今は沈んでしまった太陽に背を向け、歩き出した。

『奇跡をもう一度』
私は昔死にかけたことがある。あまりの高熱から意識を失い、痙攣状態になってしまったらしい。病院に駆け付けた家族に医師が告げた言葉は「今夜が山だ。最悪の場合も覚悟しておいてほしい。」というものだったそうだ。幸いにも奇跡が起こり、熱で脳に後遺症が残るといったこともなく、私は今こうして元気に日々を過ごしている。だが、あれから二十年以上の月日が流れて、今度は自分の子供が同じ状態に陥ってしまうとは想像だにしていなかった。医師から残酷な宣告を受けた私は、すぐさま病院を飛び出し、近くの神社を訪れていた。病院にいても何かができるわけでもなし、ならば少しでも神に祈ろうと考えたのだ。そして私は周囲の目も気にせず一心不乱に祈り始めた。「私自身はどうなっても構わないから、どうか奇跡をもう一度。」と。どれくらい祈っただろうか。辺りは暗くなり、境内も静まり返ってしまったころ、一本の着信があった。震える指で出ると「峠は越えた。」という連絡だった。あまりの喜びにスマホw落としてしまいそうになったが、わずかに残っていた理性でしっかりと握りなおした。そして改めて祈った。今度は感謝を述べるために。そうやって祈る私にどこからともなく声が聞こえてきた。「奇跡はめったに起こらないからこそ奇跡なのだ。三度の奇跡はないと思え。」と。私は改めて感謝を告げ、境内を後にした。

10/1/2024, 2:57:59 AM

私はいじめを受けている。きっかけが何だったのかは今となってはもう思い出すことはできない。といっても、誰かを助けてその代わりになどという殊勝な心掛けからくるようなものではなく、なんかムカつくというような些細なことからであろう。たったそれだけの理由でこれだけ長い期間飽きもせずいじめを続けることができるものだなと感心すらしたこともある。それも直接手を出してくることはほとんどなく、私が席を離れている間に持ち物を荒らすという陰湿なやり方で。
彼らの誤算といえば、私がこの手のものを気にしないたちの人間であったことだろう。過去にもっと酷いことを受けていたおかげで感覚が少々マヒしてしまっているという何とも悲しい理由ではあるのだが。このままではきっと明日も明後日もその先もずっと続くことになるのだろう。
とはいえ、彼らは禁忌を犯してしまった。物を隠したり散乱させたりといったことでは、ただただ手間が増えるだけなためスルーしていたのだが、先日彼らは財布から現金を盗んだのだ。いじめが始まったときからいつかこうなることを予見して毎日財布の中身を確認する癖をつけておいたことが功を奏した。何も言ってこない私に対して油断したのか彼らはその後も数回にわたって繰り返した。私に決定的な証拠を握らせているとも知らずに。これらの証拠はついさっき警察に渡してしまった。彼らは思っていることだろう。「きっと明日もいつも通りの毎日だ。」と。そんな彼らの顔が絶望に染まる瞬間が今から楽しみで仕方がない。

9/29/2024, 2:57:32 PM

瞼の向こうがまぶしくなって私は目を覚ました。最初に視界に入ってきたのは見知らぬ天井だった。ぼんやりした頭を回転させて記憶を呼び起こす。「思い出した。ここは山の中のコテージだ。記憶に靄がかかっているような感じがするのは昨日散々お酒を飲んだからだ。」そこでようやく意識がはっきりして辺りを見回す。そこには昨日一緒に騒いだ友人たちが静かに眠っていた。最後に時計を見たのは2時だっただろうか。手元のスマホに視線を落とすと9時30分を示していた。あれだけ地獄の登山となった後に浴びるほど酒を飲んだのだ。まだしばらくは誰も起きてこないだろう。そこまで考えた私は朝風呂に入るための準備を始めた。誰も起こさないように静かに。
鞄から着替えとタオルを取り出していると鳥たちのさえずりが聞こえてきた。昨日の午後ここにたどり着いてからは全く聞こえなかったのだが、私のわずかな衣擦れの音が響く以外は静寂に包まれている今のこの部屋には良く通った。しばらくその音色に耳を傾けていた私は、再び瞼が重くなってきたのを感じて慌ててかぶりを振った。「お風呂に入って目を覚まそう。」そして私は着替えとタオルを持って部屋の外へと歩き出した。「願わくば次に起きた誰かが、あの小鳥たちの声を聴けますように。」そんなことを考えながら。

9/29/2024, 9:41:38 AM

別れ際はどうしても不安になる。だから私は誰かと出かけるときは、できる限り長時間一緒にいたい派だ。「また明日ね。」たったそれだけの約束が果たされないことを知っているから。
友人が入院しておよそ一か月が経過しようとしていたあの日、私はお見舞いのために彼女のいる病室を訪れていた。いろいろな話をした。私自身の近況から始まり、退院後に行きたい場所や食べたいものなどたわいもない話をして盛り上がった。帰り際「また来るね。」と言って病室を出た。ここまではいつも通りだった。
翌朝、一本の電話がかかってきた。「彼女の容体が急変した。」とのことだった。慌てて駆け付けたところ、すでに意識はなかった。絶望に打ちひしがれている私のそばで容体が悪化していることを告げるアラートが無情にも鳴り響いていたことは今でも忘れられない。その後、ずっと声をかけ続けたものの、ついぞ彼女からの返事はなかった。そして最後は食事を摂るために短時間離席した間に、再び容体が急変して彼女は旅立ってしまった。最期の瞬間に立ち会えなかったこと、そして回復することを信じてかけられなかった言葉があることが今でも私の胸を縛り付ける。当たり前が当たり前である日、それはいつまで続いてくれるのだろうか。

9/27/2024, 12:41:05 PM

あ、雨だ。そう思う間もなく急に本降りになった。周りの人たちがカバンを頭の上にかざして慌てて駆けていく。そんな中私は1人何もせずただぼんやりと歩いている。髪が濡れ服が重くなり靴に水が溜まっていく。周りの人から奇特な目で見られながらも特にあてもなく歩いていく。
今日は第一志望校の合格発表の日だった。電車を乗り継いでたどり着いた学校の掲示板に私の名前はなかった。名前がないことがわかった時、私は思わず走り出していた。個人的には自信はあった。自己採点は過去最高だったし、面談も手応えはあった。でも、駄目だった。何もかもが嫌になったものの、死ぬのは怖かった。だから私は今迷い子のように歩いている。土地勘がないのもちょうど良かった。何を気にするでもなく歩いていくことができる。
5分ほどそのまま歩き続けただろうか。喉が渇いて目の前にあった喫茶店に立ち寄った。結論から言えばこの選択は正しかった。小さな個人経営のマスターはびしょ濡れでやってきた私を拒むでもなく受け入れてくれた。タオルで拭いたあとオススメだというオリジナルブレンドを片手にしばらくの間話し続けた。彼は時に相槌をうち、ときに自分の体験を話してくれた。たった1杯のコーヒー分の時間だったが気分はだいぶ持ち直した。お会計を済ませたあと彼は言った。「あなたの人生はまだまだ長い。これがあなたの進むべき道だったと思ってその道で頑張りなさい。またのご来店をお待ちしております。」
私はお礼を言い、店を後にした。「また来よう。」あれだけ降っていた雨はあがっていた。

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