星乃 砂

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6/13/2024, 9:54:03 AM

【好き嫌い】

 [5/19 恋物語
 [5/26 降り止まない雨
 [5/27 月に願いを
 [5/28 天国と地獄
 [5/30 ごめんね
 [6/5 狭い部屋
 [6/7 最悪
 [6/9 岐路
 [6/10 朝日の温もり
 [6/11 やりたいこと
           続編

登場人物
 鬼龍院加寿磨
    (きりゅういんかずま)
   ユカリ (母)
    加寿豊(かずとよ 父)
 犬飼藤吉
     (いぬかいとうきち)
   宗介    (そうすけ)
   親兵衛   (しんべい)
 倉橋智樹 (くらはしともき)
 相沢恵子 (あいざわけいこ)
 浜崎杜夫 (はまさきもりお)
 桜井華   (さくらいはな)
 向井秀一(むかいしゅういち)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
 高見


母は今日の午後 相手の男性と会う。
僕も同席させて欲しいと頼んだが、〈子供の出る幕ではない〉と断られた。
「加寿磨さん、心配しないで。母さんは大丈夫です」
母さんはニッコリと微笑んで出かけて行った。
待ち合わせ場所に着くと、相手はすでに待っていた。
「お久しぶりですユカリさん、僕のこと、覚えていますか?」
その男性は、背はそれほど高くないが恰幅がよくブランド品を纏った、いかにもお金持ちそうな身なりだった。
ユカリは記憶を遡り、この男性の幼少期を思い描いた。
「もしかして、3才年上だった浜崎さんですか?」
「そうです。浜崎杜夫です。覚えててくれたんですね、嬉しいな」
「あの、失礼ですが、どうして私のことを知ったんですか?」
「犬飼さんに頼まれて、何度かユカリさんの様子を見に行ったことがあるんです。ユカリさんが引っ越したのを犬飼さんに知らせたのも僕です」
ふたりは高校まで同じ学校だったが、3才違いなので中高は同時期に在籍していなく、家も離れているので、たまに道ですれちがう程度だった。
父の会社で働き出してからは、見かけることもなかったと思う。
「あの、父とは、どういう関係なんですか?」
「僕は浜崎工業の跡取りです。
5年程前から犬飼さんと、仕事をさせて頂いています」
「失礼ですけど、今までご結婚はなさらなかったのですか?」
「お恥ずかしい話しなんですが、バツ2です。最初の妻とのあいだに娘がいますが、すでに、嫁いでいます」
「なぜ離婚されたんですか?」
「よくある性格の不一致ですね」
「そうですか。あと、もうひとつお聞きしたいのですが、どうして私なんですか、もっと若い人の方がよろしいのではないですか?」
「実は子供の頃からユカリさんのことが好きだったんですよ。大人になってから、何度かお付き合いを申し込みに行こうとしてたんですよ」
「私はこの歳になって結婚なんて考えてもなかったですから」
「歳をとって、ひとりでいるのは寂しいと思いませんか?返事は今すぐでなくていいんです。少しお付き合いをしてから返事を頂ければいいです」
浜崎さんには悪いが私はあまり気がすすまなかった。その後も少し話しをしてから店を後にした。
店から少し離れたところで、親友の恵子が待っていた。
「ユカリ、相手は誰だったの?」
「3才年上の浜崎さんだったわ」
「浜崎さんか、ユカリは最近の彼の事は知らないよね。あんまりいい噂はないのよね」
「そうなんだ」
「ユカリ、まさか結婚OKしてないよね」
「もちろんよ」
「私、浜崎さんのこと、みんなにも聞いてみるね」
「うん、お願い」
その後、何度か浜崎と会ったが、どうしても浜崎に対して良い印象は持てなかった。
恵子は、友達や、親に頼んで浜崎の情報を集めていた。
そして、ひと月が過ぎた。
「ユカリ、浜崎君とは上手くいっているのかい?」
「ごめんなさい、お父さん。やっぱり私は浜崎さんを好きにはなれないわ」
「お前は何もわかっていないのか。お前の好き嫌いなんて、聞いてない、社員全員の生活がかかっているんだぞ!」
「あなた、そんな言い方しないでください。ユカリは道具ではないんですから」
「お母さん、ありがとう」
「ユカリは、自分と加寿磨ちゃんが幸せになれることだけを考えればいいのよ」
そして又ひと月が経つ頃、恵子から連絡があった。
〈明日、合わせたい人がいるから来て〉
次の日に行ってみると、そこには知らない女の人がいた。
「ユカリ、紹介するは、この人は3ヵ月前に浜崎さんと別れた奥さんよ」
「3ヵ月前って本当ですか?」
「本当よ。アイツ付き合っている時は、すごく優しくていい人だったの。でも、結婚してからは別人だったわ。自分の思い通りにならないとすぐにキレるし、少しでも文句を言うと暴力を振るうの。子供も欲しがってたわ。だけど私は避妊し続けたの。それでも一度だけ妊娠した。アイツの子供なんて絶対産みたくなかったから、内緒で中絶したわ。別れ話しも何度もしけど相手にもされなかった。
それなのにどうして離婚できたと思う?あなたが現れたからよ。そして、あなたの会社を利用したのよ。会社を合併して、従業員も解雇しないという条件で、あなたのお父さんを丸め込んだのよ。でも、そんなのは嘘、合併したらすぐに、状況が変わったとか言ってあなたの会社を潰すつもりよ」
「そんなのって、結局は会社が倒産するってことじゃないですか」
「ユカリ、わかったでしょ、あんな奴と結婚しちゃダメよ」
「ありがとう恵子、お父さんに話すわ」
家に帰り父にすべてを話した。
「何を言っているんだ。お前は騙されているんだ。浜崎君は約束してくれたんだ」
「だって、私は前の奥さんから聞いたのよ」
「そんなのデタラメだ、もう日にちがないんだ。今度の日曜日に、式を挙げるからな」
「そんなのひどいわ」
「あなた、ユカリの意見もちゃんと聞いてあげて下さい」
「やかましい、お前たちに何がわかると言うんだ」
父は強引に結婚を決めてしまった。

そして運命の日がやってきた。

「ユカリさん、今日は一段と綺麗ですね。一生大事にしますからね」
そんな見え透いた嘘に返事などできなかった。
私はこんな最低なヤツと結婚させられるのか。お願い誰か助けて!

『ちょっと待った‼️』

入り口に現れたのは恵子と元嫁のちひろさんと、もうひとり男性がいた。
「その結婚に意義申す」
「なんだお前らは、ちひろお前何しに来やがった邪魔するとタダじゃおかねえぞ!」
「あんた、今度はその子を騙すつもりなの。あんたみたいなクズは結婚する資格なんかないわよ」
「なんだとテメェ、許さねェ!」
浜崎はちひろの所へ行き、思い切り殴り飛ばした。
ちひろはモンドリうって倒れ込んだ。
「浜崎君なんて事をするんだ」
「犬飼さん、こんなヤツの言うことなんて信じる事ありませんよ」
「どうやら、ユカリの言ってたことは本当だったようだな」
店の店員が警察に連絡したらしく、警察官が駆けつけてきた。
「何があったのですか?」
「あの人が女性を殴ったんです」
「知らない、俺が悪いんじゃないぞ、悪いのはアイツらだ」
「暴力を振るったのはあなたですよね?」
「ちょっと触ったくらいで大袈裟なんだよ」
「ちょっと触ったくらいじゃ、ああはなりませんよ」
「高見さん、この人先日繁華街で若い男と揉めてた人じゃないですか?」
「ああ、華の妹分の桔梗君が仲裁してた男か」
「警察署まで来て話しを聞かせてもらおうか」
やっと浜崎も観念したようで大人しく同行して行った。
「恵子ありがとう。ちひろさん本当にありがとうございます。一緒に病院へ行きましょう」
「病院には、ワシが連れて行こう、ユカリお前の話しを信じてやれなくてすまなかった」
「でもお父さん、会社が...」
「その話しは、また考えるさ」
父たちは病院へ向かい、ユカリ達3人が残った。
「ユカリこの人誰だかわかる?」
ユカリはジッと男性の顔を覗き込んだ。
「もしかして秀一君?」
「遅くなってゴメン、今朝成田に着いたんだ、話しは恵子から聞いた。もっと早く来たかったんだがギリギリになってしまった」
「ユカリ、秀一が帰ってきたからもう心配する事はないよ」
「えっ、どう言うこと?」
「後のことは僕に任せてくれ」

           つづく

6/12/2024, 7:27:17 AM

【街】

 [5/20 突然の別れ 
 [5/24 逃れられない
 [6/6 誰にも言えない秘密
           続編

登場人物
 桜井 華 (さくらいはな)
 高峰 桔梗
    (たかみね ききょう)

時は流れて桔梗も短大の2年生で20歳になっていた。
就職活動がうまくいかず、今だに就職先が決まっていなかった。

桜井華は夜の繁華街をパトロールしていた。
年の瀬という事で、人が溢れ返っている。
華の勤務地は住宅街で街からは少し離れている。
今日は人手が足りていない繁華街パトロールの応援である。
「高見さん、今日は何もないといいですね」
「年末、週末、繁華街、何もなかったら奇跡でしょう」
高見さんは、この繁華街にある交番勤務で私より3年早く警察官になった先輩である。
「おや、あそこに人集りがありますね」
「よし、行ってみよう」
近付いていくと、男ふたりが言い争いをして、それを女が止めようとしている声が聞こえてきた。どうやら三角関係の縺れのようだ。
野次馬を押し退けて行くと、そこには桔梗がいた。
「桔梗、どうしたんだ?」
「華さん?実は友達と年配の男の人が肩がぶつかったと言い争いになってしまって」
「事情は分かった、後はこちらで引き受けよう。」
「華さん、ちょっと待ってください。ふたりは、暴力を振るった訳ではありません。孝一君もうやめて、みんな待ってるから。おじさんも、少し当たっただけで、大人気ないと思いませんか」
ふたりは、渋々納得したようである。
桔梗はふたりに無理矢理握手をさせて、その場を収めた。
「華さん、どうもお騒がせしました」
「参ったな、私達の出る幕がなかったな、大したものだ」
「華、誰なんだ?」
「一緒に暮らしている桔梗です。
桔梗、こちらは、私の先輩の高見さんだ」
「初めまして、高峰桔梗です」
「君が、華の妹分か、なかなか大した仕切りだったね。君、警察官になる気はないかい?」
「私がですか?」
「そうだな、考えてもみなかったが、桔梗には向いているかもな」
「そうでしょうか」
「話しはこれくらいにして、私達も勤務に戻る。桔梗も気をつけて、あまり遅くならないように」
「はい、わかりました。失礼します」
警察官になるなんて、考えもしなかったな。華さんと一緒に交番勤務なんて、楽しいかも。
〈この街の安全は私達が守る〉なんて、カッコいいかも。
「おい、高峰早くこいよ、置いてくぞ」
「あー、待ってよ孝一君」

           つづく

6/11/2024, 7:20:40 AM

【やりたいこと】

 [5/19 恋物語
 [5/26 降り止まない雨
 [5/27 月に願いを
 [5/28 天国と地獄
 [5/30 ごめんね
 [6/5 狭い部屋
 [6/7 最悪
 [6/9 岐路
 [6/10 朝日の温もり
           続編

登場人物

 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
    玲央     (れお)
    真央     (まお)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 椎名友子  (しいなともこ)


若宮サイクルの仕事にもだいぶ慣れてきて、顔馴染みのお客さんもできてきた。
「おはよう、サヨちゃん」
「おはようございます、源三さん今日は、どうされましたか?」
「昨日一杯飲んだ帰りにフラついて土手から落ちちまってよ、ハンドルが横向いちまったんだ」
「あー、これは軸が曲がっちゃってますね。とりあえず調整しておきますけど、運転しにくかったら交換しますのでまた来て下さい」
「わかった」
「今回は調整だけなのでお金は結構です」
「良いのかい、後で親っさんに怒られないかい?」
「大丈夫です、今は居ませんから」
「ありがとう、またな」
話しを聞いていた園子が奥から出てきた。
「サヨは商売に、向いてるかもね。今みたいなサービスが次に繋がるんだよ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
「ところで、もうすぐクリスマスだけど、何か欲しい物ないのかい?」
「私は、なにもいりません。でも弟と妹には普通のクリスマスをしてあげたい」
「サヨだってまだ子供なんだから何でもひとりでやろうとしないで周りを頼りなさいよ」
「園子さんには沢山助けて頂いてます、私が頑張らなくては申し訳ありません」
「ほら、それよ。もっと肩の力抜いてリラックスよ」
「はい」
「それと、イブの夜にサヨの家でパーティしたいんだけど、どうかな?」
「私の家でですか?」
「アタシ達、子供がいないからイブに旦那とふたりじゃ、罰ゲームだからさ、仲間に入れてもらおうと思ってさ」
「わかりました、狭いですけどお待ちしてます」
 ーーそしてイブの夜ーー
「メリークリスマス、玲央君真央ちゃん、プレゼントだよ」
大吉と園子はふたりに自転車をプレゼントした。
「「ありがとう」」
「園子さん、ありがとうございます」
「いいんだよ、お客さんが買い替えで置いていったのをメンテナンスしたやつだから、気にしないでおくれ、それと、ケーキと、チキンの丸焼きだよ。みんなで食べよう」
弟達は大喜びでイブを楽しんだ。
そして、あっという間に正月がきた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。園子さん」
「おめでとう。こちらこそよろしくね、サヨ」
新年の挨拶を交わし、勝負の年が始まった。玲央と真央は小学一年生に。そして、小夜子は中学を卒業して、弟達のためにも就職しなければならない。
「サヨは、高校には行かないのかい?」
「はい、就職します」
「そうかい、で、当てはあるのかい?」
「いいえ、これから探します」
「どんな仕事がやりたいんだい」
小夜子は思いを園子にぶつけてみた。
「私、自転車屋の仕事がしたいです」
「嬉しいこと言ってくれるね。でもうちではバイトを雇うのが精一杯で社員を雇う余裕はないのよ」
「そうですよね。大丈夫なんとかほかを探します」
「そこでなんだが、ちょっとアンタ」
園子に呼ばれて大吉が出てきた。
「田中の野郎がよ...」
「今度サヨの家の近くにサイクルショップ田中の2号店を出すんだって、それでね」
「田中の野郎がよ...」
「2号店の店長を探してるのよ、それでね」
「田中の野郎がよ...」
「誰かいないかって聞かれたのよ、それでね」
「田中の野郎によ...」
「サヨの事を話したのよ、そしたらね」
「田中の野郎がよ...」
「会って話しがしたいって言うんで」
「田中の野郎がよ...」
「もうすぐ来るって」
「私が店長ですか?」
その時ちょうど田中が店に入ってきた。
「アケオマコトヨロ」
「こちらこそ、田中さん。この子が金城小夜子ちゃんです」
「君が小夜子君か、修理の腕前がいいそうだな」
「私なんか、まだまだです」
「そこで、ワシが持ってきた自転車を修理してみてくれ」
外にはボロボロの自転車が置いてあった。
「これを修理するのですか?」
「やってみてくれ」
小夜子は自転車を丁寧に観察して考えていた。
「どうした、直せないのかな?」
「この自転車を治すにはいくつかの部品を交換しなくてはなりません。修理費も高額になります。でしたら、その修理費に少し足してこちらの自転車はいかがでしょうか」
「うん、なるほど商売上手だな。
店長の素質がありそうだ」
「よかったねサヨ」
「ただし、条件がある」
「条件ですか」
「店長となると、中卒では困る。従業員も付いてこないだろう」
小夜子は思った、やっぱり中卒では就職は無理なんだろうか。
「そこで、君には2号店で働きながら、夜学に通ってもらう。学費の半分はこちらで出そう。しっかりメカの勉強をしてくれ。そして、卒業したら2号店は君に任せよう」
「本当ですか、学費も半分出して頂けるのですか?」
「未来投資だよ」
「ありがとうございます」
「よかったねサヨ」
「はい」
こうして、小夜子の未来は大きく開けていった。

           つづく

6/9/2024, 11:31:57 PM

【朝日の温もり】

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 [6/9 岐路
           続編

登場人物
 鬼龍院加寿磨
    (きりゅういんかずま)
   ユカリ (母)
    加寿豊(かずとよ 父)
 犬飼藤吉
     (いぬかいとうきち)
   宗介    (そうすけ)
   親兵衛   (しんべい)
 倉橋智樹 (くらはしともき)
 相沢恵子 (あいざわけいこ)


母は実家に戻ってから5日後の日曜日に、相手の男性と会うことになった。
僕は春から高校に通えるように手配してくれるそうだ。
「母さんどうするつもりなの?」
僕は率直に聞いてみた。
「母さんは今でもお父さんの事が好きよ。でも、相手の人と結婚しなければ、会社の人達がみんな職を失ってしまうわ」
確かにその通りだ。母さんの気持ち次第で、数十人の社員・数百人の家族が路頭に迷うことになる。
「でも、母さんが犠牲になることはないよ」
「ありがとう加寿磨さん」
次の日、母と家の周りを見て周ることにした。ここには駄菓子屋があったとか、この橋は人ひとり通るのがやっとだったなど教えてくれた。だいぶ変わってしまった街並みを見て、時の流れを実感しているようだ。
僕が通う高校にも行ってみた。
そこは、母も通っていた学校だった。
「懐かしいわ、あの古い校舎で母さんたちは勉強してたのよ」
すると、
「犬塚、犬塚じゃないか?」と声をかけられた。
「えっ?」
「俺だよ俺、倉橋智樹だよ」
「あの、泣き虫だった倉橋君」
「そうだよ、懐かしいな、いつ帰って来たんだ」
「一昨日着いたの、紹介するはひとり息子の加寿磨よ」
「初めまして鬼龍院加寿磨です」
「初めまして、僕はお母さんとこの高校で一緒だった倉橋です。よろしく」
「倉橋君とは、小学校から一緒だったのよ」
「いつまで、居られるんだ?」
「ううん、実家に帰って来たの」
「そうなんだ、今晩空いてる?みんな集めるから一緒に飲もう」
「うん、ありがとう。倉橋君はどうしてここにいるの?」
「俺、この高校で先生してるんだ」
「そうなの、4月から加寿磨が通うのでよろしくね」
「そうか、改めてよろしくな」
その夜、ユカリは地元の友達と思い出話に花を咲かせた」
平日ということもあって、早めのお開きとなった。
「ユカリ、私の家でもう少し話せる?あんた、なんか隠してるでしょ」
そう言ってきたのは親友の恵子だった。
「やっぱり恵子には分かっちゃったか」
「当たり前でしょ」
こうしてユカリは、全てを打ち明けた。
「なるほどね、苦労してきたんだね。そしてまた、一苦労か。私に出来る事ならなんでも協力するから、遠慮なく言いなさいよ」
「ありがとう、私ひとりで心細かったの」
「あんたはひとりじゃない、私や仲間がいるんだから、もっと頼りなさい」
ふたりの話しは尽きる事なく朝まで続いた。
ユカリは親友と共に朝日を見ながら暖かい温もりに包まれていた。

           つづく

6/9/2024, 6:21:15 AM

【岐路】

 [5/19 恋物語
 [5/26 降り止まない雨
 [5/27 月に願いを
 [5/28 天国と地獄
 [5/30 ごめんね
 [6/5 狭い部屋
 [6/7 最悪
           続編

登場人物
 鬼龍院 加寿磨
   (きりゅういん かずま)
   ユカリ (母)
    加寿豊(かずとよ 父)
 犬飼 藤吉 
    (いぬかい とうきち)
    宗介   (そうすけ)
    親兵衛  (しんべい)

「ここは鬼龍院さんの病室ですか?」
「はい、どちら様ですか?」
「君が、加寿磨君ですか?」
「はい、そうですけど、あなたは」
「私は、犬飼藤吉といいます。そこで寝ているユカリの父です」

「それはつまり、僕のお爺さんという事ですか?」
「そうです」
「どうして、ここが分かったのですか?」
「それは、話すと長くなるので、ユカリが目を覚まして落ち着いたらゆっくり話そう。それと、入院費はワシの方で払うから心配しなくていい」
母は2日後に退院して、お爺さんと3人でアパートに戻った。
「こんな所に住んでいるのか」
「会社が倒産したので...それより、どうしてここが分かったのですか?」
「あの日、お前と加寿豊君が出て行って直ぐに、引き戻そうとして居場所を探そうとしたが、なんの手がかりもなく諦めるしたなかった」

お爺さんの話をまとめると...
父(加寿豊)は鬼龍院家を勘当され放浪の末、母の居る町へたどり着き、お爺さんの会社で働き出した。
母には兄が3人いたが、次男は母が幼い頃、川で溺れている母を助けようとして、代わりに溺れて亡くなっていた。
母が学校を卒業すると、兄達とお爺さんの会社で働く事になった。
そして、父と出会ったそうだ。
ふたりは少しずつ気持ちを確かめあっていった。
だが、母には許婚がいた。
相手は、お爺さんの会社で若手有望株の青年だ。
そんな訳でふたりは駆け落ちをするしかなかった。
行方知れずのまま時は流れ5年後、お爺さんの知り合いが偶然に母を見かけ、お爺さんに知らせ。
お爺さんは直ぐに会いに行ったのだが、幸せそうな母を見て、幸せならばと、声を掛けずに帰った。
その後も何度か様子を見に来ていたそうだ。
最近では、足腰が衰えてきたので、知り合いに頼んでたまに様子を見に行ってもらってたそうだ。
そして最近、家が売りに出されている事を知り、興信所に頼み居所を探してもらったそうだ。

「ユカリ、帰っておいで、加寿磨君にとってもその方がいい」
「帰ってもいいのですか?」
「当たり前だ、お前の家だ」
「ありがとう、お父さん。私、帰ります」
「母さんも喜ぶよ」
「お母さんも元気なんですか?」
「それが、最近では寝込む事が多くなってるんだ。ユカリの顔を見れば元気もでるだろう」
「そうだったんですか。兄達はどうしているのですか?」
「その話しは帰ってからにしよう。母さんが心配するから、ワシは先に帰って待ってるよ」
そう言うと父は部屋を出て行った。

1週間後、不安を抱えたまま僕を連れ、20数年ぶりに実家の敷居をまたいだ。
「お母さん、只今帰りました。そして息子の加寿磨です」
「お婆さん、初めまして加寿磨です」
「おかえり、ユカリ。元気そうでよかったわ。加寿磨さん、初めまして、歩ける様になって本当によかったわ」
「お母さん、兄達はどうしているのですか?」
「それは、ワシから話そう」
「お父さん、聞かせて下さい」
「もう10年になるかな、宗介は仕事中の事故で亡くなった。残された親兵衛は、ワシの後を継いでくれたが、不況の波が襲ってきた。何とか会社を立て直そうとしたが落ち込む一方で、ノイローゼになったあげく先月...自殺した」
「そんなことって、私は何も知らなかった、知ろうともしなかった、何もしてあげられなかった」
「ユカリが責任を感じることはないのよ」
「今からでも、私に出来ることはないのでしょうか?」
「ありがとう、そう言ってくれるとワシも話しがしやすい」
「あなた、帰ってきたばかりですよ、まだいいじゃありませか?」
「こうゆう話は早い方がいい」
「お父さん、何の事ですか?」
「さっきも言ったが、会社はもう自力では立ち直れないところまできている。だが、有難いことに合併話しが持ち上がった」
「それなら、倒産はないんですね」
「ただ、先方はとんでもない条件を出してきた。単に合併するのではなく、合併をより強固なものにする為にユカリとの結婚を条件としてきたのだ」
「えっ、私とですか?どうして私なんですか?」
「相手はユカリの知っている人物だ」
「まさか、私の許婚だった..」
「彼ではない、彼はすでに結婚して子供もいる。今は我が社の社長代理をしている」
「じゃあ、誰なんですか?」
「会えば分かるさ、悪い奴じゃない」
「もしかして、私を呼び戻したのはその為なんですか?」
「そう取ってくれてもかまわん」
僕は背筋がぞっと凍り付いた。なんて親だ、会社の為に母を利用するなんて。
「3ヶ月、それが限度だ」
「ユカリ、イヤなら断っていいのよ」
「お前は黙っていなさい」
母は大変な岐路に立たされた。

           つづく

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